イギリスに留学する日本さんのお話。英日&アメ日要素ありです。
ちょっとえっちぃのは後半。
(注意)作品の都合上、アメリカさんがイギリスさんの甥っ子になっています。
パディントン駅のガラス屋根の上には、薄い灰色が広がっている。
ヒースロー空港から50分弱。滑走路の中からはまだ青空の欠片が見えたが、やはりロンドン。
石畳の色を写したような空模様だ。
街頭の下で立ち止まり、メールを確認する。
14時55分、パディントン像前。
手袋を付け直し、スマホごとポケットに突っ込む。
パディントンパディントン、と呟きながら辺りを見回すと、人の波の切れ間に混じって、赤い帽子がちょこんと見えた。
「あった!」
まだ刻限まで時間があるが、染みついた時間前行動が足を急かす。
クマの像に辿り着いた。
思わず頬が緩む。かわいい、と白い息と共に呟く。
周囲の人々の目線を確認してから、思い切ってその顔を撫でてみた。
どうしようもなく目尻が下がる。
ひとしきりかわいさを堪能し、ぼんやりと建物を眺める。
途端に寒さを思い出した。
「寒ぅ…やっぱエジンバラにするべきだったかなぁ…。」
「おや。あんな田舎の味をご存知で?」
ひゃうっ、と変な声が出た。
振り向くと、男性が立っている。
曇天の下でもきらりと輝く勝気なエメラルドの瞳、かっちりとしたスーツを着込んだほっそりとした長身。
絵に描いたような英国紳士に見惚れるが、穏やかな声色に合わせるように細められたその目は、一切笑っていない。
「あの…えーっと…。」
「私はイギリスです。貴方、日本さんでしょう?イングランドへようこそ。」
どうやらホームステイ先の家主らしい。時間きっかりのご登場だ。
かわいい子グマは堪能できたようですね、と小さく笑われる。
「…見てらっしゃったんですか…。」
イギリスさんはえぇ、というと、また小さく笑った。
「すみません……」
「ふふふ。行きましょう。あちらに車を止めてあるんです。」
頷き歩き出すと、サッとキャリーケースを持ってくれた。
いくつか横断歩道を渡り、小さな駐車場にたどり着く。荷物を詰め込んだ後、なんとなく助手席に座るのは気が引けて後部座席の戸に手をかけると、イギリスさんに手を握られた。
「助手席へどうぞ。今日から家族でしょう、私たち。」
そんなこと、綺麗な顔で言わないでほしい。
さっきから赤くなったり青くなったり、顔色が定まらない。
***
道を南下し始めた時から覚悟はしていたが、ロンドン市内とは思えない広さの豪奢な建物に戸惑う。
しかもまさかの庭付きときた。こんなロケーション、アニメ以外にあるのか。
イギリスさんは郊外に近いですからとか何とか言っていたが、多分僕が主なら借金大王まっしぐらだ。
ぽかんとしたまま部屋に通される。
「それで…この部屋を使ってください。荷物はこれで全部ですね?」
「はい。」
「では私はキッチンにいますね。もう午後なので。少ししたらお茶にしましょう。」
「本当ですか!?ありがとうございます。」
本場のヌン活の兆しに目が輝く。気合を入れて荷解きに取り掛かろうとした時、突如爆音が鳴り響いた。
「Hey guy!!俺がきたぜー!!」
「静かになさい。そのくらいの脳はあるでしょう。」
豪快に開いた扉の先に、青年が立っていた。
くっきりとした彫りの深い顔立ち。強気に上がった眉の下の、マリンブルーの両目が僕を捉えた。
「おっ!噂の日本人?」
ツカツカと歩み寄ってきた青年に手を握られる。
「俺アメリカな、日本のマンガ大好きだぜ」
「それは嬉しいです。日本です。本日よりお世話になります。」
小さく会釈をし、首を捻る。事前にやりとりした際には独り身だと聞いていたが。
「…あれ?お子さんですか?」
「おいおい冗談よせよ。」
「は?私こそ願い下げです。」
二人がとても嫌そうに顔を顰める。イギリスさんは心底邪魔そうに手を払った。
「甥っ子のアメリカです。この子も留学生なんですが、金欠になると転がり込んでくるんですよ。」
「今日は違ぇよ!お前がダークマターでJapan殺さねぇように見張りにきてやったんだよ!」
「体良く外食行こうとしてるじゃないですか。」
「良い加減自分の料理の不味さ認めろ。」
「バカ舌にはわかりませんよ。」
大体貴方は、と説教モードに入り始めたイギリスさんを見て、アメリカさんが僕の背に隠れた。
「にほーん、ブリカスがいじめるー」
バックハグの体勢で肩に顔を置かれる。距離が近い。
「ははは…私は食べてみたいですよ、イギリスさんのお料理……。」
「ほら見なさい。」
「日本。あいつ、鰻のゼリー寄せとかで喜ぶようなバカだぜ。」
アメリカさんに囁かれた。吐息が耳に当たってくすぐったい。
「イギリスさん。外に食べに行きましょう。…運転でお疲れでしょうし。」
「ほら見ろ。」
イギリスさんは不満そうに腕を組んだ。
***
「日本。」
満腹感で幸福に浸りつつレジに並んでいると、アメリカさんにいきなり手首を掴まれた。
そのまま外へ連れ出される。
「イギリスに聞いたぜ。お前、あの大学通うんだって?」
「あぁ、はい。言語学科に…。」
ぎゅっ、と両手を包み込まれた。
慣れない距離感に思わずマフラーに顔を埋める。
「俺も!…留学生同士、頑張ろうな。」
にぱっ、と太陽のような明るさでアメリカさんは笑った。
「…後、あいつに耐えきれなくなったら、いつでも俺こいよ、俺のとこ。」
手にくしゃりとした感覚。文脈からして住所か連絡先だろう。
「ふふ、ありがとうございます。お泊まりとかできたらいいですね。」
「泊まりっ……!?」
なぜかアメリカさんが下を向いた。
「…あの?」
突如手を強く引かれ、抱きしめられた。青い瞳がぐっ、と近づいてくる。
「…おやすみ。また大学でな。」
数秒のフリーズの後、耳が穏やかな声を拾う。
アメリカさんはふっ、と満足そうに微笑むと、夜道の奥へと去って行った。
ぽん、と肩に置かれた手の感触で我にかえる。
「イ、イギリスさん…。」
「全く。『挨拶』とはいえ…。ハグもキスもアメリカンですね、あの子は。」
どうやらしっかり見られていたらしい。
アメリカさんに軽く乱されたマフラーを巻き直す。
「そっか、挨拶……。」
「えぇ。『挨拶』。あれは『挨拶』ですよ。」
イギリスさんが僕を安心させるようにだろうか。笑みを深めて言う。
「あー…びっくりした……。…慣れてかないと、ですね!」
「…ふむ…そうですね…。」
イギリスさんがぱんっ、と手を叩いた。
「私と挨拶するときは、キスするようにしましょうか。」
「えっ…?」
「学習を支援するのがホストファミリーの務めですから。」
街頭の下で、両目の緑がきらりと光る。
「遠慮しすぎるのは失礼に当たりますよ、この国では。」
常識に反するのは一日本人としてかなりの勇気がいる。
「…お、お願いします…。」
大人しく、彼の好意に甘えることにした。
***
「では、やり方を教えますね。」
防寒具を取った途端、イギリスさんはいきいきとした顔で言った。
身長差があるからとソファに座らされる。
「…うぅ……。」
「恥ずかしいですか?」
赤みの差す頬を揶揄うように撫でられる。
「目を瞑って。…私が全部、教えてあげますから。」
言われた通り目を瞑った。
ふに、と柔らかい感触が肌に伝わる。
イギリスさんの手が離れたのを合図に、片目を開ける。
「こうやってただ唇を押し当てるだけの人もいますが、…あぁ、アメリカはそうでしたね。」
「ただ、多くのイギリス人は音を立ててするのが好きなんですよ。」
ずいっ、と端正な顔が接近してきた。
意味もなく鼓動が早まる。同性の僕ですらこうなのだ。この人はさぞかしモテるんだろうなぁ、なんて、ぼんやり思った。
ちゅっ、と今度は反対側の頬にキスをされた。
その思っていたよりも大きな音に、急速に顔が熱を持つ。
「…今日はこのくらいにしておきましょうか。」
「…はっ、はいっ……。」
「それでは。また明日。」
布団に潜る。当然のことながら、イギリスと同じ匂いがした。
「うぁ〜〜〜〜〜っっ」
英国紳士って、ずるい。
異国での1日目の夜は、中々寝付けそうにない。
****
先程まで彼のいたソファに背をもたげ、イギリスは虚空を睨んだ。
アメリカのあの、挑発的な表情!
思わず紳士らしからぬ舌打ちをする。
彼を見つけたのは自分なのだ。誰があんな若造に渡すものか。
「…まぁ、いいでしょう。じっくり侵略するのは得意ですから。」
イギリスはすっかり『上書き』された彼の表情を思い出し、くつくつと喉を鳴らした。
(続く)
コメント
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やばいやばいマジでヤバイ 神作者様見つけちゃったぁぁぁあ フォロー失礼致します めっちゃ応援してます頑張ってください早く続きください