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翌月、千紘は来店した凪の様子を窺っていた。あれから嫌がらせをしていた十数人が千紘の元に訪れて、しっかりと謝罪を受けた。その中には樹月もいた。

もう関わりたくない。そう千紘は言ったはずだが、最後にもう一度会って話がしたかったと言われ、15分だけそれに付き合った。


それから1ヶ月が経ち、完全にその問題も落ち着いていた。凪と会うのはあの日以来だ。会うと言っても一方的に見ていただけで、千紘がその場面を目撃していたことも彼は気付いていないだろうと思えた。


千紘の予約のことなど完全に忘れているのか、それとも収束させたのは自分だと米山に言うのか。千紘は凪の行動が気になった。


「凪くん、今回どうする?」


「パーマは一旦やめて、暗めにしようかと思ってます」


「うん。短くする?」


「パーマかけないなら一旦切ろうかな……」


そんな美容師と客という当たり障りのない会話をする2人。千紘は用もないのに行ったり来たりと凪の周りをうろついた。


「今日も混んでますね」


「ああ、うん。いつも通りだね。まあ、ほとんど賑わってるのは成田ブースだけど」


千紘が行き来しているのが、忙しなく見えたのか、米山はそう言って苦笑した。


「成田さん、お客さん戻ったんですね」


「ああ……先月、ちょうど凪くんいた時だったよね? なんか、誰かの嫌がらせだったみたいで、今は解決してる」


米山が思い出したかのように言えば、凪はふっと口元を緩めて「よかったですね」とたった一言言った。


「んね。わざとキャンセルは止めてほしいよね。俺だったら心折れる」


「俺も折れますわ」


鏡越しに目が合った2人はふふっと笑う。米山は、凪の髪を持ち上げながら「それでも挽回しちゃうし、今じゃ人気もそれ以上だからね。やっぱり凄いよ、あの人」と優しい表情で言った。


「米山さん、ほんと成田さん好きっすよね」


「え!? いや、好きっていうかまぁ……後輩だし。入ってきたばっかの時から才能あるってわかってたからね。グングン伸びてくのって見てて嬉しいじゃん」


「……嫉妬したりしないもんですか?」


「しないねぇー。あそこまでいくとしない。中途半端に同じくらいのレベルのヤツが1番気になる」


「確かに!」


「だから俺はね、自分が教えた子がどんどん上に上がってくのは嬉しいよ。その内手が届かない存在になっちゃうかもだけどね」


「それはないでしょ。めっちゃ気遣ってるけど、米山さんの方が先輩なんだから」


ゲラゲラ笑う2人の声が反響した。カラー剤を作りに奥に潜んでいた千紘は、こっそり2人の会話を聞いて軽く下唇を噛んだ。


えー……なんか、あんまりにも普通じゃない? もっとこうさ、俺が言ってやったんだよってアピールはしないまでもその話題になったならあるよね? なんかさ、別に米山さんが俺のことちゃんと後輩として応援してるとかはいらないんだけど……。


そう思いながらも千紘はぐぬぬ……と考え、「あの人だけは変わんないだよなぁ……」と小さく呟いた。


「先輩は先輩だけど、本店から声もかかってるしその内いなくなっちゃうかもね」


「成田さん本店行くんですか?」


「本人は断ってるみたいだけど、行くんじゃないかな」


「へぇ……本店って行きたくないもんですか?」


「行きたくないのは成田さんくらいのもんじゃないかな? 一応俺らの中では本店に行けたらステータスだし」


「ああ、じゃあ今まで本店に行くって言ってた人も、腕を買われて行ったわけですか」


「そういうこと。だから成田さんに声がかかるのは当然なんだけど、引越しが面倒だし今いるお客さんを全員連れていくわけにもいかないしって」


「本店ってめっちゃデカいですよね? 成田さんのお客さん全員行っても問題ないんじゃ」


「本店だから、成田さんレベルがいっぱいいるわけよ」


「なるほど」


今度は千紘の名前がずっと登場していて、千紘はむーっと目を細めた。


俺レベルがいっぱいとか言うなよ。俺の方がレベル高ぇっつーの。てか、本店ってギラついてるヤツ多くて嫌いなんだよね、俺。

本店なんか行ったら店辞めらんないし、店持ちたい俺としてはここで名前売ってるだけでも十分だし。


ぐーるぐーるとカラー剤を混ぜながら千紘はグダグダと考え込む。


「米山さんは本店行きたくないんですか?」


「そりゃ行きたいよー。でも成田さんがいる限り無理無理。あの人越えられるスタッフがここの店舗にはいないんだから」


あははーっと陽気に笑う米山の声が千紘に届く。ぴくりと反応した千紘はゆっくり顔を上げた。


……行きたいの? 本店。行きたいの? 大歓迎だけど、俺。つーか、米山さんレベルなら十分じゃないの? 俺まではいかなくても顧客けっこう持ってるし、コンテストでそこそこの成果は上げてるわけだし。

……米山さんが異動すれば、大橋凪はフリーになるか。わざわざ離れた本店まで米山さん目当てで行くとは考えにくいし……。

ああ、そうか。米山さん異動させよ。本人行きたいなら行けばいいし。大橋凪はフリーになるし、俺の担当になるし。

……win-winじゃね?


千紘はとてもいいことを思いついたかのように満面の笑みを浮かべた。


千紘はすぐに本店の店長に米山の異動を打診した。


「ああ、無理無理。コンテストも準優勝止まりでしょ? 俺は成田くんにって言ってんの。そこまでのレベルに達してないなら本店(うち)じゃやっていけないよ」


ピシャリと突っぱねられた。現実はそう甘くはない。千紘は何度も断られながら、いかに米山の腕がいいか、接客態度が素晴らしいか、リピート率が高いかをプレゼンしなければならなかった。


……ふっざけんな。何で俺がこんなに米山さんのこと褒めなきゃなんないんだよ!


腑に落ちない。そんな顔でハサミを手入れする。それでもすぐにはっと顔を上げる。


ダメだ、ダメだ。ここで俺が折れたら俺が異動するはめになるんだから。そしたら大橋凪はずっと米山さんが担当することになる。

あの髪、絶対いつかカットしてやるんだから!


恨めしそうに凪の髪を思い浮かべる。


「俺猫っ毛なんで髪寝ちゃうんですよ」


凪の言葉が脳裏に響いた。


……猫っ毛なのか。柔らかいのか……。ぽやーっとパーマがかかった髪を想像する。米山の手が凪の髪を持ち上げる。

クシュクシュと握るようにワックスを塗る指。絡まる凪の髪。


顧客の中でも特に猫っ毛の人物の手触りを思い出し、想像の中の凪と繋ぎ合わせる。

柔らかな凪の髪に触れる自分の指先。頭皮を撫で、首筋を通って肩に触れる。シャンプー台で横になる凪の姿。閉じられた瞼から流れるように長いまつ毛が上を向く。

美しい眠り姫のような顔を思い浮かべた。


ぼーっとしながら、店内でたった1人自分の片付けをしていた千紘は、下半身に熱がこもっているのに気付いた。


あ……やべ。勃ってるわ。髪触る想像しただけで勃起するとかヤバくない? 素肌に触れたらどうなっちゃうの、俺……。


自分でも呆れながら片付けを終わらせた。けれど家までの道中、千紘はスマートフォンで凪が在籍する店のホームページを開いていた。

記載された写真日記には上半身裸の写真が何枚もあった。凪のことが気になり初めてから何度もこの写真を見たが、この時はいつもと違う感情が芽生えた気がした。

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