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『愛なんて、』 第9話
家から出てきた仁人は家の鍵を掛けていた。
今からどこかへ出掛けるのだろうか。
トントンと階段を降りる音が聞こえる。
曲がり角から少し顔を出し、隠れながら見ていた。久しぶりに見かけた仁人は髪が少し伸びていた。まるい頬はちょっとだけシュッとなっていて痩せた気がする。
仁人、元気そうかな。
それならそれでいいんだ。
一目で見れただけでーーー……
「……ッあ、」
パチンっと階段を降りきった仁人と目が合った。合ってしまった。
その瞬間、仁人は大きく目を見開いて血の気を引いたような、信じられないともいうような顔をしていた。
すぐさま家に戻ろうとするので思わず声を掛けてしまった。
「…ッ仁人!」
体が勝手に動いていた。
駆け足で階段を昇って、鍵を開けて家に入ろうとする仁人の腕を制止するかのように掴んでしまった。
「…あ、あの…」
咄嗟に掴んでしまったが、振り解かされたりはされなかった。こちらを見ようとせず俯いている。前髪も前より伸びており、表情がうまく伺えない。掴んでいた手をそっと離した。
「ごめん、急に掴んだりして…」
「……大丈夫」
少しかさついた小さな声だった。
久しぶりのその声にじわっと涙が出そうになる。
「 今日、仕事でこっちの方来てて…アパートまだあるかなってちょっと見にきたんだ。でもまさか仁人がいるなんて思ってなくて…その、…びっくりした…」
「……」
仁人は無言だった。変わらずこちらの方へ見ようともしないので、顔を覗き込んだ。
覗き込んだ先には、下唇を噛んで今にも涙を溢しそうなほど水分が溜まった目をしてる仁人がいた。
「じ、ん……」
「帰って…」
「……待って、話し合おう、」
「もう、俺たち別れたんだから話すことなんてない!帰って!」
拒絶するかのように胸元を強く押されて、よろめく。その間に仁人は家に入ってしまい、鍵を掛けられてしまった。ダンッとドアを叩いて名前を呼ぶ。
「仁人!…開けてほしい、少しでいいから…」
何度呼んでも返事はなかった。
でもドア越しにすすり泣く声が聞こえてきて胸が痛んだ。この1枚隔たりがあるドアが憎くすら思える。今すぐ抱きしめてあげたいのに。
「仁人お願い…ひとりで泣かないで欲しい…」
どんなに訴えてもそのドアが開くことはなかった。今日は諦めて、土日は休みのためまた明日来ることにしてその日は帰ることにした。
※
翌日、また電車を乗り継いで俺は仁人が住んでいるアパートへ向かった。着いたのは昼頃で恐る恐る仁人の部屋のインターホンを押した。わかっていたが返答はなく、懲りずにもう一度押す。
「もしかして…仕事かな…」
以前カフェで働いていた仁人は割と土日出勤が多かった。まだ同じような店で働いてるとしたら仕事の可能性が高い。ドアの向こうに人の気配が感じられないから、きっとそうだと思う。
「…待つか」
居ないから帰るという選択肢はなかった。
陽が沈んで数時間、暗くなってきてさすがに肌寒くなってきた。しゃがみ込んで寒さに耐えるように自分の体を抱きしめる。ずびっと鼻を啜る。頭がボーッとしてきた。風邪の引き始めみたいな関節痛と悪寒もする。おでこを触ってみたら熱かった。
「はぁ、最悪だ…」
こんなタイミングで熱が出るなんて。
俺の馬鹿……普段体調崩すなんてないのに。
うと…っと瞼が重く眠くなってきた。このまま寝ちゃうと仁人困らせちゃうよなぁ……
「………勇斗?」
閉じていた瞼を開ける。声のする方へ向けば、帰ってきた仁人が立っていた。相変わらず不安そうな顔をしていて、こっちに近づこうとせず立ち尽くしている。
「……じんと」
「…なんで…いるの」
「仁人に会いたくて」
「…俺は会いたくなかった」
「…ごめん」
「謝るくらいなら来ないでよ」
帰って…っと小さな声で呟く。
昨日から続く拒絶の言葉は聞いていて胸が痛くて苦しい。でも嫌がっているから今日はこのまま帰るとしよう。少しでも会えたから良かった。ふらつく足取りで立ち上がった。
「ごめんな、仁人…でも俺、また来るから」
立ち尽くす仁人の横を通り過ぎようとした。
すると突然、手首を掴まれる。
「勇斗、もしかして…熱ある?」
心配そうにこっちを見つめてくる。
ちゃんと目を合わせて話しかけてくれてる。
「いや、全然ないよ」
「……顔も赤いし、こんなに熱いのに嘘つかないでよ」
頬に仁人の手のひらが触れた。
優しい手つきで、手はちょっと冷たいがその柔らかな手に涙が出そうになった。
「……うち、入って」
「…え」
「こんなに熱がある人、ひとりで帰らせるわけにはいかないでしょ、早く入って」
「…うん」
手を引かれて、言われるがままに仁人の後ろについて行って中へ入ることになった。
玄関の中まで入る。
今住んでるところよりも、玄関は狭かった。
俺が持ってる靴が多すぎて「勇斗の靴多すぎ!足の踏み場がなくなる!」って怒られた記憶を思い出して小さく笑った。
だんだんリビングの方へ行けばそこに広がっている景色に足がとまる。
テーブルの位置も、カーテンの色も、花を生けている花瓶の位置も、俺たちが住んでいたあの頃の配置によく似ているのだ。
だって、全部覚えている。
体が、脳が、細胞が、ぜんぶ。
ふたりでなにもかもが楽しかったあの頃を。
「……勇斗?」
「………仁人ッ」
腕を掴んで強く引き寄せた。
腕の中におさまる仁人を抱きしめる。
ずっとずっとこうしたかった。
ぎゅっと離さないようにしていると、背中に仁人が迷っているかのように手をまわしてきて、そっと俺の背中に添えた。
「…はやと……」
震える声で名前を呼ばれて顔を伺う。
大きな目からはらはらと涙が静かにこぼれ落ちていて目元は赤くなっていた。
「勇斗……本当は……ずっと会いたかった」
続
あと数話で終わる予定です汗
コメント
7件
このまま二人とも幸せになってくれ✨
本当に本当に最高の作品です…!更新されるたびに嬉しくて飛び跳ねてしまいます…!!あと数話で終わってしまうのは寂しいですが、最後まで見届けられるのが楽しみです

もう、毎回号泣です😭 あと数話で終わっちゃうなんて寂しい… これからのふたりをずっと読みたいくらいこの作品に沼ってます。
#👶🏻➰💘
♡♡
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はるか
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