コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
海から吹き込む柔らかで暖かい風が春の訪れを告げる日。港町シェルドハーフェン郊外にある街唯一の教会。その裏には巨大な大樹とそれを囲む広大な農園が広がり、周囲は鉄格子と塹壕で囲まれ武装した屈強な男達が警備している。農園では老若男女や種族を問わず様々な人々が、高品質かつ通常より大きな農産物の収穫や世話に従事している姿が見られる。
その中心地、大樹と呼ばれる巨大な木の根本に小さな墓石があり、その前に一人の少女が佇み墓石を眺めていた。流れるような金の髪は肩口で切り揃えられており、身に纏う修道服と共に風に揺れている。くっきりとした目鼻立ちは将来稀有な美人に成長することを予感させ、以前に比べ身長も伸び、胸の膨らみも年相応の発達を見せていた。
「お嬢様、間も無くお時間でございます」
声をかけたのは白髪頭を短髪に纏め、執事服を身に纏った老齢の男性。しかしながら、その身は老いを感じさせぬ程に引き締まっている。
「分かりました、セレスティン。では、ルミ。また来ますね」
少女はそれに答え、墓石に語りかけて踵を返して教会へ向かう。シェルドハーフェンに新たな風が吹こうとしていた。それがそよ風なのか、嵐なのか。神のみぞ知る。
ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。あの日から二年の月日が流れ私は十四歳になりました。背も伸びましたよ。平均よりは低いのですが。それに胸も膨らみました!二年前のルミよりわずかに小さいのが気になります。ファック。
所謂思春期ですが、良く分かりません。お洒落にも興味はありませんし、恋人はいませんが、何かと絡むことがある同い年の男の子は居ます。なんだか悲しくなりましたのでやめます。
この二年は、とにかく農園の拡大による増収と組織作りに力を置いてきました。お陰で、それなりの人員を確保して組織としての体裁を保つことが出来たと思います。
教会の会議室に皆を集めて会議を開きます。まあ、会議と言っても堅苦しいものはありませんが。
「この二年、雌伏の時でしたがそれも終わりです。本日より私達は表舞台へデビューしたいと思いますが、皆さんからなにかありますか?」
「なら、最初に組織の名前を決めるべきだな」
ベルが意見してくれます。
「名前ですか、必要なのですか?」
「組織としてやっていくなら、屋号は必要不可欠さ。無けりゃ寂しいもんだし、看板を背負えるってのは案外良いものだよ」
「私もベルモンドの意見に賛成します」
シスターも賛意を示しました。と言うか。
「シスターも組織に入ってくれるんですか?」
「今さら仲間外れとは寂しいことを言いますね?シャーリィ」
「いえ、シスターさえ良ければ是非とも。さて、名前ですか」
ううむ、難しいですね。私にネーミングセンスがあるのかな。不安です。
「決めるのは俺達じゃない、お嬢さ」
「ううむ…」
考えていると、昔ルミと一緒に眺めた夜明けの景色が脳裏に浮かびました。あれは、素直に綺麗だと思えたものです。
……それにしろと、ルミからのお告げですかね。夜明け、夜の終わり。ならば。
「暁です」
「暁?何だそりゃ?」
「東方の言葉ですな。夜の終わり、夜明けを意味する言葉です。良い言葉を選ばれましたな、お嬢様」
セレスティンが解説してくれます。良く東方の言葉を教えてくれた張本人ですからね。
「夜明けですか、シャーリィ。その言葉を選んだ意味は?」
「単純にその景色が好きだと言うこと。そして、この暗黒街に一筋の光を照らせればと思いまして。悪行は成しますが、外道に堕ちるつもりはありません」
手段は選びませんが、それで外道に堕ちては黒幕達と同じになります。復讐のために外道に堕ちるのは、なにか違うと思いますから。
「闇を照らす光ですか。シャーリィは善行を行うつもりですか?」
「いいえ、シスター。目的のためなら手段は選びませんが、余りにも道から外れたこともしません。悪事を否定しませんが、ルミみたいな子を出さないための活動もします。そう言った組織を潰すとか、孤児を保護しても良いかもしれませんね」
「おいおい、そりゃ機関銃片手に聖書を配るようなもんだぜ?」
「そうですよ?別に良いではありませんか。アウトローに生きながらちょっとした善行。それがうちのやり方ってことで。それに、孤児は後々組織に役立ってくれるかもしれませんし」
そうすれば、外道よりは良い意味で注目が集まりますし、或いは勝手に侮って付け入る隙を作ってくれるかもしれません。
100%の善意なんて私に期待しないでください。基本的に打算で動いているつもりですから。身内以外には、ね。
「お嬢らしいな。俺は賛成するよ。何があってもお嬢を護る。それに変わりはないからな」
「甘いものですが、シャーリィが甘いなら私達が厳しくすれば良いだけですね。賛成です」
ベルとシスターが、賛成してくれました。
「セレスティン、ロウはどうですか?」
「ロウめはお嬢様の為さりたいように。そう願っております」
農園責任者のロウも賛成。セレスティンは。
「お嬢様の御意のままに」
うん、聞くまでもありませんでしたね。
「では、本日より『暁』として活動を開始します。先ずは更なる勢力の拡大による組織の強化を図ります。各方面の繋がりを維持しつつ、巧みに勢力を伸ばさねばなりません。これより会議を開始します!」
全ては復讐のために。そして生き延びるために。先ずはあらゆる状況に対応出来るように、シェルドハーフェンでの確固たる地位確保を目指します。勢力が拡大すれば、それだけ情報も集めやすくなりますからね。その日までの長い戦いの始まりです。
シャーリィ=アーキハクト十四歳、新たな日々が始まりました。