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真衣香をひどく傷つけ遠ざけた坪井は、けれど結局真衣香の傍から離れたことなどないように思う。
何かに戸惑うように、怯えるように、そして乱暴に。大好きだと真衣香に告げたその後からは、ひたすらに優しかった。
ひたすらに、好意を向け続けてくれていた。
そんな坪井に、恐れず手を伸ばせば気付けたのかもしれない。彼の追いつけないほどの、めまぐるしい変化に。
知れたのかもしれない、今日という特別な日に何をして誰と一緒にいるのかも。
「どう、出るか……って?」
恐る恐る聞き返す真衣香に、八木はニヤッと口元にニヒルな笑みを浮かべて。
「男は憂さ晴らしに女を抱けるからな、いくらでも」
さも当たり前だとでも言わんばかりに、答えた。
(う、憂さ晴らしに……抱く? 抱くって、え? 坪井くんが今頃誰かと、そうゆうことをしてるかもしれないって……)
そういうことなのか? と、ワンテンポ以上遅れてやっと理解が追いついた真衣香。
頭を背後から、まるで強く殴られたような衝撃を受け、ぼんやりと思考が鈍る。
八木は、明らかに動揺を隠せない真衣香を黙って見つめた後静かに言った。
「とりあえず、車、駅近くまで走らせるわ」
「……は、はい」
八木が車のシートを動かした。定位置に戻したのかもしれない。何の迷いもなさそうな手つきでシートベルトを締め、ハンドルに手を添える。
「お前も、シートベルト」と、短く真衣香に声を掛けて。
車が走り出した。景色が動き出してしまった。
ドクドクと真衣香の心臓も、鼓動を大きくさせてくる。
(どうして、わざわざ傷つきに行くのって……そんなの)
傷つけられても傷ついても、それでも、誰にも渡したくないほどに大好きだからだ。
逃げて行くなら追いかけて、理解できないなら手繰り寄せる。誰かのものになってしまいそうならば、どうしたって取り戻したい。
傷つくことを、恐れる余裕すら与えてはくれない。
(好きで、大好きで……どうしようもないから)
今まさに大きくなり続けている恋心の正体は、ほんの少し前まで真衣香の中にあったものとはまるで違う。
キラキラと輝くばかりではないのだ。
あまりにも愚かで馬鹿げていて、けれど何より真っ直ぐに行きたい道を照らすもの。