凪の写真を見る度に気持ちが昂る。好奇心だけでは言い表せない感情が沸き上がる。千紘は自分で少しずつ気付きはじめていた。凪に対する気持ちが恋愛の類だということに。
「あー……やば」
千紘は、ベッドの中で凪が在籍する女風のホームページを眺めていた。隙間時間があればすぐに見てしまう。
スケジュールや予約の時間まで表示されるものだから、今お客さんといるんだ。とわかってしまうのだ。
とはいえ、売れっ子の凪は毎日ほぼ予約で埋まっている。千紘と同じだ。予約を取りたいと思っても新規は簡単には取れない気がした。
金を払っても会えない相手。そう考えると余計に会いたくなる。金を払わなくても凪と一緒にいられて、むしろ凪の方が夢中になる相手はどんな人間だろうかと想像する。
とんでもない美女を思い出したら、悔しくなった。自分には豊満な胸もないし、分泌物を垂れ流す穴もないし、なんなら竿がついている。タチだから凪に攻めてもらうことなど考えることもない。
それよりも獣のように襲いかかって、あの体を貪りたいと思った。千紘のことしか見えなくなって、夢中になればいいと思った。
そこでふと千紘は思い出した。樹月と話した15分の間で彼が言ったのだ。
「俺、もう無理だよ。千紘じゃないと無理……。他の男と付き合おうと思ったけど、全然勃たないし、挿れられてもイケなくなった」
そう言って苦しそうに泣いていた。思い返せば、イケなくなったという言葉を何度も聞いた気がした。別れる度にそう言われるのだ。
千紘はその美しい見た目から、ゲイの中でもタチから声をかけられることが多かった。自分は絶対にネコになったりしない。どんなタチよりも上手くなってやる。そう思ってテクニックを磨いた。
彼氏やセフレの体を使って開発させ、性狂いにさせた。それでも千紘がもういいや、となればそんな相手も切り捨てた。
自分にはテクニックがある。女性を悦ばせることができる凪とはまた違うが、自分には男を満足させることができる。そんな自負があった。
……1回長時間かけて開発させれば、大橋凪も俺のテクニックに堕ちるかも……。
そんな邪なことを考える、千紘はにやりと口角を上げた。
問題はどう接触するかだった。体さえ先に手に入れられれば……そうは思うが、千紘は凪に好かれたいのであって嫌われるのは本意じゃない。
嫌がるのを無理矢理して、傷付けたらどうしようか……。そんなふうに考えるが、女性が好きで女風の仕事をしている凪が普通に千紘と出会ったところで恋愛感情など抱いてもらえるわけがなかった。
ノンケの凪のが千紘を好きになることなどありえない。だったらせめて、体から入ればまだ可能性はある。しかし、どちらにせよ凪が簡単に抱かせてくれるとは考えにくく、結局のところ無理矢理にでも抱くしか方法はないと決意した。
嫌われたって、怖がられたって今のままじゃ近付けない。近付いたところで、自分は米山が尊敬している後輩の立ち位置で、凪にとってもその程度の認識だろうと思えた。
だったらせめて性的な対象としてくらいは見られたい。そんな願望から、千紘はどうやって凪を手に入れるかを悶々と考えていた。
とりあえずは米山を本店に異動させ、今後自分が凪の担当になれるよう手を回さなければと頑固な本店店長の顔を思い出していた。
絶対に諦めない。そんな執着心が熱量として伝わったのか、遂に店長が米山の異動を了承した。
交渉から1年近くもかかったが、店長からしても全く移籍する気配のない千紘をただ待つより、そんな千紘が推すスタッフを本店で働かせてみようと思ったのだった。
ここまでくれば、後は行動するのみ。
『初めての利用で不安だったり、心配事がありましたら、いつでもDMを歓迎しております』
そんな文章が写真日記にもツイッターにも書かれていて、とりあえず千紘はそこに連絡してみることにした。
これまでの過去を振り返り、なぜ凪を好きになったのかを現在目の前にいる凪に話して聞かせた。
「……マジかよ。お前、最初から……」
こんなことになるなら、変に関わるんじゃなかったと、凪は嫌がらせを受けていた千紘を助けたことを後悔していた。
千紘はにこにこと表情を崩しながら「あの時俺のために怒ってくれてありがとね」と言った。
「あー……信じらんねぇ。恩を仇で返すってまさにお前のことだな!」
凪はきつく千紘を睨みつけた。米山が尊敬してると何度も言うものだから、いいヤツなんじゃないか。そう思ってたのに、最初から犯すつもりで近付いてきて、更に脅してまでデートさせるのだからとんでもない極悪人だと思った。
「そんな言い方しないでよ。俺の凪に対する愛情は本物だよ」
「重いし怖ぇんだよ!」
凪は両腕を手で擦りながら、ぶわっと立った鳥肌を鎮めようとする。
「凪、好きだよ」
「やめろ。好きとか言うな。受け入れられない」
「女の子相手じゃイケないんでしょ? 俺がいつでも快楽に溺れさせてあげるよ」
「ふざけんな。快楽に溺れさせるのは俺の仕事なんだって」
「辞めちゃえばいいじゃん。俺が養ってあげるよ」
千紘は尚も嬉しそうに笑う。自立した男の方が好みだが、毎日色んな女の体に触れ、キスをするくらいなら自分がその分稼いで養った方がマシだと思えた。
「お前な、よくそんなこと簡単に言えるよな。そういう他人の気持ちを考えられないところが嫌いなんだよ」
「俺だって全然考えてないわけじゃないよ。反対に凪に美容師辞めろって言われたら……あ、凪が溺愛してくれるなら辞めるかも」
「は……? お前にとって美容師の仕事ってその程度なのかよ」
凪は、自分と同じくプロ意識を持って働いていると思っていたし、そこだけは認めていたため、千紘の軽率な発言に怒りが込み上げた。それが表情から千紘に伝わり、彼は困ったように笑った。
「その程度だよ。でもその程度は俺にとって人生全てをかけてでも守りたいほど大切なモノ。凪と天秤にかけても惜しくないほどにね」
凪は想像していた言葉とは違う展開にグッと眉間に皺を寄せた。自分の存在が大事な仕事に並ぶほどのレベルなのかと信じられなかった。
「じゃなきゃ、無理矢理抱いたりしない。全ての責任を取るつもりで強行突破したんだから」
「仕事に対する熱量があるのはわかったとして、そこに俺が並ぶのはおかしくね?」
「なんで? 同じくらい大事だよ」
「だからそれ。仕事はまあ、わかるよ。努力して練習してようやく認められて手に入れたポジションがあるから。それを守りたいのはわかる。でも俺の場合はさ、お前がちょっとだけ見た俺の一部に過ぎないわけじゃん。なのに何で同等として考えられるのか理解できない」
凪は頬杖を突きながら、視線を自分の目の前にあるグラスに移した。
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