青井の献身的な世話の甲斐あって3日も経つとつぼ浦はすっかりいつもの調子を取り戻していったが、食欲だけはまだ変わらないままだった。
「ねぇもうちょっと食べて、お願いだから。」
「もう腹いっぱい、入んねぇすよ。そんな事より今日このゲームやろうぜ!」
「そんな事じゃないんだってば…熱測った?」
「もう平熱すよ、大丈夫だって。」
「いつもの半分も食べられない状態の事を大丈夫とは言わないの。やっぱり1回病院で診てもらおう。」
「いや病院は行かないって、こんな元気なヤツ来たってあっちも困るだろ。」
「だから元気じゃないだろって…お願い、つぼ浦が心配なんだよ。俺の為に行ってくれ。」
「……分かったすよ。」
真剣な眼差しで真っ直ぐ見つめられ懇願されてしまうと流石に断れない。アオセンの為なら、と仕方なく了承した。
「じゃあ準備するか、アオセンは仕事でもしててくれ。」
「え?俺も一緒に行くよ。」
「いやガキじゃねぇんだから。1人で行くすよ。」
「ダメ、まだ1人にはさせられない。てか外出るのは平気?怖くない?」
「…大丈夫だと思う、たぶん…」
「そんなんじゃ尚更だ。準備しよ。」
ウィルに診察されたが特に悪いところは見つからず、一通り詳しい検査をしてみようとなった。
「こんなに検査すんのかよ、大袈裟だぜ。」
「食欲不振は様々な病気の原因になり得ますからね。」
「これどんぐらい時間かかるすか?」
「そうですね…結果が出るまで、余裕を持たせてトータルで3時間見て頂ければと。」
「あーじゃあ青井先輩にちょっと言ってくるす、先帰っててもらお。」
「説明した方が良いでしょう、こちらにお呼び頂けますか?」
診察室にもついて来ると言っていたが説得してロビーで待たせていた青井を呼び出した。
「え、3時間?その間つぼ浦1人?」
「ウィルさんがいるじゃないすか、大丈夫すよ。アオセンは先帰っててください。」
「検査自体は2時間程で終わるかと。検査結果が全て出るまで待って頂く時間が1時間程度ですね。」
「検査に俺も一緒について行くのってできないすか?」
「内容によっては検査室には1人で入りますが、部屋の外で見守って頂くぶんにはもちろん構いませんよ。」
「いやいーってば!もう帰ってて!なんかあったら電話するから!!」
つぼ浦が困った顔をしながらグイグイ背中を押して診察室から追い出そうとする。
「…分かったよ、帰るから。じゃあよろしくお願いします。」
そう言って診察室を出たが当然帰る気はさらさら無く、引き続きロビーで待つ。タイミングを見計らって何かあったら教えてとウィルにこっそり伝えた。救急隊員達と話したりテレビを見たりして過ごしているとほぼ時間通りに声をかけられる。
「つぼ浦さん、検査全て終わりました。軽い脱水症状が見られたので今は一応点滴を打っています。病室は入って構わないですよ。」
「ありがとうございます。検査結果はまだですよね?」
「今出ているまでの結果では、特にこれといった原因は見当たらないですね。」
「そうすか…ウィルさん後で相談させてください。」
「ええ、私に助言できる事でしたらもちろん。」
言われた病室に入ると暇そうに天井をボーッと見ていたつぼ浦がゆっくり視線を青井のほうに向けた。
「あれアオセン?なんでいるんすか。」
「検査は2時間で終わるって言ってたから来てみた。1人で平気だった?」
「全然平気、疲れたけどちょっと面白かったし。」
「へぇ、面白かったの?まぁ良かったよ。」
もう大丈夫か、と安心しながら頭を撫でると手を差し出してきたので指を絡めて握った。
「なに?寂しかった?」
「別にそういう訳じゃねぇし…」
「頑張ったな、なんかご褒美あげよう。何欲しい?」
「いらねぇすよ、いつまでもガキ扱いすんな。」
「それぐらい繊細で弱ってたって事だよ。点滴どんぐらいで終わるって?」
「30分ぐらいって言ってた。」
雑談しながら頃合を探り椅子から立ち上がった。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる。」
「うーす。」
つぼ浦にバレないよう診察室に向かう途中神崎とすれ違ったのでつぼ浦気にかけてくれと声をかけておいた。ウィルに自分のサポートは正しいのか、今後どうしていくべきか相談する。
「アイツ食欲無くなった原因とか言ってましたか?」
「胃が小さくなったと仰ってましたね。やはり思い当たる原因が?」
「やっぱり言ってなかったか…まぁちょっと1週間ぐらい前に色々あってトラウマ抱えちゃって、そこからすね。俺が一緒に病院来たのもそういう事情で。今はもうほぼ落ち着いたんすけど食欲だけ戻らなくて。」
「身体的な、というよりは精神的な面ですか。つぼ浦さんはどんな様子でしたか?」
ここ数日の様子を伝えると確実に良くなっていってるという言葉を聞き心底安堵した。完全に元気を取り戻すにはどうすれば良いかと問いかける。
「つぼ浦さんが望むのであれば少しずつ日常に戻っていっても良いかと。お仕事柄難しいとは思いますがサポートしながら無理のない程度で。」
「早く仕事したいとは言ってるすね、まぁこれも心配かけさせないように言ってるんだと思うけど。」
「その「心配かけてしまっている」という思いが重荷になってしまっている可能性もあるので、警察として活躍されている所をしっかり見て褒めたり、頼ったりすると良いかもしれませんね。…検査結果が全て出ました、つぼ浦さん連れて来て頂いて良いですか?」
「毎度思ってるが神崎はなんでコック帽被ってんだよ。」
「これは大型対応服だ。」
「お前は大型現場で料理作るのか?」
「んな訳ねーだろwつぼ浦はいつもいつもあー言えばこー言うな、そんな元気なのになんでここにいるんだよ。」
「俺だって帰れんだったらさっさと帰りてぇよ。」
病室の前に来ると外までギャーギャー言い合う声が聞こえてくる。クスクス笑ってから扉を開けた。
「お前ら病院なんだからもうちょい静かにしろ。つぼ浦検査結果出たって、行こ。」
診察室で点滴を抜き結果を聞いたがやはり特段悪いところは見つからず、食欲亢進の薬を処方され病院を出た。
「やっぱりなんも無かったじゃないすか、だから大袈裟だって言ったのに。」
「でも大きい病気とかじゃなくて良かったじゃん、安心した。」
「…アオセンがそうならまぁ良いか…」
「家着いたらちょっと周り散歩しない?久しぶりに外出たし。」
「そっすね、ずっと病院から出らんなかったし気分変えてぇ。」
車から降りると手を繋ぎ、秋の香りを感じる風に吹かれながら海沿いの道をゆっくり歩いた。聞くとやっぱり早く仕事がしたいと言うので明日出勤してみるか…と悩みながらも心に決めた。
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