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「あ、凜……亜子さん」
「おにーちゃん、おはなし、おわったの?」
「あ、ああ。終わったよ」
「それじゃ、ブロックであそぼーよ!」
「そうだな。それじゃあリビングに持って来てくれ」
「うん!」
ジュースを取りにき来たはずの凜は、竜之介くんとブロックで遊べる事が分かると、意気揚々再び部屋へ戻って行く。
そのせいで二人きりになってしまった私たちの間には、微妙な空気が流れていた。
(竜之介くん、さっきの事でどう接していいか困ってるのかな……)
何か言わなきゃと思うけど、さっきの田所さんの言葉が頭から離れない。
「亜子さん?」
「え?」
「どうかした? 何だか顔色が良くないみたいだけど……」
私は思った事がすぐ顔に出てしまうようで、曇った表情を浮かべる私を心配した竜之介くんが少し遠慮がちに声を掛けてきた。
「あ、ううん、大丈夫! それよりも、田所さん、もうお帰りになったのね」
「ああ、うん」
「そっか……その、どんな話――」
聞いてしまって内容は知っているけど、竜之介くんはどういう反応をして、どんな返事を返すのが気になってしまった私は『どんな話をしたの?』と問いかけようとするけど、
「おにーちゃん! もってきたよ!」
それはブロックを持ってきた凜によって遮られ、かき消されてしまう。
「それじゃあ、テーブルに出して準備してくれるか?」
「うん!」
凜はそのままソファーの方へ向かうと、ローテーブルの上にブロックを広げ始めた。
そんな中、
「――ッ!?」
突然、竜之介くんの手が額に当てられた事で、驚いた私は思わず身体をピクリと反応させた。
「熱は、無いみたいだね。でもやっぱり顔色が良くない。今日はもう休んだ方がいいよ。凜は俺の部屋で寝かせるからさ、ね?」
どうやら熱が無いかを確かめる為に、手を当ててくれたようだ。
気遣ってくれる、優しい竜之介くん。
彼は、とにかく優しい。
きっと、どんな状況に立たされたとしても、心配をかけるような事も、困っている私を見捨てるような事もしないだろう。
だけど、
時にその優しさは、私を苦しめる。
「亜子さん?」
「あ、えっと……やっぱりちょっと具合が悪いみたい……悪いけど、今日だけ凜の事お願い出来るかな?」
「それは勿論。それじゃあ、ゆっくり休んで?」
「うん、ありがとう……」
彼の手が額から離れていく事に淋しさを感じつつ、これ以上彼の前に居ると涙が溢れそうになってしまった私はスっと視線を外すと、振り返る事無く部屋へ戻って行った。
翌日、案の定竜之介くんは仕事終わりに寄るところがあると伝えて来た。
それに伴って、私と凜の事は田所さんに頼むと言っていた。
「亜子様、凜様、お帰りなさいませ」
「あ、田所さん……すみません、わざわざ迎えに来ていただいて……」
竜之介くんに頼まれた田所さんは凜の保育園まで車で迎えに来てくれたので、その車の後部座席に乗り込んだ。
昨日の事もあって、田所さんと顔を合わせるのも気まずい私は何だか視線を合わせられなくてついつい伏し目がちになってしまう。
「ねー、おにーちゃんは?」
「竜之介様は予定がございますので、お戻りは夜になりますよ」
「きょうもいっしょにあそぶっていったのに……」
竜之介くんの事が大好きな凜は、彼が迎えに来てくれない事を不満に思って不貞腐れてしまう。
そんな凜を見ていると、余計辛くなる。
だって、もしかしたら、この先竜之介くんとは離れなければいけないかもしれないのだから。
マンションへ帰ってきた私が夕食の支度をしようとすると、これも竜之介くんに頼まれたのか田所さんが準備をすると言うので、お任せして凜とお風呂に入る事にした。
お風呂を済ませ、出来上がった夕食をいただいてから暫く、お腹いっぱいになった事と、なかなか竜之介くんが帰って来ない事に待ちくたびれた凜が眠ってしまったので部屋に寝かせてリビングへと戻ると、田所さんはソファーに座ってひたすらノートパソコンに向かい、黙々と仕事をこなしていた。
テレビの音だけが流れる室内。
手持ち無沙汰な私に突然、田所さんが声を掛けてきた。