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―――
その日はなんだかずっとバタバタとして、勇斗とまともに顔を合わせる事も少なかった。
アイツはあんな事を言っておいてなんでもない風な顔をしていて、こちらがどうしたら良いかわからなくなる程だった。
部屋に一人でいるとずっと考えてしまう。
俺のことが好き?
勇斗が?
「……え、待って」
アイツ彼女いた。普通に誰かと付き合ってたよな?
今は知らないけど…いた事何度もあるじゃん。
……どういう事だ?
ずっと片思いをしていたと言っていた。
ずっとって…いつから?
いつから…俺のことを…?
「……」
―歌詞、頑張ってね
…歌詞なんて書けるかよ…。
―――
翌日も仕事があって、向かう足がとてもとても重かった。
現場に入ると無意識に勇斗を探してしまう。
どこにいるかわからないのが1番キツい…なんだこれ…。
「おはよう」
「…お…はよう、」
「なに?そんな驚いた顔して」
後ろから声を掛けてきたのは勇斗だった。
…なんだ、いつも通りだ。
…ん?
…なんで、いつも通りなの?
「あの…」
「ん?」
「あのあの、き、昨日の、事なんだけど」
「仁ちゃん、どもってるよ」
「……」
半笑いでそう言われて呆気にとられる。
「大丈夫?」
「……大丈夫」
「…そ」
「……」
無言で勇斗を見つめる。
読めない…なにを考えているのかわからない。
なんでそんなに普通に出来るんだ?
まさかドッキリとか…?
いや、そんな訳ない。
こんな風に人の心をもて遊ぶようなドッキリを俺たちはしないはずだ。
「今日も頑張ろうねー」
「…あ」
…行ってしまった。
聞きたいことはたくさんあるのに…。
…………
「おつかれーっす」
「…お疲れ様でした」
「仁人、この後ひま?」
「え…」
「飯行かねえ?」
「…ふたりで?」
「え、いつもそうじゃん」
「…まあ、そうなんだけど」
「…行こ」
なんでもない風に俺を誘った後の少し伺う様子の表情が気になった。
「…いいよ」
「おし、じゃあ行くよ」
少しだけ距離をあけて勇斗の後をついて行く。
「仁ちゃん遅い」
「……、ハイハイ!」
「なによっ」
「あー!うるさい!」
遅いと言った勇斗を早足で追い抜く。
…完全に取り乱していた。
一晩煮込んだ思いは呆気なく普段通りの様子の勇斗に空振りさせられ、だんだんとどうでも良くなってくる。
なんでこんな、振り回されてんだ俺は。
今日聞いてやる。絶対に聞く。
なにからなにまで聞いてやる。
―――
テーブル席の向こうで勇斗がメニューを指でなぞりながら選んでる。
その指が妙に気になる。
スラッとしてるけど関節が太くて、ゴツゴツとしてる。
爪は綺麗に整えられていて、抜かりがない。
あ…ささくれあった。
「…仁ちゃん?」
「…ん?」
「メニュー決まったの?」
「…ああ」
「…これ食べたいの?」
勇斗の指が止まった場所を見ると適当に良さそうな食べ物が丁度よく載っていた。
「あー…うん、それがいいかな」
「ふーん、じゃあ一緒に頼んじゃうよ」
「…うん」
ペースを取り戻さないと…食われる。
飄々とした様子の勇斗からはなんの緊張や不安も伝わってこなくて、面食らうとはこういう事かと内心焦っていた。
聞くんだ…今日。
タッチパネルで注文を終えた勇斗がこちらに向き直ったのを確認して、俺は口を開いた。
「あのさ…昨日の事なんだけど」
「ああ、うん」
「…あの…あれって本当?」
「俺が仁人を好きってこと?」
「…うん」
「ほんとだよ」
「…え、あのさ。俺の記憶が正しかったらなんだけど」
「…なに?」
少し笑われた。
「…お前、ついこの間まで彼女いなかったっけ?」
「…いたね」
「…ん、じゃあずっと片思いしてた…って、どういう事?」
「……」
「…本当に…俺なの?」
「…そうだよ」
少し決まりが悪そうに勇斗が答えた。
「ん…ちょっと意味がわかんないんだけどさ」
「うん」
「ええと、俺のこと好きなの、よね?」
「そうだよ」
「だけど彼女はいたよね?その後…好きになったの?」
「…違うよ」
「…は?」
え?更に訳がわからない。
「…好き…は好きだったよ。ずっと前から」
「…ずっと前…」
「そう…。でも告白するつもりなかったし、そもそも付き合おうとか、思わなかったからさ」
「…ん?」
「違うな。付き合えるとは思ってなかった…思ってないんだよね」
「…」
「仁ちゃんの事は好きだよ?でも仁ちゃんは俺のことそういう目で見てなかったでしょ?もうずっと」
「……それは」
「だからさ、別の人と付き合ったりもしたよ。その時はその子の事ちゃんと好きだったし」
「……」
…まだ理解が追いつかない。
勇斗がなにを言おうとしているのか全くわからない。
「好きだったけど…別れてみると…また仁ちゃんのとこに戻ってきちゃうんだ」
「……」
「やっぱり仁ちゃんが好きだなあって。…それを何度も、何度も繰り返してた」
何度も…?俺のことを…?
「やっぱり仁人がいいって、なるんだよね」
淡々としているけどその表情は少し切なそうで。
「あ…」
「ん?」
「わ…わかった。ありがとう。じゃあさ、」
「うん」
「ずっとって…いつから?」
恐る恐るそう聞くと、勇斗は少し斜め上を見上げて腕を組んだ。
「いつから……いつからだろ」
「え?」
「…うーん…気付いたらもう好きだったからなあ…」
まるで他の誰かへの恋心を話しているように他人事に聞こえる。
え…俺のことだよね…?
「…そんなに前から…なの?」
「うん、それは確実にそう」
「……」
「ずっと昔から、好きだった」
何故こんなにあっさりと言えるんだろう。
もし俺だったら、そんなに長い片思いには耐えられない。
何度も、何度も俺の所へ気持ちが戻ると言った勇斗の心の内を、知りたくなった。
「…どうして」
「…うん?」
「どうしてそんなに平気そうなんだ…?」
「…平気じゃないよ」
「…え」
「仁人の事考えすぎて眠れない夜もあったよ」
過去のことのように話す勇斗。
けど俺はその言葉に強い衝撃を受けていた。
「…今は?」
「…今」
「だって…ずっと言えなかったんだろ?」
「うん」
「どうして…言おうと思ったの…?」
その時食事が到着した。
店員さんが扉を開けてそれぞれに食事を置いていく。
到着した飲み物を手に取り少しだけ飲んだ…。
「…これ食っちゃってからでいい?」
「…どうぞ」
ニコッと歯を出して笑った勇斗はそう言うやいなや食事を次々口へと運んで行った。
…俺も食べるか…。
数分後、勇斗と同じメニューを頼んだ事を少し後悔した。
食事がまともに喉を通らない。
パクパクと食べ進める勇斗の瞳は食事に落とされており、こちらを見ることは無い。
その仕草の中に動揺を見つけようとするが見つからない。
モグモグと動く口に目が止まった。
赤い唇。
俺を好きだと言った唇。
でもその間何度も誰かと付き合っていたと言った。
俺じゃない誰かと…キスとか…してたのかな…
「……」
「…仁人」
「…ん?」
「…あんま見られると食べにくいんだけど」
「あ…」
ニヤッと笑いながら目線が上げられて目が合う。
俺…今なに考えてた…?
「仁人も食べな?」
「う、うん」
ほとんど味がしない食事を気合いで体に流し込んだ。
なんでこんなに動揺してんだよ、俺…。
過去に告白されたことは何度かある。
そのまま付き合ったことも、ある。
でも…ここまで気持ちを乱してくる告白は初めてだった。
それは、確かだった。
何故なんてわからない。
無自覚に俺が勇斗の事を振り回していた?
眠れなくさせるぐらいに…。
「ふう…ご馳走様でした」
「ケホッ…ご、ちそう様でした」
「ふふ、飲み物飲みな?」
「…うん」
動揺している俺を見て少し楽しそうな勇斗。
いつもならそんな仕草にイラッとしたかもしれない。
でも今は…何故だか申し訳ないような気恥ずかしいような…そんな気がして。
「ねえ仁ちゃん」
「…ん?」
「俺、告白しといてなんだけどさ、返事は待ってないからね」
「……え?」
「ごめんね、ほんと、言うつもりなんてなかったんだ」
「…どういう事?」
「…普通に、話したりふざけたり一緒に仕事頑張ったり、そんだけで良かったんだよ」
「……」
「一緒に居られる時間があれば良かったんだ」
「……」
「…だけど、ほんの少し…少しだけね?…期待しちゃったんだよね…」
「…え」
「もしかしたら、仁人が俺を好きになってくれる世界線もあるんじゃないかーって」
「……」
「…押したらわんちゃん行けるのかなって」
だんだんと勇斗の声が小さくなっていく。
少し俯いた顔が明るい色の前髪で隠れる。
「…思っちゃったんだよね。ずっと期待しないでいたのに…なんでだろう」
「……」
「最近の仁人と、やけに距離が近く思えてさ」
「…あ」
「恋愛の話とか、したし」
「……うん」
「…反応がさ…可愛いっていうか…」
「…可愛い?」
「…うん。」
言ってる勇斗の顔がほんのり赤い。
「…俺の言葉で少しずつ反応が変わる仁人が、可愛かった」
「……」
「…で、言っちゃったんだよね」
「……」
「つい……ポロッと」
「…あれがポロッとなの?」
「…うーん。もう解放されたい気持ちもあったかな」
「…解放?」
「うん。仁ちゃんの事好きだけど…この先一生手に入らないなら…」
「……」
「…もう終わらせようかなって」
真剣な目でそう言われた。
遠くを見ているような、俺の知らない何年もの月日を思い出しながら告白するように…勇斗は言った。
「…俺…なんかしたかな」
「…え?」
「…そこまで想って貰えるようなこと…俺勇斗にしたかな」
少し俯いてそう聞いた。
独り言に近い言葉がふわっと出て消えた。
「…そうじゃないんじゃない?」
「…え」
「俺が……勝手に好きになったんだよ」
「……」
「勝手に…ずっと仁人の事が好きだったんだから」
今度は確実に、切なそうな目で勇斗がそう言った。
勇斗の瞳の中に戸惑いや、温めてきたであろう恋の熱を感じた。
「……勝手にって…」
「片思いってそういうもんでしょ?」
そう悲しそうに笑って言った顔を見て確信した。
…切ないんじゃないんだ。
勇斗はもう諦めかけてる。
俺を…俺の事を諦めようとしている。
「…待って」
「…え?」
考えるより先に言葉が口をついて出た。
「…待って」
「…なにが?」
「勇斗…俺の事…諦めるのちょっと待って」
「…え」
俺は、覚悟を決めて顔を上げた。
「俺…勇斗の言うように多分鈍いし、今までのこと思い返すと…凄く情けない」
「……」
「お前の気持ちに俺、1ミリも気付いてなかった…」
「…そりゃあ、そうだよ」
「だけど…、昨日知ったばかりなんだ。俺…お前の気持ち知ったばかりだから…、」
「……」
勇斗の瞳が俺に問うように揺れた。
「…だから少しだけ、待って欲しい」
「…それって…返事をくれるって事?」
「……うん。」
「…考えてくれるの?」
「…考える。だからもう少しだけ待ってくれ」
「…わかった。……待つのは得意だから大丈夫。」
「…今笑えないからそれ」
「あはは」
さっきまでの打ちのめされたあとみたいな顔の勇斗ではもうなくて。
楽しそうな笑い声とその明るい表情にこちらまで心がほぐれて温かくなった。
その日は勇斗が普段通りに振舞ってくれて、俺もだんだんと普通に会話が出来るようになっていった。
勇斗はずっと、優しい目をしていた。
会話は至って普段通りなのに、時折俺を見る目がふんわりと優しく細められて…その度に俺は身体を少し縮こまらせて勇斗を見ていたんだ。
―――