「優お姉さん、めちゃくちゃ可愛い!」
店に帰ってしばらくすると、小学生たちがやってきた。
5年生の鳴海ちゃんが目ざとくわたしの髪型をほめてくれる。
「すっごく、大人っぽいよ。わー、お化粧もしてるよね! めちゃめちゃ綺麗」
「ありがとう。さ、奥に行こうか」
来てくれたのは、鳴海ちゃんと、2年生の悟くんと1年生の愛美ちゃんの三人。
子供の成長は驚くほど早い。
はじめて来たとき、鳴海ちゃんはまだ2年生で、ちょこんと最前列に座ってわたしの読み聞かせに目を輝かせていたのに、今や最年長の頼りになるお姉さんだ。
この店に小学生が集うようになったのは、わたしが働きはじめてから割とすぐのこと。
近くの団地に住むお客さんから「遊び場所がなくて困っている」と聞いたことがきっかけだった。
そこで奥の居間を開放する日を作り、宿題をしてもらったり、お絵かきしてもらったりしていた。あるとき「絵本読んで」とせがまれて、それから読み聞かせもするようになった。
「わー、優お姉ちゃんの髪の毛くるくるしてる。かっわいいーーー」
1年生の愛美ちゃんもにこにこしながらよってくる。
わたしが彼女の柔らかい髪をそっと撫でると、顔をもっとくしゃくしゃにして笑う。
この子たちと過ごす時間は、本当にかけがえがない。
なんの思惑もなく、純粋に慕ってくれる子供たちのおかげで、人付き合いに疲れていたわたしの心も少しずつ癒されていったように思う。
彼らがこの店に来ていなかったら、わたしはさらに無愛想でひねくれきっていたに違いない。
「ねえ、今日はなんのお話を読んでくれるの?」
「どれでもいいよ。絵本の棚から選んできてくれる?」
「うん!」
そこにある本はわたしの私物で、読み聞かせ専用だ。
そばに行くと、鳴海ちゃんは一冊の絵本を指さした。
「前はなかったよね。このうさぎの本」
「この間、届いたばかりなんだ」
「じゃあ、これ読んで」
「えー『はたらくじどうしゃ』がいい」と悟くんが棚から出してくる。
「やだ。いっつも、それじゃん。今日はこっち」
「わかった。どっちも読むからね。愛美ちゃんは読んでほしい本ある?」
「なるみおねえちゃんとおんなじの!」
「よし。じゃあ、まず、この二冊にしよう」
鳴海ちゃんは愛美ちゃんの手を引いて、畳の間に上がっていった。
わたしは本を手に彼らの前に座る。
「アメリカの人が描いた絵本だよ。じゃあ、読むね」
タイトルは『しろいうさぎとくろいうさぎ』。
もう五十年以上前に刊行されたロングセラー絵本だ。
二匹のうさぎはとても仲良し。でも楽しく遊んでいるときでも、くろいうさぎはときおり寂しい顔を見せる。
一緒にいるのがあまりにも楽しくて、くろいうさぎは心配になってしまうのだ。
この先、しろいうさぎと離ればなれになったらどうしよう、と。
「誰かを好きになる」ことの本質をシンプルに描いた作品だ。
《じゃ、わたし、これからさき、いつもあなたといっしょにいるわ
いつも いつも、いつまでも?
くろいうさぎがききました。
いつも いつも、いつまでも!
しろいうさぎはこたえました》
(『しろいうさぎとくろいうさぎ』ガース・ウイリアムズ作 まつおかきょうこ訳 福音館書店)
「わあ、すてきなお話」
「うさぎさんたち、結婚したんだぁ。やったぁ」
読み終わると、鳴海ちゃんと愛美ちゃんはうっとりと顔を紅潮させた。
悟くんひとり、退屈そうにたたみでごろごろしていた。
玲伊さんと出会ったころ、この絵本はわたしの一番のお気に入りだった。
なぜなら、玲伊さんが読んでくれた本だったから。
毎晩、かならず読んでから眠った。
彼の声を思い出しながら。
そして、いつも願っていた。
しろいうさぎみたいに、玲伊さんのお嫁さんになって、ずっとずっと一緒にいられたら、と。
でも兄や玲伊さんが中学生になって、三人で遊ばなくなってからは、この本を押し入れの一番奥の箱にしまい込んだ。
〈くろいうさぎ〉の悲しい顔が、自分の切なさと重なって、読むのがつらくなってしまったから。
5時過ぎに、愛美ちゃんや悟くんはお迎えが来て帰っていった。
わたしは店の仕事に戻り、一人になった鳴海ちゃんは、畳の間で宿題をしていた。
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