テラーノベル
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リィラが目を覚ますと、ベッドに沈んだ全身の肌は柔らかい毛布に包まれていた。
視界は薄暗く、おそらく時刻は明け方だろうか。
裸なのに寒くないのは、隣で眠る美しい魔物の素肌のおかげだと分かる。人間よりも体温が高いのだろうか。
ゼンティは子供のような寝顔で寝息を立てていて隙だらけだ。今なら逃亡でも復讐でも出来そうなのに。
……体がだるい。重い。それに鈍い痛みも。魂が抜けたように力が入らない。魔物に食べ尽くされた体は、もう自分の物ですらなくなった感覚がする。
「……リィラちゃん、起きた?」
ふと意識が現実に戻ると、いつの間にか目の前にゼンティの瞳があった。その色は魔物の赤い瞳ではなく、澄んだスカイブルー。
「ゼンティ、瞳の色が……?」
「違うよ、僕はセンティ。今、魔物の方は眠ってる」
「センティ……センティなの!?」
その衝撃で意識は覚醒したが、相変わらず体は動かない。目の前にいる彼は、魔物のゼンティではなく王子センティの人格だった。
ゼンティは新しい体を手に入れたばかりで、センティの心と体と人格をまだ完全には支配しきれていない。
「これだけは伝えたくて。僕はリィラちゃんが好きだ。本当は結ばれたかった」
「センティ……私もセンティが好き。なのに、ごめんなさい……」
自分のせいで魔物に殺されてしまったセンティに対しては、想いを伝えるよりも謝罪したかった。
リィラの頬を伝う紫の涙を見てセンティも辛そうに唇を噛み締めたが、すぐに優しい笑顔を作った。
「恨んでなんかいないよ。だから今後はゼンティを僕だと思って愛してほしい」
「……え? 何言ってるの、そんなの無理! ゼンティはセンティとは違う! あんな魔物を愛せるわけが……」
「よく聞いて。僕も彼の記憶を少し覗いたけど、本当の目的はたぶん僕と同じだ」
「目的って何……? そんな理由で……」
納得がいかないリィラは顔だけを横に振ると、白いシーツの上で乱れ絡まっている自分の長い紫の髪が目に映る。あの魔物のせいだ。
センティは悲しそうにブルーの瞳を細めた。
「ごめん、時間がない。彼が目覚める。お願いだ、リィラちゃん。妹を頼んだよ……」
最後は消え入るような小さな声になり、センティの瞳の青の中に赤色が侵食し始める。紫色に移り変わると、やがて血のように赤い魔物の瞳となった。
目の色だけで分かる。王子センティから魔物のゼンティへと人格が変わった。
「ふわぁ~リィラちゃん、おはよう。ふふ、気持ちのいい朝だね」
あくびをしてから天使のように微笑む魔物のゼンティは、赤い瞳を除けばセンティの人格と見分けがつかない。
かと思うとリィラの側に寄ってきて、有無を言わせずに唇を重ねてきた。
「ちょっ……! ゼンティ!」
リィラが毛布の中でゼンティの体を両手で押し返す。初めてゼンティに抵抗したかもしれない。朝から毒を吸われたら本気で動けなくなる。
ゼンティは、やはり子供のように頬を膨らませている。
「ケチだなぁ。朝の一服くらい、いいじゃん」
嗜好品だからってタバコみたいに言わないでほしい。朝から吸いたくなるほどに依存性があるなんて、本当に人毒は魔物の体に悪くないのだろうか。
しかしこの様子だと、王子センティの人格が出ていた事には気付いていない。
(センティの言ってた『妹を頼んだよ』って……ヒメちゃん?)
いや、子犬のようなヒメは魔物の方のゼンティの妹だ。という事は、王子センティにも妹がいるのかもしれない。
リィラがぼんやりとベッドに座って考えていると、ゼンティは軽快に起き上がって服を着始めた。
白のシャツに黒のベスト。さらに襟元をヒラヒラとした白いジャボで飾ると、完全に貴族衣装に身を包んだ王子様……いや、王様が出来上がった。
「少し休んだらリィラちゃんも着替えて来てね」
ゼンティは満たされた笑顔と共に一人で寝室を出て行ってしまった。
裸のままでベッドの上に置いていかれてしまったリィラは、両腕でぎゅっと自分の体を抱きしめる。
(どうしたらいいの……私は、もう……)
もうこの体は、ゼンティの子を孕んでしまうかもしれない。身も心も完全に逃げ道は塞がれた。
ゼンティを愛してしまえば楽に生きられるのだろうか。しかし、餌でしかないリィラをゼンティが本気で愛するとは思えない。
「……おい」
「……? きゃぁあああっ!?」
気付けばベッドの横に金髪の男性が立っていたので、リィラは思わず大声を上げた。驚いたのではなく、自分が裸だったからだ。
リィラ反射的に毛布を引っ張り上げて全身を包んだ。改めてよく見たら、その男性は黒いスーツ姿の近衛兵・アレンだった。
「あ、アレンさん、どうして、ここに……いつの間に……」
「着替えを持ってきた」
相変わらず無表情・無感情で短い言葉しか話さないアレンの片腕を見ると、確かに白いドレスらしきものを抱えている。
だが、アレンは近衛兵であって執事ではないはずだが。
「そういうのって普通、メイドとか女性の仕事なんじゃ……」
「……? そうなのか。次からはそうしよう」
一番の問題はそこではなく、リィラが全裸である事なのだが……アレンは天然なのだろうか。
よく考えたら、餌で家畜扱いの自分がメイドにお世話されるというのも変な話であった。
着替え終わって部屋を出ると、正面は広々としたホールになっている。大きな窓からの自然光で、朝は明るく開放感がある。
窓際のソファにゼンティとアレンが並んで座っていた。リィラを待っていたのだろう。
リィラが近付くと、ゼンティがニコニコと子供のように微笑んで迎える。
「これからヒメの散歩だから、リィラちゃんも一緒に行こう」
「ヒメちゃんの散歩?」
ソファに座るアレンの膝の上にはヒメが乗っていた。子犬サイズだし大人しいので、ぬいぐるみを抱いてるようにしか見えない。
しかし散歩に行くとは、ヒメは本当に犬みたいだ。ゼンティの魔物の姿は巨体の熊に似ていたが、歳の近い兄妹なのに差がありすぎる。
「私も一緒に行っていいの?」
「リィラちゃんは僕の携帯食だからね。ついでに外で朝ごはんを食べよう」
あぁ、そういう意味か……とリィラのパープルアイが燻んだ。
嗜好品、餌、家畜、携帯食……ゼンティに食べ物扱いされるのも慣れてしまった。
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