テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
(((結局タクシーには乗っちゃってます💦))
結局、タクシーの行き先を自分の住所にしてしまった時点で、もう色々と間違っていた気がする。
「……着いたぞ」
料金を払って、日本の肩を軽く叩く。
「起きろ。降りるぞ」
「……ん……先輩……?」
ぼんやりした目でこっちを見る。
状況を理解していない顔。
「ここ、どこ……」
「俺ん家」
そう言った瞬間、日本の目が少しだけ大きくなった。
「……帰すの面倒になっただけだ。勘違いすんな」
自分でも苦しい言い訳だと思いながら、先に歩く。
鍵を開けて、部屋に入る。
電気をつけた瞬間、急に現実感が戻ってきた。
___何やってんだ、俺。
酔ってる日本を家に連れてきた。
しかも、あんなことがあったあとに。
靴も脱がずに立ち尽くしている日本を振り返る。
「……ほら、入れよ」
「……お邪魔します……」
やけに素直に靴を脱いで、ふらふらと部屋に入ってくる。
ベッドとローテーブルだけの、生活感の薄い部屋。
日本はベッドの端に座ったまま、ぼーっとしている。
その姿を見て、ようやく少し頭が冷えた。
(……落ち着け)
(なんで部屋にまで連れてきたんだ)
(酔ってるだけだ。相手は後輩だぞ)
自分に言い聞かせるみたいに、息を吐く。
「……悪いが」
できるだけいつも通りの声で言う。
「少し休んだら、帰れるか」
日本は少しうつむいたまま、動かなかった。
「……帰りたく、ないです」
小さな声。
「……まだ、その話かよ」
「違います」
ゆっくり、顔を上げる。
目が、また赤い。
「帰りたくないの、家じゃなくて」
「……先輩の前から、です」
言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。
「……どういう意味だ」
「今日、私振られたんです。女の人に、」
「…、」
そこでようやく今日こいつの様子がいつもより違っていた理由を知った。
「でも、別にその人のこと、そんな好きじゃなかったんです」
自嘲みたいな笑い。
「ただ、誰かと付き合えば、先輩のこと諦められるかなって思って」
胸の奥が、嫌な感じにざわつく。
「……馬鹿だろ」
「はい、馬鹿です」
あっさり認めて、日本は笑った。
でもその笑いは、すぐ崩れた。
「でも、無理でした」
「先輩がいると、無理なんです」
声が震える。
「優しくされるたび、期待して」
「でも先輩は何も思ってなくて」
「それ分かってるのに、勝手に好きになって、勝手にしんどくなって」
そこまで一気に言って、日本はとうとう顔を手で覆った。
「……もう、どうしたらいいか分かんなくて」
声が、完全に泣いていた。
「今日も、本当は誘うつもりなかったのに」
「最後に、ちょっと一緒にいたくて」
そのまま、ぐちゃぐちゃに泣き出した。
肩が小さく揺れている。
ベッドに座ったまま、顔を隠して、子供みたいに泣いている。
___こんなやつだったか、こいつ。
会社ではいつも笑って、
何言っても「大丈夫です!」って言って、
ヘラヘラして、怒られても落ち込んでるとこ見せなくて。
「……いつもヘラヘラしてるくせに」
気づけば、呟いていた。
「そんな顔、すんのかよ」
日本は手で顔を押さえたまま、
「……先輩の前だけです」
消えそうな声で、そう言った。
その一言で、何かが大きく揺れた。
泣いてる顔も、
無防備にベッドに座ってる姿も、
少し乱れたシャツも、
赤い目も、濡れた唇も。
全部、やけに目に入る。やっべぇ、どえろい
___やめろ。
そう思うのに、足が勝手に動いた。
ベッドの前まで歩いて、
日本の手首を掴む。
「……先輩?」
顔を上げた瞬間。
衝動みたいに、そのままベッドに押し倒していた。
自分でも、何をしてるのか分からなかった。
ただ。
泣きそうな顔で名前を呼ばれた瞬間、
もう、止まれないと思った。
「……あんまり、そういう顔すんな」
自分でも驚くくらい、低い声が出る。
日本は驚いた顔のまま、逃げない。
むしろ、少しだけ目を閉じた。
その、少し開いた唇に___
ゆっくりと、顔を近づけた。
唇が触れた瞬間、時間が止まったみたいだった。
ほんの少し触れただけなのに、思っていたより柔らかくて、温かくて、酒の匂いがして___
すぐに離すつもりだったのに、離せなかった。
一瞬だったはずなのに、やけに長く感じた。
ゆっくり離れると、日本はぼんやりした顔でこっちを見ていた。
「……先輩」
少し遅れて、状況を理解したみたいに目を丸くする。
でも、嫌がるどころか。
「……せんぱい……と、キス……うれし…」
ふにゃっと、力の抜けた笑い方をする。
心臓が、変な音を立てた。
「……お前、分かって言ってんのか」
「んー……わかんない……でも、うれしい……」
完全に酔っている。
なのに、その一言一言がやけに響く。
「……せんぱい、ちょう、かっこいい……」
「……やめろ」
「せんぱい……?」
名前を呼ばれるたび、理性が削られていく。
押し倒したままの体勢。
近すぎる距離。
少し開いた唇。
ぼんやりした目。
___これ以上はまずい。
頭では分かってるのに、体が動かない。
むしろ、さっきより距離を詰めそうになる自分がいる。
「……ほんと、やめろ」
自分に言い聞かせるみたいに呟く。
でも日本は分かっていない。
「せんぱい……」
また、手を伸ばしてくる。
その瞬間。
パチン、と小さな音がした。
「いてっ!」
突然のことで、日本が額を押さえる。
「……なにするんですか……」
涙目でこっちを見る。
さっきまでの空気が、一瞬で壊れた。
「……目、覚めたか」
できるだけ低い声で言う。
日本はまだ状況が分かっていない顔で、ベッドの上に座ったままこっちを見ている。
少し沈黙してから、ゆっくり口を開く。
「……後悔する前に帰るぞ」
自分でも、声が少しだけ震えているのが分かった。
「……え」
「送る。立て」
強引に腕を引っ張って立たせる。
「ちょ、ちょっと待ってください……」
「待たねぇ」
今ここに一緒にいたら、本当に取り返しがつかなくなる気がした。
靴を履かせて、ほぼ無理やり玄関に連れていく。
「……先輩」
ドアの前で、日本が小さく呼ぶ。
振り返らない。
振り返ったら、多分終わる。
「……なんだ」
「……キス、したの」
少し間があって、
「……後悔、しますか」
ドアノブを握ったまま、動きが止まる。
少しだけ考えてから、答えた。
「……してねぇよ」
ドアを開ける。
「でも、これ以上したら後悔する」
それだけ言って、外に出た。
日本は何も言わず、静かについてきた。
夜の空気が、やけに冷たかった。
でも、さっき触れた唇の感触だけが、ずっと消えなかった。
コメント
5件
愛してます