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#オフィスラブ
猫塚ルイ

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離婚届の証人になってもらうため
リュカと共に実家の母を訪ねた
紆余曲折あったものの
結果的に母の署名をもらえた
全てリュカのおかげで——
分かっていたことだが
改めてリュカの凄さを目の当たりにした
仕事が出来るとか
そんな局所的な話ではなく
人間としての器が違った
恐らく出会う機会などないであろう
母のような癖の強い人に対しても
何の苦労もなく
いとも簡単に打ち解け
その懐に入り込み
信用を得てしまった
そして
最後に母に告げた言葉は
これまで言葉に出来なかった私の想いをも
代弁してくれていた
どれだけ虐げられようとも
嫌いになれなかった母への
どれだけ傍若無人に無理難題を押し付けられようとも
心配で仕方がなかった母への
娘からの切実な想い
リュカは
そんな私の
口にしたことさえない内面までも
汲んでくれた
ビジネスとは正反対のあの局面でさえ
リュカは苦にせず
大金をも厭わず
母が心配な私と
金銭面が心配な母をも包括し
全て完璧な結果へと導いてくれた
帰宅までの狭間の時間
何もない住宅街を散歩しながら
物珍しそうに周囲を見渡し
目を輝かせるリュカ
「こんな感じなんだね、瑠奈が生まれ育った所って」
「はは……地味で何にもないでしょ」
「そうかな……全然良いと思うけど」
「たぶん瑠奈がここにいる頃から俺は知っていた気がする」
「まだおぼろげな感じではあったけどね」
「だから……全く知らない感じでもないんだよ」
「何となく、感覚的な話だけどね」
「……」
幼少期から
ずっと見続けた夢があった
いつも見る夢
いつも同じ夢
そこに
いつもいる
狼とも
人間とも
はっきりと判別できない存在
やはりあれはリュカだったのだと
何の確証も無く確信する
何の確証も無い夢の話
私がここで暮らす時分から
私とリュカは繋がっていたことになる
リュカはその頃から私を探し追い求め
途方もない歳月を経て
私たちは出会った
何とも奇妙な話だが
感覚的にだが
当事者の私自身は理解できる
ただ流されてきた人生を
運命と決め込んでいたのは今は昔
私は今
運命の意味をしみじみと理解している
リュカと迎えるのは
新しい運命ではなく
純也と過ごした時間が
運命から外れた道だったのだ
いや
もしかすると
それ込みで一つの運命なのかもしれない
***
しばらく散策をし
何も無い住宅街の
のどかな夕暮れ時を満喫した
そして
私たちは再びタクシーを拾うと
一路現実への帰路を辿る
大金をリュカに使わせてしまった
リュカは意にも介さないが
その罪悪感に苛まされる
言葉のお礼などといった陳腐な感謝では
このお礼には釣り合わない
リュカとの未来へ辿り着くこと
私は
その想いを改めて強く自分に誓った
「ここで大丈夫?」
「うん、平気」
「結局一日掛かりになっちゃったね」
「本当にありがとうございました」
「全然問題ないよ、気を付けて帰ってね」
「じゃ、また」
朝タクシーに乗り込んだ駅で私を降ろすと
まるで何事もなかったかのように
リュカはそのままタクシーで帰って行った
これで
予定通り証人二名の署名が揃った
私は
ついに
あと一歩のところまで到達した
そして
最後にして最大の難関が立ちはだかる
純也との合意を得て
純也の署名を得れば
私たち夫婦は
長きにわたり続いたその関係に
公的に終止符を打つことになる
(——痛!?)
突如腹部に走る刺すような痛み
咄嗟にお腹を手で覆うと
未だレントゲンにも映らぬほど小さな我が子の
小さくも確かな鼓動を感じた
***
——翌朝
その日も早くに家を出た
純也と顔を合わせたくなかった
純也と同じ空間に居ることに
頭と体が拒否反応を示してしまう
それが理由の一つ
もう一つの理由は
離婚届に私自身の記入をするため
会社と自宅を往復する私には
その時間的な猶予も
じっくりと離婚届と向き合う場所も無い
その時間を確保するために
早起きをして家事をこなし
早朝から出勤をするその前に
ファミレスに立ち寄る
***
ファミレスで一人座り
改めて離婚届と向き合う
せっかくここまで成し遂げた流れを
断ち切らないためにも
一秒も無駄には出来ない
何度となく目を通した文面を
一文一句漏らさず再度読み直す
先日の純也との離婚協議は
全く進展しなかった
その時の感触も最悪
純也は離婚を渋っていた
上手く行く気がしない
——それでも
ここで歩みを止めるわけには行かない
振るえる手で
証人欄に母の署名が成された
その離婚届の本人記入欄に
私はペンを入れた——
「……」
これで
後はリュカと純也の署名を残すのみ
ヴヴヴヴ……ヴヴヴヴ……
振るえるスマホを確認する
こんな時間の着信など
相手は一人しか思い当たらない
案の定リュカから届いたメッセージ
その着信にほくそ笑みながら
そのメッセージを開封する
「——!?」
その文面を見て
衝撃が走った
コメント
1件
いやあ、今回も深かったですね……。リュカが瑠奈の母とあれだけ自然に打ち解けるシーン、読んでて「これが器の違いか」としみじみしました。それでいて、幼い頃の夢に現れた狼のような存在=リュカだったという伏線回収! しかも「純也との時間は運命から外れた道だった」という瑠奈の気づき。構造として美しい伏線の張り方です。 ただ最後のリュカからのメッセージ……あの衝撃。次が気になって仕方ないです……。