「ふぅ……流石に疲れたな」
アレンが剣を鞘に収め、息を整える。
「いやマジで。あの鱗、硬すぎだろ……」
カイルも魔法の行使で魔力を消耗しており、額の汗を拭っている。
視線の先には、倒れたサンヴァイパー。
喉を一刀で貫かれたその巨躯は、もう動かない。
「さぁて!報酬が楽しみだなぁ!」
カイルが疲れを滲ませつつも、満面の笑みを浮かべている。
「このサンヴァイパーの鱗、結構高値で売れるんじゃねぇか?」
「そうだね。それに、この牙……加工すれば武器になりそうだ」
アレンはしゃがみ込み、サンヴァイパーの牙を観察する。
硬度も申し分なく、鋭さはまるで短剣のようだ。
「ギルドに持ち帰って換金するか、それとも加工を頼むか……どっちにしようか?」
「とりあえず帰ってから決めようぜ!戦闘続きで腹も減ったしよ!」
カイルが袋を取り出し、2人で手際よく素材を剥ぎ取る。
「今日さすがに疲れたな。帰ったらステーキでも食おうか?」
「いいねぇ!今日はめちゃくちゃ食うぞ!」
2人は軽口を叩きながら、街道へ戻ろうとした――その時。
「……ん?」
アレンが不意に、森の奥へ視線を向ける。
「どうした?」
カイルが首を傾げるが、アレンは慎重に周囲を見渡した。
「……誰か、いる。」
その言葉に、カイルの表情が引き締まる。
さっきまで明るかったはずの森が、いつの間にか薄闇に包まれていた。
木々の間から差し込む陽光は弱まり、辺りはまるで夜のように静まり返っている。
(……まだ昼のはずなのに、なにが起きているんだ?)
アレンの胸に、得体の知れない嫌悪感が広がる。
「……!」
アレンは剣を抜き、カイルも魔法を構える。
「――出てこい!」
木々の隙間、影の中から――ゆっくりと歩み出る者がいた。
「……ほぉ、なかなかやるじゃないか」
暗がりから現れたのは、一人の男だった。
身長は175cm程で 漆黒のローブを纏い、銀の仮面をつけている。
その仮面の下から覗く口元が、不敵に歪んだ。
「Cランク相当の魔物を、これほどまでに鮮やかに討ち取るとは……」
「……お前は何者だ?」
アレンが問いかけると、男はゆっくりとお辞儀をする。
「名乗るほどの者ではないよぉ。ただの通りすがりの放浪者さぁ……ふふふ 」
すると、銀仮面の足元より黒いオーラが広がり、その姿を闇の中へと隠したのだ。
瞬間、アレンとカイルの背筋に鋭い悪寒が走った。
殺気――!
「後ろか!」
カキンッ!
アレンの放った剣は見事に相手の位置を捉え、影を切り裂いたのだ。
「ちっ、浅いかっ…!」
「おおぉ!素晴らしいぃ!まさか初見で見切られるとはねぇ!あっはははは!」
銀仮面は、不気味な笑みを浮かべながら、先ほどまでいた場所に姿を現した。
「……構えろ、カイル!」
「お、おう!」
再び剣を強く握るアレン。そして、魔法を展開するカイル。
銀仮面の口元が、さらに深く歪む。
「さぁて、どこまで耐えられるかなぁ?さぁ!ショーの始まりだ!」
森は未だ昼のはずなのに、闇が広がり始めていた。
まるで、この場だけが夜へと変わっていくかのように――。
「くっ……!」
銀の仮面をつけた(男?)――その動きは異常だった。
(早い……!)
アリアとの稽古で鍛えられたアレンですら、視認するのがやっとの速度。
銀仮面は一歩踏み込むたびに、まるで影のように消え――
次の瞬間にはアレンの背後にいた。
「――遅いよぉ」
「っ!!」
アレンは反射的に身を翻し、黒い衝撃をギリギリで受け止める。
バガンッ!!!
衝撃で腕が痺れる。弾き飛ばされて気づいた。
銀仮面の攻撃は剣などの武器ではなく、闇を纏った手刀。鋭く、そして重い。
「アレン!」
詠唱を終えたカイルが援護魔法を放つ。
「ーー【ブレイズ・ウィップ!】」
シュバッ!
炎の鞭が銀仮面に向かって振り下ろされる。だが、仮面の男は微動だにせず、まるで蚊を払うかのようにその鞭を弾いたのだ。
「なっ……!?」
炎は瞬時に切り裂かれ、カイルはその力強さに圧倒された。
「んー、悪くない攻撃だがぁ――軽いな」
その言葉と同時に、両手に闇を纏った男は、瞬時に距離を取っていたアレン目掛けてその手を振り下ろした。音速の斬撃が降り注ぎ、アレンの身体を切り裂く。
カンッカンッカンッ
「ぐ……ッ!!」
剣で受け流しながらも、腕、肩、脇腹、足――どれも致命傷ではないが、浅い傷が次々と刻まれていく。
「しまっ……」
そう思った瞬間――
ドゴォッ!!
強烈な蹴りがアレンの腹部を直撃した。
「が……ッ!!」
身体が吹き飛ばされ、地面を転がる。 全身が軋み、呼吸すらままならない。
(クソッ……動けっ……!!)
なんとか膝をつき、剣を杖にして立ち上がろうとする。
「さて、次はそっちだなぁ」
銀仮面の標的が、カイルへと向けられる。
「……っ!!」
カイルが息を呑んだ。先制攻撃を仕掛ける銀仮面は闇魔法の刃を2本放った。
「ダークスラスト」
(なっ!無詠唱!?)
カイルが驚くのも無理はない、無詠唱はAランク冒険者でも難しいとされているのだ。そんなことを考えている時間もなく、その男の攻撃を打ち消すべく、魔法を唱える。
「燃え盛る嵐よ、舞い踊れ!【イグニス・ストーム!!】」
吹き荒れる炎の竜巻を自分の周囲に展開し、黒い刃を退ける。
「ほぉぉ、やるじゃないかぁ」
間髪入れず、刃の嵐が降り注ぐ。
「くそっ、このままじゃ!…うぁぁぁあ!」
しかし、炎のわずかな隙間からすり抜けた刃がカイルの肌を切り刻む。
闇魔法を受けたカイルはその場で、痛みを堪えながらもがいている。
またもや方向を変える銀仮面。次はアレンの方へと一歩踏み出すと、手から放たれた闇の刃が地面を引き裂きながらアレンへと牙を向ける。
ズガガァァァ!
アレンは、避けようと足に力を込めるがうまく動かず瞬時に横に転がることで直撃を免れた。
「はぁはぁ、なんとか……避けられたっ」
しかし肩をかすめた浅い傷が次第に熱を帯び激痛が走る。その痛みに耐えながらうずくまっていると、一歩また一歩と銀仮面が距離を縮める。
「アレンっ!!」
痛みで視界がぼやける中、カイルが必死に叫ぶが、声は届かない。
(このままじゃ、アレンがやれてちまう!しっかりしろ!オレッ!!)
だが、それでもアレンはなんとか起き上がろうともがいている。その時、カイルが男の背後から魔法を放つ。
「アレンは……やらせねぇ!!!」
ボロボロになりながらも、片手を前に突き出し火球を飛ばす。
「ふっ、頑張るねぇ」
パチン
だが、銀仮面が指を鳴らすと何もない空間に全て吸い込まれてしまったのだ。
「そん、なっ…!」
魔力が尽きカイルが倒れ込む。その間にも、銀仮面は一歩ずつアレンに近づいている。アレンはその動きを見つめながら、血の味が広がる口の中で呟いた。
「くっ…そ…!!」
その言葉も虚しく、銀仮面はアレンの首を掴み持ち上げる。
「ぐっ…!」
その瞬間、アレンの体を貫くような力が走った。
ドスッ!
闇を纏ったの手が彼の胸を打ち抜き、無情にも投げ捨てられたのだ。アレンは仰向けの状態で動かない。
「ぐふっ…!」
血が口から漏れ、体が震える。もはや反応する力さえもない。
「これで終いだなぁ。」
銀仮面の声はどこまでも冷たく、アレンにとどめを刺すべく、もう一度その手を振り上げようとしていた。
そんな中、アレンの目に光が差していた。何かの気配が近づいてくる。彼の心に微かな希望が灯る。
「ダークス…⁉︎」
その瞬間、銀仮面の動きがピタリと止まった。
そして――
次の瞬間、圧倒的な殺気が辺りを支配した。
ゴォォオオオオッ!!
まるで空気が震えるような威圧感。
(この気配……!!)
それは明らかにアリアのものだ。
「ちっ、運がいい奴だぁ。」
その一言を残し、闇の中に溶け込むようにして去っていった。
アレンは倒れたままで、かろうじて意識を保ちながら、その後ろ姿を見送った。
「までっ…!!」
その言葉だけが、アレンの口から漏れた。
数秒後、アリアがその場に到着する。
彼女の目に飛び込んできたのは、アレンとカイルの瀕死の姿だった。
「……⁉︎アレン!カイル!……眠れる魂よ、光の導きを受け入れよ【デウス・レクイエム】!」
アリアが魔法を唱えると、光が2人を包みこみ傷はみるみるうちに塞がっていった。
「……僕生きて。あれ?傷が……!」
2人の無事を確認したアリアが強く抱きしめてきた。
「おわ!痛てぇよ師匠!」
「うわ!……っ」
その優しい抱擁に安心と共に悔しさが込み上げてくる。
落ち着いた後、その場でアリアに事の顛末を伝えたーー。
「そうなの、そんな事が……」
「はい…」
「でも、本当によかったわ。あなた達が無事で」
休憩を取り、アリアと共にギルドへと帰還することとなった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!