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役所から戻ってきた和幸が
真っ黒なスーツの襟を正しながら、仰々しく一枚の封筒を俺の机に置いた。
「兄貴、受理されました。……これで正式に、お嬢はうちの人間です」
俺は無言でその封筒を手に取り、中身を確認した。
そこには、ひまりの名前の横に、俺の名字が並んどる。
黒龍院ひまり。
……似合わん名字を背負わせてしもたなと思う反面
腹の底にどっしりとした重石が置かれたような、奇妙な高揚感があった。
「……ご苦労やったな。和幸、今日は若い衆全員に酒奢ったれ。ひまりには、一番ええショートケーキや」
「合点承知ですッ!宴会ですねッ!!」
和幸が騒がしく事務所の奥へ消えていく。
俺は一人、静かになったデスクで
ひまりが大切にしとるあの「魔法の許可証」を金庫の一番奥、組の代紋が入った盃の隣に並べて仕舞い込んだ。
「おじさーん!宿題終わったよ!」
ひまりが、学校のノートを抱えて走ってくる。
俺は椅子を回し、彼女の目線に合わせて腰を落とした。
「…ひまり。ちょっと真剣な話をしてもええか?」
「……?なに、おじさん」
「今日からな……お前の名前、ひまり、だけやなくて。……『黒龍院ひまり』になったんや」
ひまりは、きょとんと目を丸くした。
「…黒龍院……?おじさんと、同じ名前?」
「せや。……ワシの家族になったっていう、印や。……嫌か?」
俺が少し不安になって問いかけると、ひまりは一瞬固まった後、顔全体をくしゃくしゃにして笑いおった。
「ううん!嬉しい!おじさんと一緒だもん!……ねぇ、じゃあ、もうおじさんのこと、『パパ』って呼んでいいの?」
その言葉に、俺は眼鏡がズレるほど激しく動揺した。
「パパ」……。
耳慣れん、甘っちょろい響きや。
やが、その言葉がひまりの口から出た瞬間
俺が今まで守ってきた「極道」としての矜持なんぞ、粉々に砕け散った。
「……ああ。好きに呼べ。……ワシは、お前の親父やからな」
「…!ありがとう…おじさん…っ、ううん、パパ」
ひまりが俺の首に思い切り抱きついてくる。
小さな体から伝わる、全力の信頼。
俺は、震える手をそっとひまりの背中に回した。
かつて人を殴り、刀を握り、地獄の縁を歩いてきたこの手が、今は一人の子供の重みを支えとる。
(……ああ。…これやったんか)
「邪魔」やなくて、最初から「おる側」の人間。
俺があの日、車の中でひまりに言うた言葉は、そのまま自分自身に返ってきた。
ワシも、この娘がおることで、ようやく「おるべき場所」を見つけたんや。
「……よし。パパが、今日は特別に、寝るまで本読んだるわ。…あの図鑑でええか?」
「うん!心臓のところ、もう一回読んで!」
その夜、事務所の騒がしい宴会の声をBGMに、俺はひまりの枕元で不器用な読み聞かせをした。
ひまりは俺の手をぎゅっと握ったまま、幸せそうに深い眠りに落ちていった。
俺は窓の外、静まり返った夜の街を見つめた。
戸惑いから始まった同居生活は、今日、本当の「家族」になった。
だが、極道の世界は、そう簡単にワシを逃しはせん。
俺は眼鏡を指で押し上げ、ひまりの寝顔を守るように、静かに、だが鋭く牙を研ぎ直した。
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