上履きの底が廊下に擦れる音だけが静寂の籠る空間に響く。
「ここだよね、旧校舎。」
クラスメイトのその言葉とともに普段過ごしている鉄筋コンクリート造の校舎とは違う、木造の古びた校舎が視界を掠める。壁に塗りたくられているペンキは剥げていてかさぶたのように黒く変色していた。ムッと鼻につく異臭に顔を歪める。
「この教室だってさ、掃除するの。」
クラスメイトの一人が1―Aと記入されている教室を指差す。
埃の被った扉の窓からうっすらと覗く室内は酷く薄暗く、10数個程の机が辺りに散乱していた。この教室を掃除するとなれば相当な時間がかかるだろう。イザナくんに一言かけていればよかったと今更ながらに後悔する。
「あ、ほうきとかちり取り持ってくるの忘れた。」
「持ってくるから○○ちゃん先に入っといて」
ポン。と肩を軽く押され、開けるように勧められる。
『…分かった』
扉の端のくぼみに指を添え、横に引く。
そうすると扉は鍵が壊れていると言われている割には案外あっさりと開いた。埃やインクの混ざった鼻をつまみたくなる臭気に耐えながらゆっくりと教室の中へと入る。
こんな場所に長時間居なければいけないのかと絶望的な太息を洩らしたその瞬間。
ドンッと一気に扉の閉まる衝撃音が鼓膜を震わせ、それまで体に当てられていた夕日の微かな光が完全に閉ざされる。
『…ぇ?』
突然のことに気が動転して言葉が見つからず、酷く掠れた声が喉を通る。
なんで、と理解が脳に追いつくよりも先にクラスメイト達の侮辱の含まれた甲高い笑い声が針のように私の体を刺す。
どうして、という疑惑が頭の中に暗雲みたいに広がり、雨後の雫のような冷や汗が額にしたたり落ちる。
「マジ馬鹿だよね、アンタ。」
ピシャリと冷や水を浴びせるような声が耳の中に張り付き、不協和音のように鼓膜に残る。
閉じ込められた?という最悪な問いが脳内を横切り、不安が絶望の風船を膨らませる。
『な、なんで……友達って…』
喉から絞り出すように出した声は、喉にひっついたようにしゃがれていた。胃を固く締めつけるような不安の念が段々と強まっていく。
「は?ウチらがアンタみたいなゴミと友達になるわけないじゃん。」
先ほどの優しさが嘘かのようなクラスメイトたちの乱暴な口調に、背筋を冷たい汗が虫が這うように流れる。吸い込んだ息がヒュッと喉に詰まって、インクの切れたペンのように掠れる。がらんとした不気味なほどに静かで真っ暗な建物に足音が遠ざかっていくように響くのが分かった。
置いて行かれると察して、急いで扉に手をかけ開けたときと同じように手を横に引くが、何かが鍵部分に引っかかっているような異物感が手の平に伝わるだけで肝心の扉は一向に開かない。
ガチャガチャと金属音がぶつかり合う不快な音が耳を埋める。
鍵が壊れていることを思い出した瞬間、顔から血の気が引く。
『あ、開けて…やだ、ねぇ!』
濁りの含まれたぶつぶつした声でそう叫びながらドン、ドン、と力一杯扉を叩きつけるが足音は戻ってこない。抱いていた友達という単語が音を立てて崩れていく。
裏切られたという絶望感に、胃を力一派雄鷲掴みにされたような嫌な感覚が走る。
『うそでしょ…?』
辺りの音をすべて持ち去られたように静かな一室にひび割れたような自身の声が落ちる。
こんなことになるならイザナくんの言う通り学校を休めばよかった。というもうどうにもならない後悔が胸に沸き上がり、絶望に引きずり込まれる。悔しさが冷たい水のようにボロボロに砕けた胸の中に流れ込む。
涙が目尻に沸き上がり、嗚咽が喉元にぐっとこみ上げて声を詰まらせる。
ここは旧校舎だ。人気もなく、明かりもない。そのうえ新校舎とはそれなりの距離があるため、叫んでも叩いてもきっと音は届かない。
誰かが私が居ることを伝えなければ絶対に見つけてもらえない。
そんな事実に、やり場のない後悔の塊たちが自身の胸を噛んで無機質な穴をあける。
どうにか出られる方法がないかと周りを見わたすが光の閉ざされた室内は酷く薄暗く、それに加え足場が悪いせいで上手く動き回れない。部屋の奥へと進むたびに漂ってくる腐臭が強くなっていく。
『……なん、で。』
裏切られたという言葉に尽くせぬ数々の悲しみと絶望に、しおれた花のように体が垂れる。
─…「…今までずっと酷いことしてごめんね。」
─…「本当に反省してる。」
─…「これからは普通の友達として○○ちゃんと仲良くなりたい。」
─…「…出来るかな?」
私は誰を信じたらいいのだろう。
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