テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
静遠の部屋を出て、彼の言動の違和感を反芻しながら己の部屋に戻ってきた煌を待っていたのは――凄まじい地鳴りのような威圧感だった。
「……童殿? 何処へ行かれていたのですか?」
部屋の真ん中に立っていた燕花は笑顔で、いつものような穏やかな口調ではあるものの、目が全然笑っていなかった。あまりの気配の禍々しさに、煌は本能的に危機を察知して思わず一歩後ずさる。
若く美しい彼女のいつもはちらりと見えるだけの白銀の角が、怒りのあまりいつもより鋭く伸びて見えるような幻覚すら覚えるほどだ。
「あ、いや、これはだな、燕花……」
「はい」
「……っ」
言い訳があるならしてみろと言わんばかりの、冷徹な無言の圧力。
生唾を飲み込む音さえ部屋に響きそうな静寂の中、煌の背中にじっとりと冷や汗が伝っていく。朱雀にからかわれて怒るのとはワケが違う。百戦錬磨の守護者たる眷属の「ガチの怒り」を前に、煌は完全に言葉を失った。
「まぁ、大体の察しは付きます……。静遠殿の部屋への正面突破は悪手だと釘を刺したはずですが」
燕花の声音から一切の温度が消える。
「あの御方は、この国の法を司る神官長ですよ!? 自分が疑われていると分かれば、すぐさま警戒して証拠をすべて闇に葬るに決まっています。あなたのその短絡的な行動のせいで、今後の捜査がどれだけ困難になるか……お分かりですか?」
静かに突き刺さる言葉の刃に、煌はハッと冷や水を浴びせられたように気づかされた。
ただ化けの皮を剥いでやろうと息巻いていたが、結果として敵に「こちらの不信感」を明かし、警戒させてしまったかもしれない。
自分の浅はかさが、燕花の足綱を引っ張ってしまった。じわじわと、取り返しのつかない罪悪感が胸を支配していく。
けれど、煌はただ縮こまったまま引き下がる男ではなかった。
「……悪い。そこまでは頭が回らなかった。けどな、燕花! 収穫はあったんだ!」
「収穫、ですか?」
冷ややかなジト目で射抜いてくる燕花に、煌は身を乗り出して必死に訴えた。
「あいつ、ボロを出したんだよ。俺、北の商人のことも、密売のことも、まだ一言も言ってねぇ。なのに静遠の奴、『私が玄武の商人と裏で密売取引でもしていると邪推したのか』って、自分で勝手に言いやがったんだ! 知らなきゃそんな言葉、出るわけねぇだろ!」
これで燕花も納得してくれるはず――そう思ったが、燕花は小さく溜息をつき、冷徹に首を横に振った。
「……それは、単なる後付けの言い訳として片付けられます。問い詰められた静遠殿が『今世間で騒がれている問題といえば玄武の商人(氷嵐)の件だから、異界の巫女もそれを疑っているのだろうと推測しただけだ』と言い逃れすれば、それまでです。確たる証拠にはなり得ません」
「ぐっ……、そんなの屁理屈だろ……っ」
「その屁理屈が通ってしまうのが宮廷なのです。しかも、その玄武の商人を率いる『氷嵐』という男、かなりの手練れらしく、監察局の目を盗んで動いているため、こちらでも未だにしっぽが掴めずにいるのですよ。完全に手詰まりです」
燕花は眉間を押さえ、深いため息をついた。
部屋を包む重苦しい沈黙。自分のせいで状況を悪化させてしまったもどかしさと悔しさで、煌は拳を血がにじむほど強く握りしめる。
(クソ……。泳がせても証拠を隠される。泳がせなくてもしっぽが掴めねぇ。一体どうしたら……)
自分の浅はかさを呪いながら、必死に打開策を求めて脳細胞をフル回転させる。その時、煌の頭の中に、ふと場違いな記憶がよぎった。
(……待てよ。そう言えば、元の世界で流行ってた刑事ドラマで、似たような展開があったような……?)
向こうにいた頃、テレビで何気なく見ていた大人気ドラマのワンシーン。確か、狡猾な犯人を前に捜査が行き詰まった警察が、ある『禁じ手』を使って一発逆転を狙う話だった。
あの時はポテトチップスを食いながらぼんやり眺めていただけだったが、今の状況にそのまま使えるんじゃないだろうか。
87
コメント
1件
わわっ、めっちゃ重い空気からの急展開!燕花の笑顔が逆に怖すぎてドキドキしたけど、煌が刑事ドラマの記憶呼び起こす伏線っぽい終わり方で続きがめっちゃ気になる〜😭✨静遠のボロ出しは確かに怪しいけど、確たる証拠にならないってところがまたもどかしい…!次回の煌の逆転劇、マジで楽しみにしてます🔥