とてつもない吐き気が体を襲っている。そう、つわりとかいうやつだ。
「背中さするので早く吐ききってくださいね」
食べ過ぎて吐いたことがある人にはわかりやすいだろうか。それだとむしろわかりにくいだろうか。
それとも車酔いで例えるべきだろうか。とにかく、吐き気が収まらない。吐ききれとか言われても、胃酸すら私の腹からは邪魔だとも言わんばかりに吐き気がする。
おええ、ぐべえ、と吐けるだけの嗚咽は吐き切った。夜のアレで傷つくことのない別の筋肉がボロボロにぐちゃぐちゃにされている感覚がする。ぴちゃ、ぴちゃ、と吐いている吐瀉物が滴り落ちる音がする。気持ちが悪い。
湧き出る胃酸を吐き切ったものの、それでも気持ちが悪い。口からは吐いた後特有の匂いがしてやっぱり気持ち悪い。
「はい、水です。出した分水分大事ですからね。水飲んだらまた吐き気すると思いますけどしょうがないので吐いてください」
「…それで、その後のどがカラカラになったら?」
「水を飲んでください。で、吐いてください」
エンドレスループ。地獄というものは味わい切ったつもりだったが、こういうタイプの地獄は味わったことがなかった。
なんの味もしないはずの水すらなんか変な味がする、汚水味。口の中にためた唾液を飲み込むような変な感覚がする。
自ら望んで地獄巡りしてるわけでもないのに、なんでこんなことしなきゃならないんだ。
――
先に断っておくが、まったく楽になったわけではない。辛い。
だがしかし、吐き気が軽くなったことは事実なのでサペンタともう一度将来の展望を話すことにする。
「サペンタ、ねぇ、子供の話なのだけれど」
「聞き飽きたので体力の回復に努めてください。しゃべる暇あるなら寝てください、さっさと」
「いや、でも将来の展望」
「将来の展望を無事に将来として迎えられるように母体に体力を貯めておいてください」
「…はぁい」
ふと思ったのだがやはりサペンタは父親枠ではないかもしれない。母親としてならどうだろうか。
説教臭いところとか、実に母親らしくていいと思う。サペンタに伝えてみると反応は「私は産婆役兼介護士なので。もうこれ以上いらないです」と帰ってきた。どうして家族になることをそこまで嫌うのか。聞いてみると、
「……言いたくないです。そこまで重い理由じゃないので、気にしないでください」
嘘だろうなぁ。根拠はベッド事件。寝る場所がないので寒い中にちょっとした丘の上で寝るという愚行を「大丈夫」と言い張るサペンタなら、すごい重たい理由があるはずだ。しかも、絶対私に共有しておくべきの。知らずに地雷を踏んで泣かれても困る。どうしても聞いておくべきだと思ったので、問い詰めていると、
「……お姉ちゃんって、呼ばれるのが母の妊娠時からずっと楽しみだったんです」
本当にそこまで重い理由じゃなかった。いや、母が死んだことを含めるとすごい重い話なのだが、
「お姉ちゃん」と呼ばれたいだけとは。うーん、かわいい。私が呼んであげるべきだろうか。呼ぶべきだろう。
「サペンタおねえちゃーん」
「私のほうが年下なんですけど…」
茶目っ気を見せているのにも関わらず、どうやらサペンタは私を妹認定してくれないようだ。
そもそも年下というだけで妹か、妹じゃないかを判定することができるのだろうか。
年上の妹だって、年下の姉だって居ていいはずだ。これは知能指数と人生経験の話だ。
そりゃあ、年上のほうがそれらは高いだろうけれど、サペンタの場合は話が違うだろう。割と波乱万丈な人生を送ってるし、
ぶっちゃけ私より人生経験が豊富なはずだ。と思ったけれど「その年齢で乱暴に犯される経験が無いのでそっちのほうが人生経験豊富ですね」と返されてしまった。「いや、でも母親が死んだりはしてないわよ」と言い返しても「親と二度と会えないような環境なんですから死んだも同然でしょう」と言いくるめられそうになる。なんとかいわなきゃ、と思うけれどなかなか思いつかない。
「もうすぐ、いや割と遠くなんですけど、お母さんになるんですから。
年下をお姉ちゃんと呼ぶようなアホみたいなことしないでください。アホが遺伝するかもしれません」
「サペンタに教育は任せるつもりだから。あなた、頭いいでしょう?
教えるのも多分上手よね。事実とは違うけれど、私がアホという仮定の上であっても頭が良くなるはずよ」
「いや、でも肉親がいるんだからそっちの背中を追って生きていくでしょう。
口論がめんどくさいので言いますけれど、あなたがちゃんとしてくれないと私がめんどくさいって言いたいんです」
たびたび思うのだが、これは友人としての態度なのだろうか。それとも、メイドとしての態度なのだろうか。
友人としての態度なら歓迎すべきだと思うのだが、メイドとしての態度ならばそろそろ怒るべきだと思う。
「こらっ!!!!」
「突然話題変えるのもやめてくださいって、だいぶ前に言ったと思いますよ。
というか、何に『こらっ!!!!』なんですか。なんで怒ってるのかいわれないと何もできないですよ」
うーん、やっぱり直すべきなんだろうか、この考えなしな性格は。
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