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トーク画面を開いたまま、私は指を止めていた。
〈今日、カラオケの場所確認できてよかった!〉
それだけ。
質問も、続きもない。
もっと話したい。
本当は、どうでもいいことでもいいからとにかく会話を続けたかった。
でも、これ以上送ったら嫌われる気がして、送らないまま画面を閉じた。
今日はクリスマスだった。
約束していたのは、彼に手作りのお菓子を渡すことだけ。
お菓子を渡して、少し話して、解散。
それだけで良かった。
でも私は無意識に口にしていた。
「ついでに、カラオケどこにあるか見てく?」
建物の前まで行って、看板を見ただけ。
中には入っていない。
ほんの数分。
それなのに、
その時間だけが、ずっと頭から離れなかった。
家に帰り私はスマホを見た。
〈お菓子ありがとう〉
〈美味しかった〉
彼からの短い文。少しドキッとした。
でも優しいけど、どこか他人行儀。
〈よかった〉
〈渡せて安心した〉
私が送信するとすぐに既読が付き申し訳程度のリアクションが返ってくる。
私は何故か頭で考えるよりも先に指が動いていた。
〈よかったら、一緒に歌わない?〉
送信した瞬間、自分で送ったはずの文章を読み返して胸の奥がきゅっと縮む。
画面から目を離せないまま、時間だけが静かに過ぎていく。
〈いいよ〉
それ以上は来ない。
分かってる。
彼から会話を振ってくることはない。
必要なことだけ。
私が踏み出さなければ2人の会話は存在しない。
だからこそ私は怖いのかもしれない。
踏み出した瞬間に、今の距離が壊れてしまいそうで。
それでも逃げずに指を動かした。
〈ありがとう!嬉しい!〉
私が送信するとスタンプとともにまた返信がくる。
〈みんなで行くカラオケ楽しみだね!場所も分かったし当日は何とかなりそうだね〉
いつもと変わらない何の変哲もない文。
「楽しみだね」という言葉に少し期待をしてしまう。
そして彼の言う「当日」は明日に迫っていた。
翌日、4人でカラオケルームに入る。
最初の硬さが少しずつほどけ、次に入れる曲の相談や笑い声が少しずつ混じる。
その中で、
私と彼は並んで座っている。
「じゃあ、私入れるね」
二人で決めたあの曲。
マイクを持つ手が、少しだけ熱い。
緊張しているのが嫌でも分かる。
イントロが流れ始める。
隣を見ると、彼はいつもと同じ顔をしていた。
落ち着いていて、余裕があって、
私の心臓の音なんて、きっと聞こえていない。
Aメロ、Bメロの掛け合いが終わる。
そしてサビ。
私の声と、彼の声が、同じタイミングで重なる。
——あ、今。
その瞬間、騒がしいはずのカラオケルームで私の 頭の中は一気に静かになる。
嫌われたらどうしよう、とか
LINE送りすぎたかな、とか
距離、詰めすぎたかな、とか
そういう負の考えが声に乗って音として押し流されていく。
画面の歌詞を追いながら、
同じリズムで息をして、
同じメロディに声を乗せる。
目は合わない。
でも、隣にいる。
それだけで、胸の奥がぎゅっとなる。
ラスサビ。
私は迷わず声を出す。
上手く歌おうとしすぎるのはやめた。
今はただ、
ただ一緒に歌っていたかった。
曲が終わる。
音が止まって、部屋が一気に現実に戻る。
「上手だったよー!」
友達の声が聞こえてくる。
「ありがとう」
迷わず返事をする。
何事もないようにいつもの笑顔で。
でも、心の中は全然落ち着いていない。
——今の、どうだった?
——変じゃなかった?
彼の方を見る勇気はなくて、
でも見ないわけにもいかなくて。
一瞬だけ、視界に入る彼の綺麗な横顔。
何事もなかったみたいに、
マイクを置いて、水を飲んでいる。
それが少し寂しくて、
でも、なぜか安心した。
特別な反応はない。
でも、最後まで一緒に歌ってくれた。
それだけで、私はまた期待しそうになる。
ダメだ、って分かってる。
これ以上は嫌われるかもしれない。
もっと話したい。
感想も聞きたい。
本当は、今の気持ちを全部言いたい。
でも、それをしたら
この「一緒に歌えた事実」まで壊れそうで。
だから私は、何も言わない。
ただ、胸の奥のドキドキだけを、
必死に押さえ込む。
歌っている間だけ、
私は自分が「どう思われてるか」を忘れられる。
恋してる私じゃなくて、
嫌われないように必死にもがく私でもなくて、
ただ、心から声を出している私でいられる。
それが、こんなにも救いになるなんて思わなかった。
友達の入れた曲は私の気持ちなんて知らないと言わんばかりにどんどん進んでいく。
部屋の空気も、またすぐに元に戻っていく。
でも、私の中だけは、
少しだけ何かが変わっていた。
歌えた。
一緒に立てた。
同じ時間を、同じ音で共有できた。
それだけでいい。
私は、マイクをテーブルに置いて、
小さく息を吸った。
ここからだ。
ここからは、
歌じゃなくて、自分の気持ちでも。
だって、彼と一緒に歌えたじゃないか。
少しずつでいい。
動き出そう。
そう私は決意した。