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rui
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74 ◇冷たい表情
寝室の前までくると、由香が腕を掴んでいた正義の手を振り払って言った。
「な、なんなの?」
「たまにはいいじゃないか。明日は日曜だし、しよう」
自分の誘いを聞いた妻の顔は、今まで見たこともない冷たい表情だった。
そして妻の放った言葉は、表情通りの台詞だった。
「あなたには、若くて綺麗なお姉さんがいるのだから――そちらとどうぞ」
などと、冷たくあしらわれる始末。
「前にも言ったと思うけど、俺たちはそういう関係じゃないよ」
「あのね、そういうの,もういいから。
そういう関係じゃないのに、毎日会社でも仲良くして、家でも彼女と仲良くすることに、
ほとんどの時間を費やしてるでしょ?
いまじゃ、家族と過ごす時間よりも彼女と過ごす時間のほうが圧倒的に
多いじゃない? 違う?」
「……」
『そういう関係じゃない』と言えば、許されることだとでも言いたいのか
夫はその言葉を錦の御旗のように口にするけれど……。
そういう関係もなにも『好きにすれば』──と由香は言いたかった。
よほど、口から出掛かったけれど、自分からそんなことを言ってはほんとうに
結婚生活がおしまいになりそうで、なんとか堪えたのである。
本当はすでにおしまいな台詞はとうに口にしていたのだが、それは勢いで
放った言葉だったから、カウントしなかった。
この日はそれ以上の言葉は口にしなかったが、前々から考えていたことを
数日後に決行した。
それは家を出るという暴挙だった。
正義のくだらない夜の今更な誘いで、出ていく日が早まったのは言うまでもない。
子供たちを置いての自分だけでの別居に踏み切ったのだ。
子供たちの世話があるので、自宅のすぐ近くのアパートを借りた。
一方、一度は満島まほりと距離を置こうとまで考えていた正義が、12月に入り元気を
失くしたような彼女を旅行に誘ったのは、このような事情からだった。
自分の非は棚に上げて、頑なな妻・由香に対する報復の思いも、そこには少なからず
含まれていたのである。
旅行から帰ったあとも、まほりとの旅行について正義は罪悪感などは微塵も
持ちはしなかった。
罪悪感の有無――それはどちらの女性に対してもだった。
そしてこうも考えた。
これを機に、定期的にそういう関係になるつもりもなく、今後も満島まほりとの関係は
これまで通りの付き合い方にするつもりでいた。
これを公言すれば身も蓋もないが、所謂後腐れのない関係というやつで、
いつでも自分が彼女と手を切ろうと思った時に揉めることなく別れられる、ということだ。
いつでも好きな時にまほりを抱くというようなことをすれば、世間から
指さされるような、本当に爛れた不倫関係になる。
自分には家庭があり、それを捨てるつもりがないのだからそれは避けたかった。
今更ではあるが……。
たった一度の旅行。
由香さえ、拒まなければ――――
家を急に出ていくようなことがなければ──
そして、あのような台詞を吐かなければ、行きはしなかっただろう。
水島まほりとの4年の長い付き合いがあったからこそ、正義が彼女に溺れることは
なかった。
付き合い始めてすぐに彼女と性行為をするようになっていたなら、もしか
すると歯止めが効かず、そのような関係に溺れていったかもしれない。
そのようなわけで、旅行から帰ったあと、正義とまほりの付き合いは
また元の関係に戻っていった。
まほりからの視線のなかに、もの言いたげなものを何度か感じたことは
あったが、正義は気付かない体で過ごした。
ここで、彼女の気持ちに呼応してしまうと、危うい場所に立つはめに
なるということが、分かっていたからだ。