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「それにしても、随分とふざけた話だよね」
「最初聴いた時は呼吸が止まっちゃったよ」
テストまで残り僅かな日数しか残っていないけど、私はレッスン終わりに顔を合わせていた。
今は草田さんが運転する車の中、午後20時。
助手席に柿原さん、草田さんの後ろに私、隣に目里さんが座っている。
「本当にそうですよね。私も草田さんから連絡があった時、自分の耳を疑っちゃいましたもん」
こうしてみんなで集まることができたわけだけど、草田さんから連絡が来てから数日が経っていた。
「ここだけの話、管理長からは口止めされていたの」
「えっ、じゃあ私に教えちゃダメじゃないですか」
「まあね。管理長は感情の読み取れない笑顔だったけど、あれは『告げ口をしたらお前も同じように切る』という意味しか受け取れなかったわ」
「え! じゃあ尚更私に言っちゃダメじゃないですか!」
「落ち着いて美夜ちゃん。でもね、あのタイミングで2人の話も出したの」
「それってどういう……」
赤信号で止まる。
「まあつまり、私達はそん所そこらで言うところの連帯責任ってことなんじゃないの」
「うわー、私達ほどの腕を切るっていうの? かなり見る目がないわね」
「そこら辺に関しては、ちゃんと言っていたわよ。私、柿原、目里という優秀な人材を遊ばせているわけにはいかない、って」
「なら見る目自体はあるのね」
「いや、このままなら切るって言ってんだから、見る目ないだろ」
「それもそうね」
青信号で動き出す。
「まあでも、あのタイミングで釘を刺してきて、美夜ちゃんの次の結果次第ではうんぬんって言ってきたってことは、私が美夜ちゃんに伝えるってことは予想しているんじゃないかな」
「え? そういうものなのですか?」
「まあね。私ら3人が美夜ちゃんに入れ込んでいるってのは、もう知っているだろうから、全員をまとめて切るか、私らを美夜ちゃんから引き離して別の子達を面倒見てほしいってことなんでしょう」
「ごめんなさい。私のせいで……」
自分のせいで、3人を巻き込んでしまった。
私の実力が足りないせいで、迷惑をかけてしまっている。
肩を落して背中を丸めていると、目里さんが肩に手を置いてくれた。
「そんなことはないのよ。私達は、自分の意思で美夜ちゃんだけを担当しているの。他の子も頑張っているけど、美夜ちゃんに可能性を感じたの」
「そうそう。ここに居るお姉さん3人って、実は美夜ちゃんが思っている以上に凄いメンバーなんだよ? 私達が力を発揮できないのは、労力や金をかけてくれない上が悪いだけなんだから」
「うっわー、柿原が容赦のないことを言ってるぅ」
「はははっ。でも、事実でしょ」
また赤信号で。
「まあ、ね。自分のことを自分で上げるのって、物凄くむず痒いけど、嘘ではないんだよ美夜ちゃん。マネージャーとして上の人と話しをしていると、すぐに分かることがある。あの人達は、事務所に所属している子達のことなんてほとんど観ていない。目に留まるのは、売れている子か人気急上昇中の子だけ。だからこそわかる。――あの人達は、アイドルの子達を商売道具としかみていない」
「……でも、私がアイドルになれたのは事務所の人達のおかげでもあります」
「その気持ちはわかるよ。みんなもそう思ってるから、なにも反論できなし、事務所の意向に従うしかない」
「……」
青信号で動き出す。
「だからって、このまま負けっぱなしで終わっちゃうのはもっとダメ。でしょ?」
「……はい」
「結果でしかみていないのなら、結果を出して首を縦に振らせる。そして、もっと凄い結果を出して、結果で殴ってやらないと」
「いいねそれ。結果でぶん殴ってやろう」
「ふふっ、いいわね。なんなら、めちゃくちゃ人気が出始めたら事務所を全員でやめてやりましょうよ」
「うわっ、目里が一番性格悪い」
「なにか言った?」
「いいやなにも」
「ふふふっ」
久しぶりにこうして顔を合わせたけど、やっぱり3人とも面白い。
そして、頼もしい。
不安を胸にしまい込むことしかできなかったけど、ここでみんなと話をしただけですぐに晴れてしまった。
私が笑い始めると、柿原さんが窓を開けた。
「お偉いさんなんてクソくらえーっ!」
そんな暴言を急に叫び始める。
「えっちょっ柿原さん!?」
「あんなけちん坊事務所なんて潰れちまえーっ!」
「柿原さん、マズいですよ!」
私が慌てふためいていると、次は隣の目里さんが。
「宝石を放置し続けるなんて能なしーっ!」
「えぇっ!?」
「将来のスターを推さないなんて、アホーっ!」
ダメだ、風の音で私の声はたぶん届いていない。
「草田さん、お2人を止め――」
まさかの草田さんまでも。
「管理長の目は節穴ー!」
「草田さんマズいですよ!」
「いいのいいの。誰も聞いていないわよ。――給料泥棒の狸ーっ!」
「皆さん! 私の声を聞こえてやってますよね!」
「そうね」
「うん」
「もちろん」
「もーっ! どうなっても知りませんからね。――ふふっ」
この後もこんな調子で道路を走行した。
そして、ここ最近は笑うことがなかったんだけど、今日だけでそれが帳消しになるぐらい笑った。
お腹を抱えて、それはもう大いに笑った。
「おはよう美夜」
「おはよーう。今日からテスト期間だねぇ」
「うん……」
「あれれ、珍しくあんまり元気じゃないね。もしかして、勉強の方はあんまりよろしくない感じ?」
「胸を張って自信があるとは言えない感じかな」
「うわぁ。一緒に勉強できなくて、本当にごめんね」
美姫は手を合わせて頭を下げてくれた。
「いや、普通は勉強て1人でやるものだから、美姫が謝ることじゃないよ。できたら自分の成果だし、できなかったら自分のせい」
「むぅ。そう言われると、それまでなんだけど。でも、今回も最低限はできそうなんでしょ? なら問題なしなしっ」
「それはそうなんだけど――」
「ん? どうかしたの?」
私は勢いあまって、事務所とのことを言ってしまうところだった。
今まで一緒に歩いて来てくれた美姫に隠し事なんて、なんて礼儀知らずなんだ、ということはわかっている。
だけど、今のこのタイミングでそれを言ってしまえば、間違いなく美姫は私の心配をしてしまう。
それに、「一緒に勉強してあげられなかった自分のせいだ」なんて自分を責め始めるに決まっている。
「ううん、なんでもないの」
「そう? なにかわからないことがあるんだったら、テストが始まる前に質問してくれないとダメだからね」
「そうだね、じゃあさっそくわからないところがありまして」
「ほうほう、どれどれ」
私は机の引き出しから教科書とノートを取り出す。
そして、席を半分開ける。
「先生、こちらにどうぞ」
「気が利くではないか、美夜くん」
かけてもない眼鏡をクイッと上げ、美姫は半分の椅子に座った。
「それでここなんだけど」
「あー、ここねぇ~」
もしもダメだったら、なんて暗いことを考えていたら本当にその通りになってしまう。
そんなことより、しっかりとテストに集中して、無事に基準点を越えてからのことを考えないと。
ファミレスで「実はこんなことがあったんだよ」って笑い話ができるように。
やってみせる。
やらなきゃダメなんだ。
私のためでもあり、一緒に歩いてくれるみんなのために。
私がちゃんと結果を出すんだ。