ペットボトルを、とんとテーブルに置いてため息をつくと、向かいに座るユウが言った。
「疲れた?」
「うん。ちょっとね。洋館でも、ここまで続けざまに、したことはなかったし……」
なんだか気恥ずかしいが、とても幸せな気分だ。ユウも、照れくさそうに微笑む。
「そうだね」
「ユウは大丈夫なの?」
いくら若いと言っても、細い体は、あまり体力がありそうには見えない。
「僕も、くたくただよ。授業中に寝ちゃうかも」
欲望のままに、あまり無茶をしてはいけないと、伸は反省した。
その日、待ち合わせの駅に現れたユウは、ブルーのギンガムチェックのシャツを着ていた。
「伸くん、昔こういうの着ていたでしょう? たまたまネットショップで見つけて買っちゃった」
「あぁ。とてもよく似合っている」
「よかった。ねぇ、初めてのデートだね」
ユウが、うれしそうに微笑む。
「そうだな」
話しながら、改札を通って、駅の構内に入る。
人が見たら、二人はどういう関係に見えるのだろう。教師と生徒? 年の離れた兄弟? いや、やはり親子か、せいぜい叔父と甥といったところか。
どちらにしても、誰も恋人同士だとは思わないだろう。そんなことを考えていると、横を歩くユウが耳元で囁いた。
「手、つないでもいい?」
「えっ?」
思わず顔を見ると、ユウは笑った。
「冗談だよ。伸くん、かわいい」
昼前に、最寄りの駅に着いた。墓参りをしてから、どこかの店で昼食にすることに決めて、墓地までの道をぶらぶらと歩く。
人通りのない道で、ユウは、伸の手を握って来た。伸も握り返し、そのまま手をつないで歩く。
天気が良く、とても気持ちがいい。かつて、この道を歩いたときは、孤独と悲しみで胸がつぶれそうだったのに、今の自分はどうだ。
伸は、満ち足りた気分で、ユウに話しかける。
「墓地は、とても見晴らしがいいんだ。この天気なら、遠くに海が見えるかもしれない」
「へぇ、楽しみ。ねぇ、明日も休みだし、今夜、この近くで泊まっちゃう?」
「俺は、明日は仕事だよ」
「そうか。……残念」
本当に残念そうな顔をしているユウがかわいくて、伸は笑った。
伸が言った通り、高台の墓地に続く道を登って行くと、途中から海が見えて来た。
「わぁ、きれい」
ユウは、スマートフォンを出して写真を撮っている。
「後で、一緒に写真撮ろう」
「あぁ」
こうして、少しずつ二人の思い出が増えて行くのだろうか。そう思ったのだが、実際には、一緒に写真を撮ることも、昼食を取ることすら叶わなかった。
「ここだよ」
そう言いながら、伸は、駅前で買って、持って来た花束をユウに手渡す。ユウは、花束を抱いて墓石の正面に立った。
斜め後ろから見守っていると、しばらくの間、墓石を見つめていたユウの手から、花束がぼとりと落ちた。
「ユウ?」
目を見開いたユウの呼吸が激しくなる。あわてて駆け寄るのとほとんど同時に、ユウは、あお向けに倒れかかって来た。
「ユウ!」
ユウは、そのまま意識を失い、伸は、墓地の管理事務所に助けを求めた。救急車が呼ばれ、ユウは病院に搬送された。
過呼吸発作による意識の消失。原因は、おそらく疲労や精神的なストレス。
伸から倒れたときの状況を聞いた医師は、そのように判断した。目を覚ましたら、簡単な問診をした後、特に問題がなければ帰ってかまわないと。
だが、やはり母親に知らせなくてはいけないだろう。伸は、ユウの母親の連絡先を知らないので、ベッドのそばで、ユウが目を覚ますのを待つことにした。
行彦の墓に対峙することは、ユウには大きなストレスになったに違いない。もう少し配慮するべきだった。
かわいそうなことをしてしまった。ユウが倒れたのは自分の責任だ。
不安な気持ちで寝顔を見つめていると、やがてユウは、ゆっくりと目を開いた。
「ユウ、大丈夫か?」
ユウは、ぼんやりと伸に顔を向ける。
「どこか痛いところや苦しいところは?」
ゆるゆると首を横に振るユウに言う。
「今、お医者さんを呼ぶけど、その前に、お母さんの連絡先を教えてくれないか? 君が倒れたことを知らせないと」
まだぼんやりとしたまま、ユウがつぶやいた。
「……僕のスマホは?」
「あぁ、ここに」
ナースコールのボタンを押して、ユウが目覚めたことを知らせると、伸は、彼の母親に電話かけるために病室を出た。伸が一通り状況を説明した後、母親が聞いた。
「なぜ、そんなところに?」
伸は答える。
「私の古い知り合いの墓参りに付き合ってもらったんです。まさか、こんなことになるとは思わず、軽率でした。
申し訳ありません」
母親は、これから、すぐにそちらに向かうと言い、電話を切った。
病室の前で待っていると、問診を終えて出て来た医師が、伸に向かって言った。
「少しよろしいですか?」
「……はい」
「それではこちらに」
医師は、廊下を先に立って歩いて行く。
小さな面談室のような部屋に案内され、テーブルを挟んで腰かけたところで、医師は口を開いた。
「失礼ですが、西原さんとのご関係は?」
「あ……友人です」
怪訝そうな目で見られ、さらに言い添える。
「彼が、私の職場のアルバイトの面接に来まして」
「あぁ、なるほど」
それで納得したのか、医師はうなずいている。
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