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みら

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食事の片付けが終わると、部屋は急に静かになった。
さっきまで九人の声でいっぱいだったのに、今は遠くの水の音だけが聞こえる。
阿部がお茶を飲んでいると、渡辺が宮舘を見る。
「涼太」
「うん?」
「言わないの?」
宮舘が少し目を伏せた。
阿部は二人を見る。
「何?」
「さっき、あべちゃんがおかわりした時」
「うん」
「涼太、ちょっと変だった」
「翔太」
宮舘が静かに呼ぶ。
阿部は宮舘を見た。
「館さん?」
少しの沈黙のあと、阿部は気づく。
「もしかして、俺のこと?」
宮舘が小さく息を吐いた。
「そうだね」
「聞いてもいい?」
「……うん」
宮舘は湯呑みを見つめる。
「現実で、阿部が食べられなくなった時」
阿部の指が止まる。
「何を作っても、ほとんど食べられなかった」
思い出した。
あの頃は食べなきゃと思っても、喉を通らなかった。
腹も減らない。
食べること自体が、ひどく面倒だった。
「お粥とか、スープとか。食べやすそうなものを色々考えたんだけど」
宮舘の声が少し揺れる。
「何出しても二口、三口で」
『もういい』
何度もそう言った記憶が戻る。
「ごめん」
「謝らないで。阿部が悪いわけじゃない」
宮舘は困ったように笑った。
「ただ、料理ってもう少し人を元気にできるものだと思ってた」
少しでも食べられれば。
好きなものなら。
何か変わるかもしれないと思っていた。
「でも、何もできなかったんだよね」
阿部がどんどん痩せていくのに、何を作るか考えることしかできなかった。
「だから、この夢で」
宮舘が阿部を見る。
「最初にカフェでオムライスを食べた時」
「ちょっと泣きそうだった」
「そんなに?」
「すごく」
その後も賄いを食べて。
美味しいと言って。
今日も普通におかわりした。
「それだけで安心する。ちゃんと食べられるようになったんだって」
阿部の目に涙が溜まる。
「館さん」
「うん」
「館さんの料理が悪かったんじゃないよ。あの時の俺は、何食べても無理だったと思う」
宮舘は黙って聞いている。
「食べられなかったけど、持ってきてくれたのは嬉しかったよ」
「ほんと?」
「うん。言える余裕なかったけど、覚えてる」
宮舘の目が少し赤くなる。
渡辺がそっと腕に触れると、宮舘もその手に自分の手を重ねた。
少しして、阿部が言う。
「館さん」
「何?」
「帰ったら、最初に何作ってくれる?」
三人が阿部を見る。
「すぐ普通のご飯食べられるか分かんないけど」
「食べられるようになったら館さんのご飯食べたい」
宮舘の目から涙が落ちた。
「何食べたい?」
「その時決める」
「今じゃなくて?」
「その時の俺が食べたいもの、今は分かんないじゃん」
宮舘も少し笑った。
「じゃあ、その時聞く」
「うん」
「食べたいもの作るよ」
「約束ね」
「約束」
しばらく四人で静かに座っていた。
やがて阿部が、お腹に手を当てる。
「……ほんと食べたな」
「おかわりしてたもんね」
目黒が笑う。
「デザートも食べた」
渡辺も言う。
「温泉効果かな」
「それだけじゃないんじゃない?」
宮舘が言う。
阿部は少し考えて笑った。
「じゃあ、館さんの料理で練習したから?」
「だいぶ時間差あるね」
「効くの遅かった?」
四人で笑った。
まだ笑い話にはできない。
それでも、最後に少し笑えた。
今はそれで十分だった。
少しして、阿部は渡辺を見る。
「翔太は?」
「何が」
「傷の話」
「俺はいい」
即答だった。
「館さんのこと言わせたの翔太じゃん」
「涼太は言わなそうだったから」
「翔太もでしょ」
渡辺は少し黙ってから、息を吐いた。
「俺、あべちゃんにまだムカついてる」
「……俺に?」
「うん」
「何に?」
「大丈夫って言ったこと」
渡辺は一つずつ言う。
「大丈夫。平気。寝てる。食べてる」
阿部は目を伏せる。
「全部嘘だったじゃん」
「全然大丈夫じゃなかったくせに」
「なんで頼ってくれなかったの」
その声が少し震える。
「俺らって、そんな頼りなかった?」
「違う」
阿部はすぐ顔を上げた。
「迷惑かけたくなかったんだと思う」
「それがムカつくって言ってんの。迷惑じゃないし」
渡辺は続ける。
「一人にしてって言われて、本当は嫌だった」
「でもそこまで言うならって、みんなで我慢した」
「でも、あの日だけは、あべちゃんの言うこと聞かなきゃよかったって」
「……今でも思う」
「それで刺されなかったかなんて分かんないよ」
「分かってる」
「でも、本当にあれでよかったのかなって」
隣で目黒が小さく息を吸う。
「俺も」
「めめ、それやめろ」
渡辺がすぐ遮った。
「あの女が悪いんだろ。なんで二人とも自分のせいにしてんの」
「……やめて」
阿部はしばらく渡辺を見てから言う。
「翔太も同じじゃん」
「何が」
「自分のこと責めてる」
渡辺は黙った。
宮舘が静かに渡辺の手へ触れる。
「でも」
阿部は少し笑う。
「翔太が俺に怒ってくれて」
「ちょっと安心した」
「意味分かんない」
「みんな自分が悪かったって言うから」
「翔太くらい、俺に怒ってくれる人いてもいいのかも」
「じゃあ遠慮なく怒る」
「ほどほどにして」
「無理」
二人とも少し笑った。
「でも、一人になりたいって言ったこと自体は間違いじゃなかったと思ってる」
渡辺の表情が変わる。
「本当に?」
「うん。本当に誰にも会いたくないくらい疲れてた」
阿部は静かに続ける。
「だから、みんなが俺の言葉を聞いてくれたことまで悪いことにしたくない」
渡辺は長く黙った。
「じゃあ」
「次また一人にしてって言ったら?」
阿部は少し考える。
「本当に一人でいい?って一回聞いて」
「それで一人がいいって言ったら?」
「近くにいて。連絡取れるところにいて、何かあったらすぐ来て」
「……それならまあ」
「いい?」
「ギリ」
「厳しいな」
「当たり前」
少しして、渡辺が言う。
「あと、次からあべちゃんの『大丈夫』は一回じゃ信用しない」
「それ困る」
「じゃあ二回聞く」
「回数の問題?」
目黒が横から言う。
「俺も二回聞く」
「めめまで?」
宮舘も笑う。
「じゃあ俺も」
「増えた!」
渡辺が言う。
「大丈夫じゃない時は、大丈夫って言わない」
阿部は少し黙ってから頷いた。
「分かった。約束する」
「ほんとに?」
「本当に」
「じゃあ次は信用する」
「一回で?」
「二回聞いてから」
「まだ二回なんだ」
四人で笑った。
部屋へ戻ると。
「遅い!」
佐久間の声が飛んでくる。
ラウールはアイスを持ち。
康二は夜景を撮り。
深澤はマッサージチェアを占領していた。
さっきまで重い話をしていたのが嘘みたいに、いつもの九人がいる。
「あべちゃん」
ラウールがアイスを差し出す。
「食べる?」
阿部は宮舘を見る。
宮舘が少し笑った。
「食べる」
「さっきあんな食ったのに」
渡辺が言う。
「別腹」
「めっちゃ元気じゃん」
「大丈夫」
言った瞬間。
渡辺。
目黒。
宮舘。
三人が同時に阿部を見る。
「……」
「本当に?」
「本当に大丈夫?」
「二回目」
阿部は数秒止まって。
吹き出した。
「早速やるのやめて!」
部屋に笑い声が広がる。
さっきの話が消えたわけではない。
それでも。
もう一人で抱えるだけの傷ではなかった。
コメント
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おはようございます☀ 一気に読みました。 本当に適当メチャクチャな天使だな… でも今回は良い提案でしたね。温泉♨️ ただ トイレが扉🤭 想いは重いけど ❤️💙2人の話が凄く辛く悲しい😢話でなくて少し良かった 続き待ってます♪
37話、読み終わりました……。正直、泣きました。 阿部が食べられなかった時期の宮舘さんの「何もできなかった」という無力感と、夢の中で「食べられるようになった」ことで泣きそうだった告白が、もう本当に胸に刺さりました。料理って誰かを元気にできると思ってた、っていう宮舘さんの言葉、重すぎる。でもその後の「帰ったら何作ってくれる?」って阿部が聞くシーンでちゃんと涙腺崩壊しました。 それから渡辺が「大丈夫って言ったこと全部嘘だったじゃん」って言うところも、ああこの人たちは本当にお互いを大事にしてるんだなと。最後の「二回目」の連続ツッコミで笑いも起こして、重くなりすぎないバランスも絶妙でした。もう一人で抱えるだけの傷じゃない、って一文が全てを物語ってます。本当にいい話でした。