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玲伊さんはヘアアイロンのプラグをつなぎ、それからブラシを手に持った。
「ハーフアップかお団子、どっちがいい?」
「えーと、じゃあ、お団子で」
「了解」
玲伊さんはあっという間に髪をまとめてくれた。
次に前髪をクリップで留め、コットンで顔を拭き、まるで絵具箱のような、色とりどりのメイク道具が入ったボックスを開け、魔法のような手際で、わたしの顔にメイクを施してゆく。
その間、ドキドキしっぱなし。
玲伊さんとの距離が近すぎる。
「ちょっと、目つぶって」
わたしの肩をつかみ、覆いかぶさるようにアイメイク。
「上、向いてくれる」
今度は顎に手を添えられ、紅筆で口紅を塗られ……
ものの10分で、メイクは完成した。
「鏡、見てごらん」
「えっ? すごい」
「言ったとおりだろう?」
玲伊さんはさらに仕上げだよ、と言って、ヘアアイロンでおくれ毛をカールした。
あらためて鏡をのぞく。
とても自分とは思えない。
「玲伊さん、すごいです。魔法みたい」
わたしが感嘆の声を漏らすと、鏡のなかの彼は微笑んだ。
「俺の腕もあるけど、ここまで変わるのは、もともと優ちゃんの顔立ちが整っているからだよ」
彼は背後からわたしの肩に手をのせて、鏡越しに見つめてきた。
「なあ、いつまでもつらい過去の記憶に囚われつづけて、前に進まないのは無駄なことだと思わない?」
彼は手に少し力を込めた。
そして……耳元で囁いてきた。
鏡のなかの彼が、美しい琥珀色の目をきらめかせて、わたしを見つめる。
「俺に任せてよ。優ちゃんをもっと美しく変身させてみたいんだよ」
その圧倒的な色気に気圧されて、背筋がぞくっとわなないた。
そして、まるで催眠術にかかったように、わたしはコクリとうなずいていた。
玲伊さんは満足そうに頷き、もう一度確かめるように言った。
「じゃあ引き受けてくれると思っていいんだね」
ここで「はい」と言えば、もう後戻りはできなくなる。
でも……
わたしは鏡を見つめた。
そこにいるのは、いつもとはまるで違う自分。
本当に、変われるのかもしれない。
玲伊さんの言う通りにしたら。
「はい。お願いします」
頭を下げるわたしに、彼は念を押した。
「『やっぱりやめます』はなしだよ」
「もちろん、言いません」
「責任感の強い優ちゃんのことだから、そんなこと言わないって知ってるけどね」
玲伊さんはふっと口元を緩め、目をきらめかせた。
「楽しみにしてて。必ず想像以上の結果を出すから」
彼はわたしのケープを外した。
それから待合室へとわたしを連れてゆき、〈リインカネーション〉のパンフレットを渡してくれた。
「今回の企画では、ヘアの施術だけじゃなく、うちの施設をフル活用してもらうことになっているんだ。最初の一、二か月は下準備。食事の管理からはじめて、ジムやエステに通ってもらう」
パンフレットをめくりながら、わたしは答えた。
「いろいろやることがあるんですね」
「もちろん、書店の仕事に支障をきたさないように配慮するから、困ることがあったら遠慮なく言って。調整するからね。最終的に9月の一周年記念の日のイベントに参加してもらうことになっていて、それがゴールになる」
「本当にわたしでいいのか、まだ疑問ですけど……玲伊さんを信じてやってみます」
「優ちゃん……そう言ってくれると嬉しいよ。藍子さんにお願いに行って、OKをもらったら、正式に紀田さんに連絡するよ」
「わかりました」
「うん、じゃあ、来週の火曜日の店休日にもう一度、店に来てくれる? 施設を回りながら、具体的に説明をするから」
「はい」
というわけで、結局、というか、玲伊さんの思惑どおりというか、わたしは「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを引き受けることになってしまった。
なんだか、うまく丸め込まれたような気がしないでもないけど……
でも、最終的に決めたのは自分。
引き受けたからにはちゃんとやるつもりだ。
もう傷つきたくなくて、引きこもっていたい気持ちの裏で、玲伊さんの言うとおり、もういいかげん過去を引きずりたくないという気持ちもたしかにあったから。
ただ、問題は……
今より玲伊さんと頻繁に会うことになるから、彼への想いを隠し続けるのはかなり至難の業になるということなのだけど。
いろいろな意味で、これからの数カ月、かなりハードな修行の日々になりそうだ。