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蓮司の部屋。静かで、冷たい色の照明。
遥はソファに腰かけたまま、手元のスマホを見ているふりをしていた。画面は暗い。何も映っていない。
蓮司は水を持ってきて、無言で遥の前に置くと、そのまま向かいに腰を下ろす。
「で?」
飄々とした声が、わずかに浮ついていた。
「おまえ、ほんとにあんなこと言うと思ってなかったけど」
遥は何も言わない。ただ、指先でコップの縁をなぞる。
「──“こいつと付き合ってるから”ってさ」
その言葉の最後に、微かな笑いが混ざる。
だが、その笑いはいつもの無表情な軽口ではなく、どこか熱を孕んでいた。
「なに? “好きだから”ごっこ? それとも、日下部から守ってやったつもり?」
遥は、ふっと息を吐いた。
感情の色のない笑い。
「……なんでもいいだろ、どうせ本気にしてる奴いない」
蓮司は一歩、遥の方へにじり寄った。
「俺はけっこう本気にしたけど?」
「……は?」
「“付き合ってる”なら、いろいろ遠慮しなくていいよなって思ってさ」
そう言って蓮司は、遥の顎に指をかけて顔を上げさせた。
その手つきはまるで、演者に“芝居のきっかけ”を与える監督のようだった。
遥は、ただされるままにしていた。
怒りも、拒絶も、許容も、どれもない。
ただ、「もう、そういうものだ」と納得しているふりをしているような顔だった。
「ほんとに、面白いやつだよな。
自分から“地獄を選ぶ”みたいな顔してさ。……バカじゃね?」
言葉とは裏腹に、蓮司の指先は遥の喉をなぞり、鎖骨を辿って服の縁をつまむ。
何の感情も乗っていない手の動きが、逆に遥をじわじわと追い詰めていく。
シャツをめくられた瞬間、遥の喉がわずかに震えた。
何度もされてきたことなのに──
「“付き合ってるから”」という言葉がついてきただけで、まるで別の重さになっていた。
「……おまえの嘘って、ほんと都合いいな。
誰も幸せにならないくせに、“逃げたつもり”になってる」
蓮司はそう言いながら、遥の脚を押さえつけ、ゆっくりと自分の重みを重ねていく。
遥の目が宙を彷徨う。
「──俺が、選んだんじゃん……」
ぽつりとこぼれた言葉は、蓮司の耳に届いていたかどうかわからない。
だが、その瞬間、蓮司の顔がふっと歪んだ。
「うん。そうだな。おまえが、選んだ。
だから──“これはレイプじゃない”んだろ?」
その台詞に、遥の目の奥がかすかに揺れた。
心のどこかで、
“そんなふうに言われたかったんじゃない”と、
誰に対してかもわからない否定が立ち上がった。
だがもう、言葉にする余力もなかった。
身体だけが、またひとつ、
演技の段取り通りに沈んでいく──。