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「知っての通りたいちゃんって変なところで不器用じゃない? このところ溺愛されてたはずのキュウリちゃんがちょっぴり蔑ろにされてるのでも分かると思うけど……あの子、今は羽理ちゃんに全振りなのよ」
「へ……?」
靴をそろえて脱いで、柚子に支えられながら上がり框に上がったところでいきなり柚子にギュウッと抱き締められて。
「だからってこんなになるまでシちゃダメよねぇ? 可哀想に……羽理ちゃんボロボロじゃない」
そう耳元で囁かれた羽理は、真っ赤になってすぐそばの柚子を恐る恐る見上げた。
「羽理ちゃん、きっと初めてだったんでしょう? うちの弟がごめんなさいね」
ヨシヨシと頭を撫でられながら、羽理は心の中。
『大葉の馬鹿ぁーっ! 柚子お義姉さまは全てお見通しだったではないですかぁぁぁぁ!』
と、声なき悲鳴を上げた。
***
外観はどう見ても日本家屋な屋久蓑家だけれど、中へ入ってみると十七畳ちょっとあるというだだっ広いLDKの足元は、全てフローリングになっていた。
キッチンは今どきのペニンシュラキッチンで、四ツくちコンロ側が壁に面している形。その作業スペースと向き合うようにスツールが三つ置かれているさまは、まるでバーカウンターのようにお洒落だった。
そこから視線をパーンすれば、部屋の真ん中よりややキッチン寄りの場所へ、大理石調の白い天板を冠した大きなダイニングテーブルセットが置かれているのが目に入る。羽理が驚いたのは、そのテーブル上に三〇センチ幅のライトグレーのテーブルランナーが敷かれていたことだ。
(一体どこのお貴族様のお屋敷ですかっ)
羽理の実家の小さなダイニングテーブルには、長年愛用してきた天板の汚れと傷を隠すため、近所のホームセンターで買ってきた花柄のテーブルクロスが掛けてあったが、それとはえらい違いである。
そのお貴族様仕様のテーブル横を通り過ぎて、ソファなどが置かれた前――。ふかふかのペルシャ絨毯の上へ座るように言われた羽理は、痛みに眉根を寄せながらそっと腰を下ろしたのだけれど。
支えにした革張りソファの手触りもさることながら、
「はわぁー」
絨毯の、余りの肌触りのよさに思わず感嘆の声が漏れてしまった。
「ソファに座った方が羽理ちゃんの身体、楽だよね……」
羽理の声に、足腰の痛む彼女に無理をさせてしまったと思ったのだろう。眉根を寄せて「けど……ごめんね?」と前置きした柚子が、「何せ数が多くってそこのローテーブルに乗り切らないの……」と言い訳をする。
それもそのはず。柚子がリビング壁面の作り付け棚から取り出しては次々に羽理の前へ積み上げていくアルバムの数は、すぐに十冊を超えたのだから。
「これが〇歳から一歳までで、こっちがそこから二歳までの。これが三歳くらいまでのでぇー、このあたりが保育園に入園するまでのね。この辺りから少し写真の数が減っちゃうんだけど……この三冊が保育園の赤ちゃんクラスの頃ので、これが年少さんね。こっちが年中さんの頃で、これが年長さん。で、ここからが小学校に入ったあたりかな」
(こんなに積み上げて、やっと小学校入学ですかっ!?)
柚子の説明を受けながら、クラリと眩暈を覚えた羽理である。
自慢じゃないが、一人っ子の羽理のアルバムは、小学校に上がるまでで、たったの三冊で事足りる。四冊目に至っては、小・中学生のころのダイジェスト版。かろうじて五冊目――高校に入ってからのものは、今現在に至るまで……まだアルバムの台紙を埋め切れていない。
さすがにこれだけあるとどこから手を付けたらいいか迷っちゃうな? と思いつつ、羽理はとりあえず三つに分けて積み上げられたアルバムたちの、手前側の一番上に乗っかった一冊を手に取ったのだけれど――。
「わわっ」
中を見ようと開いた途端、数枚の写真がバラバラッと床に落ちて散らばってしまった。どうやら台紙に貼り付けられないまま、表紙を開けてすぐのところに挟み込まれていたらしい。
「あー、ごめんね? 何か伯父さんがやたら焼き増ししてくれるから同じような写真が結構あって……」
それらはとりあえず、こんな風に各年代ごとのアルバムに無造作に挟み込んであるのだと柚子が申し訳なさそうに苦笑した。
「折を見てはお母さんがミニアルバムに整理していってるはずなんだけど」
百均で買ってきたフォトアルバムへ、こんな風にはみ出した写真たちを移すだけの作業が、多忙でなかなか進んでいないらしい。
「羽理ちゃんにはそういうのの中からピックアップして持って帰ってもらえたらいいかなぁーって思ったの」
言いながら、柚子が「よいしょ」と立ち上がって、先ほどの作り付け棚から可愛いリスのイラストが表紙になった、手のひらサイズのアルバム帳を手に戻ってくる。
「せっかくだし、これ使って?」
柚子から、L版サイズが二〇枚収納できる、未使用のリス柄フォトアルバムを受け取りながら、羽理は「もしかして写真、これ一杯に頂いちゃってもいいんですか!?」と思わず瞳を輝かせていた。
だって――。
目の前に折り重なるようにして散らばっている写真たちの上の方。
恐らく三、四歳くらいの頃だろう大葉が、真剣な顔をして料理をしている写真があって……羽理は一目でその写真が気に入ったのだ。
パッと見たただけでこのザマ。絶対二〇枚くらいすぐに選べてしまえるだろう。
「もちろんよ? 気に入るの、ありそう?」
「はい! 逆に厳選しなきゃいけなくなりそうで怖いくらいです! とりあえず私、この二枚は絶対欲しいなって思うんですけど……」
左手を猫の手にして子供用包丁を持ったミニ大葉が、物凄く真剣な顔をしてニンジンを輪切りにしている一枚と、ボールを手に泡だて器で卵か何かを混ぜている写真を指さした羽理に、柚子がぱぁっと口元をほころばせた。
「わぁー、懐かしい! たいちゃんってホント小さい頃からお料理大好きだったのよぉ!」
これらは、大葉が生まれて初めてオムライス作りにチャレンジした時の、記念すべき写真らしい。
切る作業に没頭するあまり、唇がムッと突き出されたところがツボなのだと柚子が言って、羽理は同じく「こっちのは集中し過ぎてお口が開いちゃってるのがたまらないんですけど、柚子お義姉さま!」とボールを手にした写真を指さした。