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#溺愛
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【ファーレン・正門前】
「やはり俺の目の前に、何かが潜んでいる……」
「団長、この霧が晴れない限り、突入するのは危険です」
打つ手がないウィラードは、黒い霧の近くまで慎重に近づく。
探知スキルは使えず、敵の居場所はわからないが、本能と気配は剣が届く範囲に敵がいると伝えてくれる。
だが、奴らにはこちらの動きが全て見えている。そう思わざるを得ない。
「分かっている。この中で戦うのは自殺行為だ……」
「さすがだねウィラード団長、その判断は正しい。だがベルゼアの霧の中では、お前たちに勝ち目はない」
悩んでいると、霧の向こうから、どこかで聞いたことのある。懐かしい声が聞こえた。
その声の主人は――
匠だ――。
「匠殿なのか、それしか考えられん……あっ!!」
「久しぶりですね。ウィラード団長」
黒い霧の中から姿を現したのは、真っ黒な戦闘服に身を包む匠の姿だ。
別れた時より精悍な顔つきで、目は鋭い。だが、目の下にはクマがあり、疲労感が出ていた。その余りの変わりように、ゴクリと唾を飲む。
「元気だったか、心配していた。無事ならいい」
「俺は今、魔王軍の総司令です。ここからは武人同士の話し合いになります」
「……何があったのだ匠殿。 聞かせてくれないか」
ウィラードには、匠が魔人族領で何を経験したのか知る由もない。
だが、その過去は今の匠にとって、すでに終わった話だった。
かつてのよしみから刃は交えず、匠は懐から一本の書簡を取り出して差し出す。
「今すぐにミラードに渡してくれ。了承すれば、ファーレンから手を引く」
短い言葉のやり取りだったが、ウィラードには十分に伝わっていた。
去り行く背中に「あれは虚偽の結婚だ」と叫んだとしても、今の彼は受け入れないだろう。
そもそも魔王軍を率いて侵攻をしている現状を考えれば、個人の恨みだけで動くわけもない。
「最悪だ……全てが悪い方へと導かれている……これでは、もはや止められん……」
ゴーレム、大悪魔召喚、そして偽りの結婚。すべてが最悪の形で繋がってしまった――。
※※※※※
【フィルモア城・ミラードの執務室】
「ウヮハハ!!何と、あのレベル1の匠が魔王軍の総大将だと、これは愉快だ!」
「ミラード陛下、軽く考えては駄目です」
書簡を渡されたミラードは一瞥することなく机に放り投げ、敵の大将の名前を聞き、バカにした笑いを吐き出す。
ウィラードが説得しても、剣呑な目つきは変わらない。
そしてファーレンを包む黒い霧の正体を暴くために、パパ・ヤーガを呼び出していた。
考えを改めないミラードに何か言ってやってくれと、ウィラードは目線を送る。
「なあミラード。ファーレンを一夜で落とし、あの黒い霧まで生み出すなど、わしら魔導士が束になっても到底できん。強大な魔力を保持している奴が暗躍しているぞ」
ウィラードは吹き飛んだ城壁を上空から眺め、ほぼ全てが破壊されたと考えていた。
そのことと黒い霧の話をパパ・ヤーガに話すと、彼は即座に計算を始め答えを導き出してくれる。
「レベル1が今回の侵攻の旗振りだと、そんな訳はない。明日まで休戦というなら準備して撃退するんだな」
もうこうなったらミラードは話を聞かない。
ウィラードは諦めの表情を浮かべ頭を下げるだけだった。
パパ・ヤーガも同じように呆れながらも、机の上にある書簡を拾い見る。
「なるほど、軍拡したフィルモアが問題らしいぞ、こりゃ久しぶりの大戦になるようじゃ」
書簡には、ゴーレム、大悪魔ルシファー召喚、などミラードが休戦協定を守らなかったことが原因で、即座に放棄しないと更に侵攻を続けると明記されていた。
猶予は明日の夜明けだ。
「全軍に指示を出して、戦いの準備を始めさせろ。それだけだ」
頑なに助言を聞かないミラードは、早く下がれと言わんばかりに、ヒラヒラと手の平を動かしていた。
※※※※※
【ファーレン・高級宿】
ファーレン侵攻当初、激しく混乱していたが、一応の落ち着きを取り戻していた。大人しくしていれば害を与えないと宣言したことと、人狼のランドルフが警備兵の殆どを倒したことで、住民は諦めるしかなかった。
「ウガァァァァ!」
街を掌握した匠は、高級宿に入り疲れを癒していたが、魂を削った影響が再燃して、ベッドの上で匠はもがき苦しんでいた。
「匠様ぁぁ、代償に十年……いえ、もう少し削れましたかねえぇぇ、このまま進行を続けるのであれば、あと10回ほどですかねえぇぇ」
「グハァ!構わない……ミラードを屠ることが出来ればそれで満足だ」
復讐に燃える匠は苦痛に喘ぎながらも、決意は揺るがない。
その強い信念と純粋な復讐心に、アビルゲイは恍惚とした笑みを浮かべる。
「あぁぁ、なんと美しいのでしょうぉぉ、これほどの心の震え、堪りませんねぇぇぇ」
「趣味が……悪い……悪すぎだぞ」
苦痛に喘ぐ目の前で、恍惚な微笑まれれば、さすがの匠も殺気を滲ませる。
歪む顔に、殺意が混じり始めるとアビルゲイは全身を大きく使い、大ぶりな所作で深く頭を垂れて膝をつき、服従の姿勢を示した。
「それは失礼しました。お礼としてドレインタッチでその苦痛を和らげてあげましょう」
「ああ、助かった……だが、礼は言わないぞアビルゲイ」
アビルゲイは苦しむ匠の背中に両手を当て、生命力を分け与える。
すると途端に顔色が良くなり、苦痛に歪んでいた表情が和らいでゆくのだった。
※※※※※
【翌朝・商業都市ファーレン】
翌日、時間になってもミラードから返事が来ることは無かった――。
「ミラードから返事は来ませんでしたねぇぇぇぇ」
「ああ、想定済みだ。さあ、今日中にフィルモアを落とそう」
匠が考えた電撃作戦が先行させたベルゼアの誘導によって、幕を開けようとしている。
突然魔法陣が光はじめ、単身、匠はその中に消えていく――。
【フィルモア城・転移魔法陣】
早朝の早い時間、場内の転移魔法陣には人影がなく、静まり返っている。
突然、魔法陣が光り輝き、真っ黒の戦闘服に身を包む匠が姿を表す。
「さて、終わりにするとしよう――」
我が囚われし力を解放する――。
魂を削ることに躊躇しない匠は、また蘇りの指輪を使い、制限されている力を解放した。
「 ――出雲神速剣・七の形『空《く》う』
まず初めに匠が狙ったのは、魔法士が待機している宿舎だ。
近衛騎士団の宿舎は反対側にあり、ぶっ壊すには城ごと叩き切るしかない。だがそれではミラードを目の前で屠れないので狙いはしない。
ドギャァァァァ――ン!!
斬撃の衝撃波は凄まじく、城を大きく揺らし、宿舎は木っ端微塵に破壊される。
「さて次は、花道だな」
ドギャァァァァ――ン!!
残された時間はわずかだ。ギリギリまで匠は斬撃を次々と繰り出す。
次に狙ったのは正門へと続く城壁、東西の通用門、そして魔道機関がある城後方を抉るように斬撃を繰り出した。
「はぁはぁ、流石に魔力が尽きそうだ――」
「匠様、お迎えにあがりました」
隠蔽魔法を解除したベルゼアが突如現れる。
そして、匠に肩を貸し、引きずられるように転移魔法陣へと向かい、光の粒子となって消えた――。
「まさか、今の黒服……タクちゃんなの」
斬撃の爆発音を聞いた華菜はもちろん飛び起きた。
窓ガラスが飛び散り、城内は地震のように揺れ、天井から降り注ぐ落下物を避けながら、おぼつかない足取りで原因を探していた。
そして転移魔法陣がある広場を望むと、消え去る黒服を目撃したのだ。
「タクちゃん……本来の力が戻ったんだね……けど……許してくれるかな」
魔王軍の侵攻という現実よりも、あの黒い背中が匠だったという事実が、華奈の胸を締め付けていた。
嬉しい気持ちが湧き上がる反面、嘘の裏切りを許してくれるか正念場に立たされ、暗い気持ちがだんだんとせり出てきてしまう――。
【ミラードの寝室】
「わ、わわわ……なんなんだ、これは一体なんだ……」
返事を出さなかった結果が、斬撃の爆発音で飛び起きるとは思ってなかった。
城が幾度も大きく揺れ、ミラードは初めて地震を経験したらしく、ベッドの脇で震えていた。
「ミラード陛下、奇襲です。すぐに着替えてお逃げください」
近くで寝ていた執事は、パジャマ姿のまま現れる。
彼もまた恐怖で顔が引き攣り、それでも職務を全うしようとしていた。
「待機中の魔法士はどうなったんだ。奴らが対応すればいい」
「それが、宿舎ごと潰され、今は救助作業中なのです」
「第三近衛騎士団を緊急招集だ!」
フィルモア城に残る戦力は、第3と普通科連隊だけだ、第一は現場で夜を明かし、第二はファーレン奪還の為昨晩のうちに移動していた。
そして第三は、ファストワイバーンの飼育場近くの宿舎に移動していたので、被害を免れていた。
「陛下、正面と、東西の門が全て破壊され、城の結界が霧散してしまいました」
「これが、匠の答えなのだな、至急華奈の身柄を拘束するんだ」
ミラードが即座に思いついたのは、匠の弱点である華奈を使うつもりだ。
だが、自分が起こした愚策によって、そんな手はもう通用しない。
「報告します。待機中の魔法士は、ほぼ全滅。バキ・ラカンに数千の魔王軍が姿を現しました!」
「ふむ、慌てるな。ゴーレムを出して蹴散らすのだ!」
(来い来い、此方にはまだまだ隠し球がある。そう簡単に落とせると思うなよ)
悪辣な王は、自分が勝てると信じているのか、下卑た笑みを浮かべている。
しかし、その笑みが消えるまで、もう長い時間は残されていなかった――。
コメント
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おお、第81話…匠が魔王軍の総司令として戻ってきたか。ウィラードとの再会シーンは胸が熱くなったよ。でも目の下のクマとか、疲労感とか、彼が背負ったものの重さが伝わってきて切なかった。 ミラードが相変わらず話聞かないの、イライラするな…あの態度が全てを悪くしてるのに。華奈が匠の背中を見つめるシーン、複雑な気持ちになる。「許してくれるかな」ってのが刺さるわ。 匠の「終わりにするとしよう」からの連続斬撃、めっちゃかっこよかった。魂削る覚悟もヤバい。次が気になる〜続き楽しみにしてる!