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二人は凍結していき、後は塵となるのみ。それは最早、誰にも止められない。
「ユキ! もうやめてぇぇ!!」
アミの悲痛な叫びが響き渡った。
「姉様駄目ぇ!」
ユキの下へ駆け寄ろうとするアミを、ミオはしがみつく様に引き止めた。
二人を包む絶対零度の空間に近づいたら、即座に氷の塩となってしまうだろう。その為、このまま成り行きを見届けるしかなかった。
「……まだまだ青いな、お前も」
身体中を氷が浸食していく中、シグレは意味有りげな笑みを浮かべる。そしてーー
『なっ!?』
シグレは水の刃で自ら己の身体を切り離し、ユキとの繋がりを断つ。
『自分で自分を!?』
その余波でユキの手から浸透していた絶対零度は解除され、シグレの下半身は凍結により崩れ散り、分離した上半身だけが宙に残った。
「シグレぇぇぇ!!」
離れ離れになった二人。シグレの突然の行動に、ユキは雄叫びとも似つかわない叫び声を上げた。
「ククク……ハハハハハ!」
上半身だけとなったシグレは、高らかに笑う。だがそれすらも浸食する凍結に、徐々に塵となり崩れ散っていく。
「餓鬼が! お前如きに殺される俺だと思ったか!? 地獄へは……自らの意思で逝く」
そう、誇り高い迄の意地と、蒼い瞳でユキを見据えて。
「だが、お前はまだ来るんじゃねえよ。強さ以外に正しいものが有るとするなら……それを証明する為、もっと生き抜き貫いてみせな」
「シグレ……」
シグレの身体は崩れ散り、既に首だけとなっている。
『お前の生き様、奴等と共に地獄の底から見といてやるよーー』
それはかつて共有した仲間達と。そして最期に見えたのは、純粋な迄の確かな笑顔。
それでもシグレは最期まで悪としての己を貫き、そしてそれすらも淡く滲んで消えて逝く。初めから、その存在が無かったかの様に。
地に刺さったシグレの村雨だけが、その存在の証しであるかの様に、煌めきを醸し出していた。
「…………」
ユキは地に刺さる村雨を一瞥し、その隣り合わせに刺さる雪一文字のみを引き抜き、自分の鞘に納めた。
「ユキ……」
アミは急ぎ、傷付き過ぎた彼の下へ駆け寄る。
「ーーあっ!?」
駆け寄るアミに振り向いたユキを見て、アミは思わず足を止めた。
「どうしたんですかアミ?」
アミの瞳に映るユキの表情。彼の瞳からは一筋の涙が確かに、雫の様に頬を伝って零れ落ちていた。
「ユキ……泣いてる……」
「えっ!?」
アミの一言に、ユキはその手を頬に添える。
「私は……何で?」
その涙の意味に不思議そうに戸惑う彼を、アミはそっとその小さく傷付いた身体を抱き締めた。そしてユキを抱き締めたまま、彼女も涙を流す。彼の気持ちが痛い程に伝わったから。
同じ存在を生きた特異点。
彼等だけにしか理解出来ない想い。
その涙は同情でも哀れみでも無い、最後の仲間への見送りの涙なのかもしれない。
ただ、泣いているユキをアミは、そのままいつまでも抱き締めていた。
*
「きゃあぁぁぁ!!」
突然のミオの悲鳴に、二人は何事かと振り向く。
その視線の先にあるもの。村の奥から無数に転がる躯を、掻き別ける様に歩み寄る人物。
『誰だ? こいつは……』
少なくとも、この集落に所縁のある存在では無い。それは誰の反応からも明らかである。
歩み寄る巫女装束を身に纏う、すらりとした長身の女性。
美しい迄に靡き煌めく、漆黒で直線的な長髪。整い過ぎる顔立ちに合う、切れの長い紅き瞳が冷徹さを醸し出している。
それは誰が見ても“恐ろしい迄に美しい”という表現の如く、その姿に暫し魅入られる。
アミを光の巫女と例えるなら、その者はまるで闇の巫女とでも例えるかの様に。
ミオが悲鳴を上げたのは、何も見知らぬ人物を見たからだけでは無い。
その人物が手に持つもの。
右手に光り輝く水晶の様な球体。そして左手には、まだ生新しい鮮血が断面から滴り落ちる、人間の頭部だった。
「ああぁ、そんな……ちょ、長老!!」
アミはその変わり果てた姿を見て、驚愕の声を上げる。
左手で鷲掴みする様に持たれたその頭部は、此処の集落の長、夜摩一族当代長老のものであった。
その人物はユキ達の間合い外で歩みを止め、光り輝く球体を恍惚の表情で掲げる。
「これで我等の悲願が叶う……。一時はどうなる事かと思ったが、お前達化け物二人が潰し合ってくれたおかげで、楽に光界玉奪取に成功出来た」
そう言い放ち、左手に掴んでいる頭部を無造作に放り投げる。
『こ、こんな……』
ゴロゴロと毬の様に転がる、血糊がこびりついた生気の無い頭部。驚愕に目を見開いたままのその表情が、死に至る恐怖の瞬間を物語っていた。
続け様に起きる信じ難い惨劇に誰もが凍りつき、声も出ない。
「くっ!」
その人物から発せられるその邪気に、ユキの脳内思考に最大警報が鳴らされた。
“――狂座の者か!? 全く気付かなかった……。化け物だと? こいつこそ相当にやばい! それに、この雰囲気……何処かで?”
「さて、もう此処に用は無いが……」
ユキはその人物に、ある既視感を感じたが今はそれ処では無い。狂座の手に、冥王復活の鍵となる光界玉が渡ってしまったのだから。
「折角だから名乗り出ておこう」
戸惑い立ち竦む者達を見回し、その者は高らかに告げる。恐ろしくも美しい迄のその存在感。美麗に揺蕩う漆黒の長髪を、風に靡かせながら。
「私は狂座、当主直属部隊筆頭……ルヅキ」
“――やはり直属か! まずい、今の状態では……”
ユキは躊躇する。シグレとの闘いで力を使い果たしている。余力等、残っていようも無い。
ルヅキが強いであろう事は闘わなくても、その佇まいで感じられる。仮に万全であったとしても、死闘は避けられないだろう。
「長老の仇!」
「光界玉は渡さん!」
何時の間にか刀を持った一族の戦士六名が、ルヅキの周りを取り囲み、一斉に斬り掛からんとしていた。
「やめっ! レベルの違いが分からないんですか!!」
ユキが彼等に退く様叫ぶが、もう遅い。六名は既にルヅキへ斬り掛かっていたのだから。
「愚かな……」
ルヅキは斬り掛かってくる者達に対し、左手を翳す。其処に武器らしき物は見当たらない。
“ーーっ!?”
その刹那の瞬間、六名は一瞬で無惨な肉塊へとその姿を変える。
「なっ!?」
血飛沫と共に幾多にも分離し、原形すらも残らぬ欠片だけが、弾ける様に辺りに散らばった。
「いやあぁぁぁ!!」
ミオは目を覆いたくなる程の惨劇に悲鳴を上げる。アミは声を出す事も出来ず固まっていた。
「くっ!」
“――いつ……斬った? 全く見えなかった……”
動揺するユキを余所にルヅキは散らばった肉塊に目を向ける事も無く、その冷酷な紅い瞳はユキだけを見据えていた。
ルヅキのユキを見据える、その瞳に宿るもの。それは明らかな敵意。否、憎しみにも近いものであった。
たがそれは、すぐに消える。
「……このまま此処を殲滅するのも一興だが、今は光界玉を持ち帰るのが最優先。ここは退かせて貰おう」
ルヅキはそう言い放ち、光界玉を片手に瞳を逸らす。
ユキはその一瞬の隙を見逃さなかった。
“逃がさない”
例え刺し違えても、光界玉だけは狂座の手に渡ってはならない。
何時の間にか間合い内に踏み込んだユキの居合い抜きが、ルヅキを横薙ぎに払っていた。がーー
“感触が……無い?”
確実に捉えた筈の一撃。それが残像で在る事に気付いたのは、ほんの刹那の瞬間。
ルヅキの身体は滲む様に薄れ消えていく。
「残像だと!? 一体何処へ?」
ユキは消えたルヅキを追う様に辺りを見回した。ルヅキの姿こそ完全に見えないが、何処からともなく声が聴こえてくる。
「精々絶望に浸っているがいい。そして特異点よ、お前はいずれ私が必ず殺すーー」
ルヅキの声は風に消える様に。そしてその存在、気配すらも完全にこの場から消えたのだった。
『…………』
多くの犠牲者を出し、更には光界玉まで奪われる事態に、誰もが呆ける様に立ち竦む。
それはまるで、終わらない悪夢を見ているかの様に。
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