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「黒宮さん……興奮しすぎです。あれじゃ誤解されやすい云々の前に皆んな怖がっちゃいますよ。あの気丈な華ちゃんでさえ半泣き状態でしたから」
「すまない……ああいうことになると前が見えなくなるというか、自制心を失ってしまうというか」
まあ、同類としてああなる気持ちは分かる。分かるけど、でもこの人の場合はギャップが大きすぎるんだよなあ。
「で、これからどこに行くんです? 本のことだけのために私のクラスに来たのかと思いきや」
「早く読みたいからと言って、そのためにわざわざお前の所まで行くはずがないだろう。駐輪場だ」
「駐輪場ですか? どうして?」
「行けば分かる。とりあえず行くぞ。昼休みにも限りがあるからな」
「ちゃんと授業出てるんですね。黒宮さんのことだから、『俺が作った問題じゃねえ』とか言ってすっぽかしそうなのに」
「……たぶん、お前が一番俺のことを誤解しているような気がするんだが」
* * *
「ぼ、ボロいですね……」
黒宮さんに駐輪場まで連れて行かれたわけであるが、着くや否や、彼は自転車をいじり始めた。
だけどこの自転車、とにかくボロい。あちらこちらのペイントはハゲているし、金属の部分も若干錆びていた。
それでついつい『ボロい』と口に出してしまい『やってしまった』と思ったのだが、しかし、その言葉に黒宮さんも同調してきたのだ。
「本当にボロいよな。一応、毎日メンテナンスはしてるんだが、さすがにそろそろ限界かもしれねえな」
失礼なことを言ったことで嫌味のひとつでも言われても仕方がないと思っていたけど、割と普通だな。さっきのアレのことでもまだ気にしているのだろうか。
(あれ? なんか、黒宮さんが……)
自転車のチェーンの部分のチェックの最中である黒宮さんの目は、とても輝いていた。まるで宝石を散りばめたように。
素敵な表情だと、素直に思った。さっきまでとはまるで別人だ。
「錆びもちょくちょく落としてるんだが、ガキ共が乗って遊んで、外にそのままにしてる時があるみたいでな。雨が降ったら降ったでお構いなしにそのまま置きっぱなし。いくら錆を落としても追いつかねえ」
「ガキ共ですか? もしかして黒宮さんってご結婚されていて、それでお子さんもいらっしゃるとか?」
「んなわけねえだろ! 俺はまだ学生だぞ! 結婚もそうだが、自転車に乗れるくらいに成長したガキがいるって、俺は一体いくつで子供を作ったんだよ!」
言われてみれば確かに。
ということは、近所に住んでる子供さん達とかかな?
「そのお子さんって何才くらいなんですか?」
「そんなの訊いてどうすんだ?」
「いえ。黒宮さんってお友達少なそうですから。なので同年代の人達からは相手にされないからっていつも小さな子達と一緒に遊んでるのかなって」
「……やっぱりお前、俺のことを誤解してるぞ。他の奴らとは違う意味で。友達が少ないのは確かだがな。だけど、逆だ。俺が遊んでやってんだよ。ボランティアだ」
「やっぱりそうなんじゃないですか」
「全然違うだろうが!」
なんか感じる。昨日は無愛想で口の悪い先輩だと思ったけど、でも、割と楽しく話すことができる。不思議な感じだな。優しい人だというのは分かっていたけど、まるでもう一人の『黒宮仁』という人間が存在するかのようだ。
もしかして黒宮さん、本当の自分を隠してる?
「あの、黒宮さん。今訊いてもあれですけど、どうして私はここに連れて来られたんでしょうか?」
「決まってんだろ。この前、お前の自転車が壊れただろ? 俺も処分を業者にお願いする前に見てみたんだが、やはりあれは無理だ使えねえ。完全にフレームが曲がってたからな」
そうだった。やっぱりこの人、本当に優しい心の持ち主だ。まあ、口が悪いのは確かだけど。でも、人を傷付けるような物言いはしない。きっと、自分の中でしっかりと線引きしているんだろう。
「ちなみにお前、今日はどうやってここまで登校してきたんだ?」
「親に車で送ってもらいました。自転車は今度、親と一緒に買いに行く予定です」
私の言葉を聞いて、黒宮さんの手が止まった。そして見せる。憂いを含んだその顔を。
「――そうか。じゃあ、いらねえ心配だったみたいだな。新しいやつを買ってもらえるんだったら、こんなボロよりもずっといい。羨ましいぜ全く」
すごく気になった。『羨ましい』という、その一言が。それって、どういう意味なんだろう? 壊れたら買ってもらうのが普通だと思うんだけど。
「あの、黒宮さ――」
私が話し出す前に、黒宮さんの方が早くに言葉を口に出した。
黒宮さんの本質が多分に含まれた、奥底に隠した優しい心根の言葉を。
「――この自転車は俺の恩人が譲ってくれた物なんだ。小学生の頃にな。嬉しかった。めちゃくちゃ嬉しかった。嬉しすぎて毎日乗っりまくってた」
「恩人、ですか……?」
「ああ、そうだ。でもな、中学に入ったくらいから背丈が合わなくなってな。別のやつを買うしかなくなったんだよ。でもお前の背丈ならちょうどいいんじゃないかと思ったけど、いらねえか。新しいやつを買ってもらえるんだからな」
「い、いえ、そんな。いらないとか全然思ってません。でも、そんなに大切な自転車を、どうして私なんかに……」
少し遠くを見つめるようにして、その時の小さな自分と恩人と呼ぶその人との遊んだりした思い出を見つめるかのようにして。
そして沈黙が流れた。
私と黒宮さんの二人しかいない世界の中で、永遠に続くのではないのかと錯覚させられる程に、その沈黙はとても長く感じた。
しかし、彼が言葉を紡ぎ始めたことで、時がまた動き出した。
止まっていた、私と黒宮さんの心の時計の針が。
「――お前に使ってほしくてな。お前ならその恩人も喜んでくれるんじゃないかと思うし」
「プライベートなことを訊くのは失礼かもしれないんですけど、その『恩人』は今は……」
「ああ。亡くなったよ。俺が高校に入る直前にな」
【続く】