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✧≡≡ FILE_050: 臨界 ≡≡✧
ワイミーはバッグを開き、直流安定化装置──DCコンバータを取り出した。
軍用規格に近いそれは、0.1ボルト単位で出力を制御でき、過電流防止機構も備えている。
「キリス。ここに接続してくれ」
ワイミーは爆弾下部を指し示す。
「冷却端子はこの位置だ。極性を必ず確認して、慎重に」
「……はい」
キリスの手が、爆弾の底へと伸びる。
指先で端子を探り、コードを差し込んだ。
──ぴきり。
金属の奥で、嫌な音が鳴った。
ワイミーは即座に計測モニターを起動する。
電流値、温度、振動、内部圧力――すべてのデータが並列で流れ出した。
> 29.0℃
表示は、動かない。
今この瞬間、この金属は世界で最も危険な物体だった。
「出力は0.4アンペアから。電圧は1.1ボルトで維持だ」
「はい」
キリスが、安定装置のダイヤルをほんのわずかに回す。
> 28.9℃
数値が、確かに下がった。
ワイミーは息を吐く。
「いい。そのまま、1℃ずつ下げていく。急冷は厳禁だ。格子構造が歪めば、内部エネルギーが“光”に変換される」
「……分かってます」
キリスの声は低かった。
まるで、自分自身に言い聞かせるように。
「俺は……あれを、二度と見たくない」
ワイミーは一歩下がり、ふと横を見る。
ローライトが、保冷袋に入ったドライアイスを抱えて立っていた。
「そのドライアイスは最終手段だ。私の合図があるまで、絶対に使ってはいけない。いいね?」
「はい。分かってます」
8歳の瞳に、恐怖よりも“使命”の光が宿っていた。
──こんな強さが、子どもに宿るものなのか。
ワイミーは胸の奥で、そう思う。
> 28.8℃
キリスの指が、わずかに震える。
だが、出力は崩れない。
> 28.7℃
目標温度。
金属の外装に張り巡らされた細線が、うっすらと結露を浮かべた。
冷却は成功した。
――だが、まだ終わっていない。
「……ワイミーさん」
キリスが振り返る。
「ああ。温度は下がった。だが──中に溜まった電気が残っている。このままでは、再び上昇して臨界に戻るだろう」
「……はい」
ワイミーは眼鏡を押し上げ、立ち上がった。
「放電先を作る。──車を使おう」
「車……?」
「ああ」
そう言って、ワイミーは教会の扉を一気に開け放つ。
外には、AとBが乗ったままの車が停まっていた。
「君たち! 今すぐ車から離れなさい!!」
怒声が響いた瞬間、
「は、はいっ!!」
Aは肩を跳ねさせ、ドアを勢いよく開けて飛び降りる。
「B! 早く!! やばいって! 本気で怒ってる!!」
「んー?」
Bは反対側のドアから、ぬっと身を乗り出し、きらきらした目で教会を見上げた。
「できるだけ遠くへ行きなさい。ここに居てはいけない」
それだけ告げると、ワイミーは車へと乗り込む。
「逃げよう! B!」
Aの声は必死だった。
だが──
「……あ」
Bが、足を止めた。
「……いた」
ぽつりと落ちた声は、驚きでも焦りでもない。
まるで、ずっと探していたものを、ようやく見つけたときの響きだった。
「え?」
Aが振り向く、その一瞬の間に──Bの視線は、すでに教会の方を向いていた。
「いた、いた……ここに、いた」
言葉より先に、身体が動く。
Bは軽やかに駆け出した。
「ちょ、ちょっと!? どこ行くの!? Bっ!!」
Aの叫びは、背中に届かない。
Bは、楽しそうですらある顔で走っていく。
その目線の先──教会の奥。
白い服を着た、ひとりの少年。
「みぃつけた──」
囁くような声。
Bは大扉の影に身を潜め、しゃがみ込む。
扉の隙間から、そっと中を覗いた。
石造りの祭壇の手前。爆弾の前。
そこには、あまりにも場違いな光景があった。
ワイミーの車が、教会の内部に停められている。
ボンネットは開き、内部の配線がむき出しになっていた。
その前で、ワイミーが必死に手を動かしている。
重ねられたケーブル。
冷却端子。
仮設のバイパス装置。
どれもが、ほんの僅かなズレで死を呼び込む配置だった。
空気が張り詰めている。
時間そのものが、息を潜めている。
それを見て──
Bは、くすりと笑った。
「……へぇ」
楽しそうに。
「おもしろいところに、来ちゃったな」