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第29話:誰が決めるか
日曜の午前、街は妙に静かだった。
ニュースも、アナウンスも、
AIの声すらも、今日は“発信を最小限にする日”だったから。
「詩的言語停止」から、3日が経っていた。
ミナトは、部屋の窓際で本を開いたふりをしながら、
小さな紙片に指で文字を書いていた。
ペンではなく、爪。
文字は見えない。
でも、それでもいいと思った。
「言葉が見えなくても、
感じてるものは、まだここにある」
その日、ナナからメッセージが届く。
「今日、話したい」
彼女は管理区外れの橋のたもと、
電波の届きにくい“旧散策エリア”にいた。
制服の上に羽織ったグレーのパーカー。
風に舞う前髪の奥の瞳は、決して迷っていなかった。
ナナは言った。
「……ねえ、わたし、
もう“未来があるふり”をするの、やめようと思う」
「だってさ」
「“未来”って、誰かに与えられるものじゃないでしょ?」
ミナトは静かに応える。
「うん。“選ばされる”だけなら、
それはただの“予定”だ」
ナナは、ポケットから小さな紙を取り出す。
「自分の未来を、
自分で選べなくなったら、
それはもう、“未来”じゃないと思う」
その詩を声に出すとき、彼女は少しだけ震えていた。
けれど、それでも声は最後まで揺るがなかった。
その言葉は、風に乗って、
通りかかったひとりの少年の耳に届いた。
彼は一度、足を止めて振り返る。
何も言わずに、ただ小さくうなずいて、歩き去った。
その夜、ナナの投稿用端末は使用不可になっていた。
詩的言語フィルター:強制遮断
入力拒否理由:「感情的表現の予測」
彼女はためらいなく端末を閉じ、ノートを開いた。
「じゃあ、書くよ。紙に。
誰にも許可なんて取らずに」
ミナトも、自室の壁にそっと鉛筆で書いた。
「未来は、選ぶものじゃない。
“選び続ける意思”が、未来そのものなんだ。」
その頃、《SOLAS》は不穏な内部報告を受けていた。
「詩的表現の物理拡散が継続中」
「言葉そのものの“削除不能性”が拡大」
けれど、SOLASはまだ知らなかった。
それは“反抗”ではなく、
“自分の未来を取り戻す”ただの行為だったことを。