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その夜、蓮司は何も訊かなかった。
日下部の前であんな嘘を吐いたのに、咎めもしないし、からかいもしない。
ただソファに座り、薄く笑いながら缶コーヒーを弄っていた。
──それが逆に、恐ろしかった。
「……今日、来ないかって思ってた」
遥がそう呟いたとき、蓮司は缶のフタをカチリと鳴らしただけだった。
「来ないほうが、面白かった?」
「いや。来たほうが、もっと面白い気がして」
それだけ言って、無言のまま指を伸ばしてきた。
拒まなかった。
拒めなかった。
いや──
「“彼氏”って、言ったんだから」
遥は、自分の中にその台詞を置いて、行動の理由に変えた。
蓮司に言ったのではない。
ただ自分の脳内で、反響するように繰り返した。
“だから、これは嘘じゃない”
“これは、演技だ”
“これは、俺が言い出したことだから”
そうやって自分を納得させた。
でも、蓮司が背中に触れた瞬間、
喉の奥に残っていた微かな言葉が、不意に脈打った。
──「それでも、生きてた」
玲央菜か、日下部か、もう誰の声だったかも分からない。
ただその言葉が、皮膚の裏側で何かを撫でる。
(生きてた、から?)
(……こんなことしてるのが、罰?)
蓮司の手は優しかった。
けれど、それが一番“無関心”を際立たせた。
まるで、「壊れてもどうでもいいもの」に触れているような。
(それでいい)
遥は自分に言い聞かせる。
(それでいい。これは嘘だから。俺が言い出した嘘の、“辻褄”だから)
でも。
自分から差し出した唇が、
自分の意思で脱がせたシャツが、
すべて“義務”に見えた瞬間、
演技と現実の境界が、ふっと溶けた。
そしてその“溶けたこと”に、自分が気づけない。
──これが“愛されてるふり”なのか
──それとも、“捨てられる練習”なのか
もう、わからなかった。