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「アオセン、自分の片したらどうですか」
「それお前もだよ何枚あるんだよその牛ばっかの皿」
「違いますー、野菜と柚子胡椒もありますー」
「切れ端でしょそれほら早く食べなってこの肉俺が育てるから」
「あ、猫」
「え?」
「スキあり!」
「バカが分かってんだよォ」
「あ゛あ゛ー! 千切れた! 千切れちゃった!」
「ガハハ俺の勝ちなんで負けたのか明日までに考えておいてー」
グツグツと鍋が煮える。吹き出る泡で肉が踊るように回る。素晴らしきかな食べ放題。ビバ・しゃぶしゃぶ。
ロスサントスにも出店したゆず庵で、つぼ浦と青井は競うように肉をかっ食らっていた。というか頼んだ牛肉をつぼ浦が全部自分の皿に乗せようとするのを青井が止めていた。
仕事前、夕食には早い頃である。やっと赤らんできた空に照らされ、鍋はツヤツヤてかてかと食欲をそそるオレンジ色をしていた。
「ほらつぼ浦野菜食えよ」
「くっそ……。人参しかねえや」
「マロニーもあるよ」
「これ水吸いすぎてホースみたいになってるじゃねえっすか。食えねえです」
「入れた責任を取れー」
「これ、頼んだのアオセン」
まじか、とつぼ浦は笑いながらマロニーを齧る。穏やかに言えば春雨で作ったうどん、悪く言えばとんでもなく太い出汁ゼリー。
「う、ぐ、肉欲しいっすアオセン。肉」
「なんでこうなるって分かってて頼んじゃうんだろうねマロニー」
「アオセンの頭がアレなんじゃないっすか」
「アレ?」
「カッコイイ」
「よーしよしよしよし。危うく稀肉が鍋に入るとこだった」
「あっぶね〜」
「野菜食べきったら次の肉頼も。何食べたい?」
「牛しゃぶ」
「お前それしか食わんなほんとに~」
「高いコースっすから。あと中トロ」
「はいはい。あ、ソフトクリームある。黒糖ミックス! うまそ」
「もうデザート? 早くない?」
「中間に挟むのが通なんだよ。多分。てか食べたい」
「野菜やっつけましたよ」
「よーし」
青井がポチポチとタブレットを押す。鬼面のない素顔は、食事で血色がいいことも相まって穏やかな大学生に見えた。童顔である。
一方、相向かいのつぼ浦は額に汗をかきながらマロニーに柚子胡椒を付けて食べていた。味に飽きたのか満腹が近いのか、しかめっ面は殺人鬼のそれに近い。
「にしてもなんで俺なんすか」
「何が?」
「今日誘ったの。サシとか珍しいじゃないっすか」
「あー、ここにって事ね?」
「そうっす」
「んー、偶々いたから?」
「偶々」
「そう。寿司食えるしゃぶしゃぶ屋さんだし、日本人がいいなーと思ってたけど。つぼ浦特別呼んだ理由とかはないよ」
「なるほろ」
つぼ浦は箸を咥えて両手を空ける。配膳ロボットが来たのだ。
青井は座ったまま、つぼ浦がアイスと肉を机に並べるのを見て「あー」と声を上げた。
「そういうとこ」
「あ?」
「普段ハチャメチャなのにさ、案外先輩のこと立てるじゃん。さっきのとか、乾杯の時グラス下げるとか、サラダ取り分けるとか、上座譲るとか」
「しねえっすよそんな」
「するよー。しない時はわざとじゃんお前」
「ぐ」
図星である。つぼ浦は腹をさすって窓の外を見た。
「後輩後輩してるお前は好ましいよ。それが誘った理由、かも?」
「かもかよ」
「かもだよ」
青井の足が小さく蹴飛ばされる。
「いって。ほら外す」
「悔しさの発散なんで外すとかじゃないです」
「じゃ、普段はなんでよ」
「なにがすか」
「間の悪いマヌケのふり。なんで?」
「……」
「もしくは生意気でムカつくやつのふり」
「言わなきゃダメすか」
「言いたくないならいいけど」
「じゃ嫌です」
「じゃって」
「笑われそうなんで」
なにそれ、と青井は笑ったが、つぼ浦は真面目な顔をしていた。
「じゃ笑わないよ」
「ほんとっすか」
「なんか真剣そうだから笑わない」
「アオセン人間の感情とか分かったんすね」
「なんだとお前ー」
「冗談冗談」
二人そろって肩を揺らして笑う。つぼ浦はちょっと首を曲げて、小さな声で「楽しんすよね」と呟いた。
「人と話すの。アオセンもそうなんすけど、帰ってくる言葉がみんな違くて」
「おぉ」
「で、なんかー、こう、上手く言えないんすけど」
「うん」
「いい子の会話ってすぐ終わるじゃないっすか」
「あー。なるほどね」
「さっきだって、アオセンの質問に即答えたらやり取りがその分少なくなるっていうか」
「素直なやり取りって、言葉が少ないもんね」
「それ。しかも、そんな面白くもないんすよ」
「それはヒネクレ」
「ちげっすよ。アイツらと一緒がやなんす」
「誰?」
「心無き」
「あー」
なるほど、と青井は思う。心無きと心有りの問題は根深い。この街では当然のように一段階下の……軽い扱いとなっているが、それは市長の力によるものだ。魔法だか科学だか分からない方法で魂の有無を分けている、とかなんとか。
心無きは単純で、みんな同じような行動をして、意思疎通が取れない。
「何が違うんだろうねぇ、心無きと俺らって」
「魂でしょ」
「信じてるの?」
「21g軽くなるそうですから」
つぼ浦は右手の指を親指含めて三本立て、青井にヒラヒラと振る。信じると言っても宗教とは違うようだ。
「この間も言ってたよね。なに? それ」
「マサチューセッツのおっさんが昔、計ったんすよ。ベッド体重計にして」
「魂を?」
「死人を。3/4オンス。映画にもなってますよ」
「つまんなそ~」
「ロッテン・トマト81点」
「90点以下は切り捨ててんだよね俺」
「シン・ゴジラ二度と見れねえや」
「えっアレ90点いってないの」
つぼ浦が携帯をパッと見せる。映画批評サイトの最高峰は、Google翻訳でちょっと怪しい日本語をしていた。
「トマトメーター86%」
「86点まで許容ー、します」
「信条緩くないっすかぁ?」
「シン・ゴジラは見たいもん」
「もんとか言わないでください31歳」
青井は立ち上がって手を挙げた。鬼面が無いのでキレた顔が良く見える。
「すいませんフォークくださーい。あとナイフー」
「すいませんすいませんすいません」
「よし」
「ふー」
「つぼ浦さぁ、じゃあ謝るタイミングは何なの?」
「え? シン・ゴジラの?」
「違う違う、さっきの。オフザケとそうじゃない時の」
「あー。……んー、責任が取れるか取れないか」
「ほーん?」
「あ、いや、俺一人で責任が取れるか取れないかっすね」
「なるほど? そうだったら俺いらないけどね」
「対応課あざっす」
「苦しゅうない」
「あー、じゃあ、訂正します。俺とアオセンで責任取れるかどうかで」
「いいね」
「いいんすかこれ」
「いいでしょ。実際そうだし」
「いいんだ」
しばらく沈黙が流れた。青井がアイスからちらっと目線を上げれば、つぼ浦が牛肉を持ったまま口を抑えて俯いていた。夕日に照らされたつぼ浦の耳はほのかに赤い。
「なにー、どしたの。お腹いっぱい?」
「アー、うん、お腹いっぱいっす。お腹、お腹」
「なんなの」
「いや……」
口を開いて、閉じて、天井をぐるりと見上げたあと。
「アオセンのそういうとこ嫌いっす」
間が悪いマヌケで生意気なムカつく後輩の、素直じゃない言葉だった。