テラーノベル
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世界は海に呑まれた。南極大陸は氷に埋まっていた陸地を露出させた。だが一部の都市は沈んでしまった。
人間の抵抗も虚しく、陸地面積の2割が海となった。
世界は3つに分かれた。
高山に移り住んだアルテイア人、海上に移り住んだペラジア人、海中に移り住んだバティス人。
彼らは表は固い握手をしている。
だが海の底では、誰も知らない計画が静かに動いていた。
深夜のペラジアは静かだ。遠くで鳴る船のエンジン音と、眼下に広がる海の音だけが聞こえる。
アレンは自室のベッドに寝転がりながら、古いラジオを弄んでいた。特に理由はない。眠れなかっただけだ。
ノイズだらけの周波数を流していると、突然規則的な音が混じり始めた。
アレンは起き上がった。
(モールス信号…?)
頭の中で自動的に変換が始まる。短音、長音、短音——。
紙に書き起こすまでもなかった。
「P is sink. Im DAC.」
アレンはラジオを見つめたまま、しばらく動かなかった。
(ペラジアは沈む…私はダク…)
波の音だけが続いていた。
信じるか信じないか、それはまだどちらでもよかった。ただ、あの規則的な音が作り話だとは思えなかった。モールス信号を使うということは、傍受されたくないということだ。電波に乗せた言葉は拾われる可能性がある。だからわざわざ古い手段を使った。それだけで、相手がただ者ではないことはわかった。
(ダク…か。)
聞いたことのない名前だ。バティスの人間か、アルテイアか、それともペラジアの内部か。どこの勢力かもわからない。目的もわからない。なぜペラジアに送ってきたのかもわからない。
わからないことだらけだ。
でもアレンは焦らなかった。焦る理由がない。今夜得た情報は二つだけ。ペラジアが沈むという話と、ダクという名前。それだけで十分だった。
ベッドに横になり、目を閉じた。すぐに眠れた。
翌朝、アレンはいつも通り学校へ向かった。
ペラジアの空は今日も曇っている。街の端まで見渡せば、どこまでも海が続いていた。
教室に入り、窓際の席に座る。先生が何かを話し始めたが、アレンの頭はほとんど別のことを考えていた。
(ブザーを改造すれば送信できる。海中に沈めれば地上には届きにくい。問題はメンテナンスだ。定期的に引き上げる必要がある。不自然に思われない理由が要る…)
「アレン、聞いてるか?」
先生の声で我に返った。
「聞いてます。」
短く答えて、また窓の外を見た。
(まずブザーを手に入れることだ。)
授業が終わり、クラスメートたちが騒がしく席を立つ。アレンはそれを横目に、ノートの端に小さな回路図を書き込んでいた。複雑なものではない。ブザー、電源、防水加工——頭の中では既に完成していた。
問題はメンテナンスだ。
ダクは本当のことを言っているのか。「Pは沈む」——ペラジアが沈む。そんなことが本当に可能なのか。海上都市をどうやって沈める。技術的に、バティスならあり得る話だ。あの都市の技術力は異常だ。でも動機は何だ。ペラジアを沈めて、バティスに何の得がある。
(考えすぎか。いや、考えすぎということはない)
アレンはノートを閉じた。
放課後、アレンは一人で街を歩いた。ペラジアの大通りはいつも通り賑やかだった。食べ物の匂い、子供の声、遠くで鳴る汽笛。この街に生まれて18年、見慣れた風景のはずだった。
でも今日は違って見えた。
(この街が沈む)
その言葉が頭から離れない。足元の地面は硬い。でもその下は海だ。この都市全体を支えているのは、巨大な人工の土台だけだ。バティスの技術があれば——。
アレンは立ち止まり、海を見た。
水平線の向こうに何かがある気がした。見えないだけで、確かに動いている何かが。
その夜、アレンは再びラジオの前に座った。
ノイズだけが流れている。ダクからの信号はなかった。
アレンはしばらくそのまま待ったが、やがてラジオを切った。
(信じるか信じないかじゃない。確かめるだけだ)
静かな部屋に、波の音だけが響いていた。
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