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もちぷよ
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きゅー
2,024
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「お待たせいたしました。トマトパスタの大盛りと、カルボナーラ、ボロネーゼ、明太子クリームです」
タイミングよく運ばれてきたパスタの湯気と共に、テーブルのピリついた空気がわずかに和らぐ。
だいちゃんが「わーい! めっちゃ美味そう!」と一早くフォークを動かし始めたのを見て、僕は胸の中で思い切り安堵の息を吐き出した。
けれど、吉田さんはカルボナーラにフォークを突き立てながら、まだ鋭い視線を僕から外してくれない。
「で? 話を戻すけどさ。山中、お前この間の金曜日の夜、残業して曽野と帰ったんだって?」
「っ、……!」
口に運ぼうとしていた明太子パスタの手がピタリと止まる。
背中に冷たい汗が流れた。
「あ、それ僕も聞いたで! じゅうちゃん救急車で運ばれたんやろ?勇斗も雨の中を車で探し回ってたって聞いたで? 結局どうなったん?心配してたんやで?」
だいちゃんが口の周りにトマトソースをつけたまま、無邪気に身を乗り出してくる。
そのあまりに唐突で衝撃的な言葉に、テーブルの空気が一瞬にして凍りついた。
「……は?…、おい、太智。それ、どういうことだ」
吉田さんは持っていたフォークをガタッとお皿に置くと、それまでの皮肉めいたジト目を一変させ、本気の焦燥が混ざった硬い声を絞り出した。
「え? じんちゃん知らんかったん? じゅうちゃんこの間休んだ時、救急車で運ばれて入院してたんよ? 勇斗からそう聞いたで。せやろ?じゅうちゃん」
内緒にされていることなんて1ミリも知らないだいちゃんは、不思議そうに首を傾げながらパスタを口に運んでいる。
だけど、吉田さんの顔からは完全に余裕が消え失せていた。
しゅんが会社に『ただの過労による軽い体調不良』とだけ過小報告していたことに、ここで初めて気がついたのだ。
吉田さんは大慌てで僕の顔を覗き込むと、その鋭い瞳の奥に、僕の身体を心から案じる本気の焦りと優しさを生々しく滲ませた。
「山中。お前、ただの風邪なんじゃなかったのか?なんだよ、救急車って……本当なのか? なんでそんな大事な事を俺に黙って……」
「え、あ、いや……それは、……」
いつもそばで僕の心配してくれている吉田さんの、真っ直ぐな優しさに射すくめられて、僕は完全に言葉を詰まらせてしまう。
すると次の瞬間、吉田さんは僕の隣に座るしゅんへと、一転して猛烈な不信感と怒りを孕んだ冷たい視線を向けた。
「……おい、曽野。お前、どういうことだ?お前だよな?連絡してきたの」
吉田さんからの心配と不信感が入り混じった激しい追及。
けれどその瞬間、しゅんは吉田さんの目を真っ正面から見つめ返し、揺るぎない声で言葉を返した。
「すみません、吉田さん。大ごとにして余計な心配をかけたくなかったんです。あの夜、雨の中で貧血で動けなくなったじゅうを前にして、俺がパニックになって大袈裟に救急車を呼んでしまって。念のために週末はずっと入院させてましたけど、僕がそばに付いて看病してましたし、体調も万全に戻ったから、これなら会社には心配させずに済むと思って俺の判断で伏せてました。本当にすみませんでした」
看病していたのは事実だけれど、その前後の熱量があまりにも違いすぎる。
「本当か…?大丈夫なんだな?……、俺さ、あの日の電話でも、お前が元気なかったように感じててさ……。なぁ大丈夫なんだな…?」
「……、だ、大丈夫です、すみません」
本気で心配してくれている吉田さんに、こんな風に噓をつくことが、本当に正解なのか、僕にはわからなかった。
僕はしゅんの顔を見つめる。
しかし、今更なんて言えばいいのかわからず、俯いたしまう。
しゅんもまた、申し訳なさそうな顔で俯いているのが分かった。
その様子に、吉田さんが大きくため息をつくのが分かった。
思わず顔を上げると、吉田さんは困ったような顔をして僕を見ていた。
「はぁ……、お前らさ、嘘つくの下手すぎじゃね?」
吉田さんは、少し呆れたような苦笑いを浮かべた。
「やっぱ何かあったんだよな…?……まぁ、言いたくなきゃ言わなくていいけどよ。お前が、ちゃんと幸せなら俺は別に……」
その言葉に、僕の中の罪悪感が更に大きくなり、頭が真っ白になる。
こんなのは絶対に良くない。
こんなにも僕を心配し、いつも守ってくれた吉田さんに対して、こんな嘘は、あまりにも失礼だし、とてつもなく不誠実な対応に思えた。
でもなんて言えばいい?
引かれない?
気持悪いと思われない?
離れて行ってしまわない……?
焦りのあまり生きた心地がしないまま、黙って俯いている僕らの前に、不意にだいちゃんの少し真面目な声が響いた。
「……じんちゃん、もうその辺にしとき? せっかくの美味しいパスタ冷めてまうで」
「……ちっ。分かってるよ」
だいちゃんに優しく窘められた吉田さんは、少しバツが悪そうにカルボナーラを乱暴に口へと押し込み、それ以上は何も言わずにフッと視線を皿へと落とした。
だいちゃんはそんな吉田さんの様子をそっと見届けたあと、今度は僕たちの方へと、どこまでも温かい眼差しを向けた。
「じゅうちゃん、舜太。……じんちゃんもな、じゅうちゃんのこと本気で心配して言うてくれてるんやで? 決して二人のこと責めようと思っとるわけちゃうんやから、……怒らんといてな?」
「……っ、うん。ありがとう。心配かけて、ごめんなさい……」
このまま二人の優しさに甘えて嘘をつき続けてしまうこともできる。
でも打ち明けるなら、今しかないとも思った。
いくら考えたって、実際に言ってみないとわからない。
それに、この二人なら大丈夫な気がした。
漠然とだけど、そんな風に思った。
だから僕は意を決して伝えることを選んだ。
「……あの、やっぱり…、二人には聞いてほしいです。……いいよね?しゅん」
「……じゅうが良いなら俺はええよ」
しゅんの優しい言葉に、僕は小さく頷いた。
「あの……、吉田さん、だいちゃん。……僕たち付き合うことになったんです。……俺、しゅんのことが好きなの」
賑やかな店内の雑音の中で、僕の白状する声が真っ直ぐに響く。
信じようと思った。
それでも、二人の顔がどうしても見れなかった。
一瞬、テーブルの空気が完全に静止する。
数秒ののち、静寂を破ったのはだいちゃんの嬉しそうな声だった。
「うわぁ……! じゅうちゃん、ほんまにおめでとう! 舜太も、良かったなぁ……!」
「……っ、ありがとう、嘘ついて、ごめんなさい…」
その少しも偏見のない、どこまでも温かい言葉に救われて、僕はホッと胸の奥の強張りを解いて顔を上げた。
正面を見ると、吉田さんはおしぼりをテーブルに置いて、少し呆れたような苦笑いを浮かべていた。
けれど僕を見つめるその瞳の奥には、吉田さんの優しさが滲んでいるのがわかった。
「はぁ…。お前がなぁ……。そっか。……、まさかそんな風に人を好きになる日が来るとはなぁ。良かったよ、ほんと。……ていうか隠す必要ないだろ!ったく」
吉田さんの口からこぼれた、不器用で、だけどこれ以上ないほど温かい全肯定の言葉。
嬉しさが胸の奥から一気に溢れ出して、僕は隣に座るしゅんの顔を見つめると、しゅんもそんな僕の視線に気づいて、愛おしそうに目を細めると、テーブルの下で繋いだままの手をぎゅっと優しく握り返してくれた。
すると正面から、そんな僕たちの様子をじっと眺めていた吉田さんが、わざとらしく盛大なため息を吐き出してニヤニヤと口元を歪めた。
「はぁー、おい曽野、何すました顔してんだよ。テーブルの下で手ぇ繋いでんの、さっきからずっとバレバレだからな?お前、うちの真面目な山中を誘惑しやがって!ったくよ~」
「え〜? バレてました?でも、誘惑やなんて人聞き悪いですって。俺ら付き合いたてホヤホヤの恋人同士なんですから、手ぇ繋ぐくらい普通やないですか。なぁ? じゅう」
隣でしゅんが、悪びれもせずにニヤニヤと嬉しそうに話している。
吉田さんとだいちゃんの視線と、彼からの掌の熱さに、僕の顔はもうこれ以上ないっていうくらい真っ赤に上気していく。
「あはは!じゅうちゃん顔真っ赤やん! 舜太、ごちそうさまー!」
だいちゃんが無邪気に笑い声を上げ、吉田さんも「ったく、ほんとこいつ嫌い……」とあきれたようにパスタを口に運んだ。
……もう、この人たちには絶対に敵わない。
恥ずかしさと、それを何倍も上回るようなあったかい安心感のなかで、僕は真っ赤になった顔を隠すようにして、急いで温かいパスタを口へと運ぶのだった。
to be continued…