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誰も知らない、高嶺の花の裏側2
第76話 〚静かに形を変える言葉〛(クラス全体)
最初は、
ほんの一言だった。
「聞いた?」
「三年の澪先輩のやつ」
二年生の教室で、
昨日までと同じ調子で名前が出る。
でも——
続く言葉が、違った。
「本人、直接話したらしいよ」
「逃げた方が勘違いだったって」
「ちゃんと説明してた」
「全然、怖くなかったって」
噂は、
止まらない。
でも、
向きが変わった。
⸻
三年生の教室。
昼休み。
澪は、いつも通り席にいた。
特別なことは、何もしていない。
えまたちと話し、
ノートを整理しているだけ。
なのに。
「……あれ?」
「雰囲気、違くない?」
誰かが、澪を見る。
別の誰かが言う。
「二年の誤解、解けたらしいよ」
「本人が話したって」
「え、すごくない?」
「逃げずに?」
言葉は、
尾ひれをつけない。
事実のまま、
静かに広がる。
⸻
えまが、澪の方を見て小さく笑う。
「なんかさ」
「変な注目じゃないよね、これ」
しおりも頷く。
「“可哀想”とかじゃなくて」
「“ちゃんとした人”って感じ」
澪は、少しだけ照れた。
(……見られ方が、違う)
守られている視線じゃない。
噂の対象としての視線でもない。
——同じ場所に立つ、人としての視線。
⸻
放課後。
廊下ですれ違った二年生が、
小さく頭を下げた。
「……すみませんでした」
澪は驚いて、
でも、すぐに首を横に振る。
「大丈夫です」
それだけで、
相手は安心したように去っていく。
⸻
クラスの中でも、
変化は確かにあった。
「澪って、ちゃんと話すよね」
「噂流されても、キレたりしないし」
「強いっていうより」
「落ち着いてる」
誰かが、そう言った。
それは、
評価でも称賛でもない。
理解だった。
⸻
その日の帰り。
澪は、教室の窓から校庭を見る。
騒ぎは、
もう中心じゃない。
話題は次に移っている。
それでも——
何もなかったことには、ならない。
でも、それでいい。
澪は、心臓に手を当てる。
ドクン。
穏やか。
(……伝わった)
全部じゃない。
全員じゃない。
でも、
必要なところには、ちゃんと。
澪は思う。
誤解は、
声を荒げなくても解ける。
嘘を使わなくても、
自分の言葉で立てる。
クラス全体に広がったのは、
噂の訂正じゃない。
——澪という人間の輪郭だった。
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