コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
彼は、伸の顔を見たまま言う。
「ママは、人を見る目は確かなんだ。だから、くどくど説明するより、実際に伸くんを見てもらったほうがいいと思って。
ママなら、絶対に伸くんの良さをわかってくれると思ったんだよ」
「買いかぶり過ぎだよ……」
こんな冴えない中年男。伸は心の中で自嘲したが、彼は続ける。
「ママは言ったよ。有希の好きな人が年上の男性だって聞いたときは、さすがに少し驚いたけど、安藤さんに会って、有希が惹かれた気持ちがわかった気がするって」
思わず、真剣そうに話す彼の顔を、まじまじと見る。
「伸くんの態度やたたずまいを見て、とても誠実そうに見えたって。職場やスタッフの雰囲気を見ても、伸くんの人柄がうかがえるって。
ママは、長年ナイトクラブを経営しているから、いろんな人たちを見て来ているし、そういうことがよくわかるんだよ」
とても不思議な気分だ。こんな展開は、まったく予想していなかった。
「だけど……」
そう言って、突然、彼が目を伏せる。
あぁ、やっぱり、と思う。誠実そうに見えようが、人柄がどうだろうが、こんな関係が許されるわけがない。
だが、彼は意外なことを言った。
「伸くんは、とても寂しそうだって。ずっと孤独を抱えて生きて来た人のように見えるって……」
「あ……」
彼が、涙をたたえた目で見上げた。
「ママは、それが性的嗜好のせいだと思ったみたいだけど、そうじゃないよね。伸くんが寂しいのは、僕のせいだよね。
僕が、長い間、ずっと伸くんに辛い思いをさせていたから……」
彼は、こぼれる涙をぬぐいもせずに言う。
「もう二度と、伸くんを悲しませたりしない。ずっと一緒にいよう。伸くん、大好きだよ」
「あ……。えぇと」
名前を呼ぼうとして、言葉に詰まる。伸は、ため息をついて、髪をかき上げながら言った。
「あのさ、こんなときに悪いけど」
「……何?」
気をそがれたような顔をして、彼は涙をぬぐった。
「君は、行彦であるのと同時に、有希でもあるだろ。その……なんて呼べばいいのかな」
繊細な行彦の記憶を持ちながら、大胆な現代っ子でもある有希。彼自身は、そのことに矛盾を感じていないようだし、伸も、そのどちらも魅力的で愛しいと思う。
だが、名前を呼ぼうとするたび、なんと呼べばいいのかわからなくて、ひどく戸惑うのだ。
「そうだなぁ……」
しばらくの間考えた後、彼が言った。
「どっちも頭に『ユ』がつくから、ユウっていうのはどう?」
「ユウ、か」
彼は、うかがうように伸を見ている。
「ユウ。うん、いいな」
「本当?」
「うん」
「よかった」
彼が、うれしそうに笑う。
「ねぇ、呼んでみて」
「ユウ」
「もう一度」
「ユウ。……好きだ」
彼が、笑い声を上げながら、ぎゅっと伸に抱きついた。
ユウにせがまれ、濃厚なキスを交わした後、そのまま奥の部屋に移動した。先に立って伸の手を引いていたユウが、振り返って言う。
「今日は、僕が脱がせてあげる」
とはいえ、伸が来ているのはTシャツで、伸より背の低いユウが、立ったまま脱がせようとすると、うまくいかず、途中で二人して笑ってしまった。細い指でスウェットパンツと下着を脱がされる頃には、すでに体が変化していた。
伸は、恥ずかしさをごまかすように、少々乱暴に、ユウをベッドに押し倒し、制服を脱がせにかかった。だが、制服は、横になったままでは脱がせるのが難しく、結局、起き上がったユウが、すべて自分で脱ぎ捨てた。
ユウのことが愛しく、欲望はいくらでも湧き上がった。その体の隅々まで貪り味わい、一つになり、体力の限界に達した頃には、すっかり夜が更けていた。
夕方帰って来て、水を一杯飲んだきり、何も口にしていない。ユウが買って来たケーキにも手をつけないままだ。
胃は空っぽになっているはずだが、心は満たされていて、空腹を感じない。ユウは、なんと魅力的で、自分は今、なんと幸せなのかと思う。
若く美しい恋人は、まだ肩で息をしながら、しどけないポーズで枕に顔をうずめている。
あお向けになったまま、ぼんやりと天井を見上げていると、ユウが寝返りを打って、伸の腕に手を置いた。そして、気だるそうにつぶやく。
「伸くん……」
「うん?」
「僕も、桐原家のお墓参りに行きたいな」
「そうか。今度、二人で行こうか。昔、行ったことはあるの?」
つまり、行彦だったときに、という意味だ。
「小さいときに行ったことはあるけど、細かいことは忘れちゃった」
「そうか。じゃあ、近いうちに休みを取るよ」
ユウの学校の休みに合わせて、土曜か日曜に有給を取ろう。
「伸くん」
ユウが、肩口から見上げて言う。
「うん?」
「お腹空いた」
「じゃあ、何か作るよ」
そのつもりで食材も買ってある。
「その間にシャワーを浴びておいで」
するとユウが、甘えた声で言った。
「伸くんも一緒に浴びよう」
「えっ……」
ユウは、伸に体を洗ってほしいとねだった。その通りにしたのだが、それは、あまりに刺激的で、あんなにくたくたになっていたはずなのに、いつしか二人は、淫らな行為を再開していた。
疲れ果ててバスルームを出たときには、すでに夜が明け始めていた。もはや料理を作る気力もなく、結局、ペットボトルの飲み物とともに、ユウが買って来た、クリームたっぷりの甘いケーキが朝食替わりになった。