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商品開発部には同期が勤めていて、人間関係を教えてもらっていた。
今の副社長が部長だった頃は、彼が有能だったため、部署そのものの空気がとても良かったそうだ。
若くてイケメンの部長がいるから彼に憧れる人は仕事が捗るし、とても気さくなので飲みに誘われる事も多いようで、その時にスルッと悩み事を相談してしまうとか。
だから商品開発部の人たちの、元速水部長への信頼感は絶大だった。
その上で、同僚だった上村さんへの印象も良く、部署の人たちは二人の仲を応援しているらしい。
だから私は商品開発部の同期に、どうやってボイレコを篠宮副社長のもとに届けるか相談した。
『いい事教えてあげようか?』
商品開発部に在籍している|加地《かじ》|祥子《しょうこ》は、社食でパスタをモグモグして言う。
『頼みます』
部長クラスならともかく、副社長ともなれば雲の上の人でなかなか会えず、困り切っての相談だった。
祥子は周囲をチラッと見てから、少し小声で言う。
『副社長は階段派なんだよね。エレベーターで待ってるぐらいなら、サッと階段を使うの。お昼休みになったら、社食も行くし、近くのコンビニに買い物にも行く。社外から戻る時は、オフィスフロアの一番下までエレベーターで、あとは基本的に階段移動。あんなにスラッとしてスタイルいいのは、こまめに体を動かしてるからだわ……』
私は海外ブランドのスーツを着こなす篠宮副社長を思い出し、深く頷いた。
『見習わなきゃ……。……じゃなくて、ありがとう。お昼休みを狙って、非常階段をうろついてみる』
『ん。……っていうか、告白するの?』
祥子に真顔で言われ、私は昭和のコントみたいにずっこけるところだった。
『ないない! 推しのお相手に私がなんて、ない!』
私は顔の前でブンブンと手を振り、全力で否定する。
『〝推し〟って……、上村さん?』
また小声で尋ねられ、私は『イエス!』と頷く。
『社食でうどんの汁を被ってたら、手を差し伸べてくれたのよ……。美人だし優しいし、それから姿を見たら目で追いかけるようになっちゃって、我ながらびっくりしてる』
すると祥子は『あー……』と訳知り顔で頷いて言う。
『彼女、結構ファンが多いよ。……ファンって言ったら語弊があるのかな。商品開発部にいた頃は淡々と仕事をして、しかも速い。アイデアも豊富だし、食べる事が好きだからか実験室でも色々と工夫してて、学ぶところが多かった。食の知識が豊富なんだよね。それでいて、誰かを悪く言ったりもしないし、仲のいい中村さんと二人して商品開発部の華みたいな扱いだったな……。本人たちはまったく気づいてないけど、私は心のオアシスだった』
推しが褒められているのを聞き、私はニヤニヤする。
『同性から好かれる女性って、いい女確定だよね。はぁ~……、副社長と幸せになってほしい。私は違うフロアから幸せを祈ってる……』
『本人に言ってあげたら? 喜ぶよ』
『まさか! 推しに対してそんな畏れ多い……』
私は同期の彼女と会話をしつつ、なんとか副社長とコンタクトを取りたいと思っていた。
それから私は昼休みに非常階段をうろつく日々を送り、一週間後にチャンスが舞い降りた。
軽快に階段を上がる足音がして、私はおにぎりを囓りつつ下を見る。
なにせターゲットに会えない限り階段を離れられないので、あんパンを囓る刑事方式をとった。
学生のぼっち飯みたいで恥ずかしいけれど、背に腹はかえられない。
(副社長、キターッ!)
私は慌てて口の中にあるおにぎりをモグモグし、喉に詰まらせかけて涙目になる。
……と、副社長が私を見て目を丸くし、足を止めた。
私はモゴモゴして涙目になったまま、彼に向かって会釈をし、『待ってください』と手を突き出して訴える。
『……ま、待ってるから、とりあえずお茶飲め?』
副社長は必死の形相になっている私を哀れに思ってか、頷きながらお茶のペットボトルを指さす。
私はお茶を飲んで必死におにぎりを呑み込んでから、『お目汚しいたしました……っ』と頭を下げる。
そのあと顔を上げ、他に人がいないかキョロキョロしてから、小声で切りだした。
『上村さんについてお話があります』