テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第7話『正義の証明』
時計の針が頂点で重なった頃、私のお腹の虫が不躾に鳴き声を上げたのを聞いて、アルトラは隣の家に住むおばあちゃんに、二人分のお昼ご飯を用意するよう連絡をしてくれた。
それからアルトラは自分の腕に巻かれた包帯を眺め、安心したかのようなため息を吐きながら、優しい微笑みを浮かべる。
——そして、ゆっくりと、奴らがどうなったのかを話し始めた。
「あいつら、二人とも軽症だったってさ」
——気絶して救急車で運ばれた高校生二人と、血だらけのアルトラの姿を思い出して、私の身体は硬直する。
軽症……? あんなに血を流して、気を失う程の大喧嘩だったのに……?
恐怖で下唇に噛み付いている私を見て、彼は私が説明を求めていると思ったのか、私が苦手な暴力の話を続ける。
「ちゃんと手加減したから」
「……手加減?」
どう見ても、完全に相手を殺そうとしているように見えた——というより、彼は衝動的に手を上げたわけではないのか。
あんな狂ったような目で私を睨んだのは——私を守るために、暴走してしまったからではないのか。
無意識のうちに不満な表情を浮かべていた私に、アルトラはまるで弁明でもするかのように、慌てた様子で身振り手振りを交えながら語る。
「ほら、急所は狙ってない、骨も折らないように『壊れにくい』所を狙って殴ったし……大外刈りで後頭部から落としたのはヤバイと思ったけど……」
「——その後で、倒れた相手を蹴り飛ばしたのは?」
「『キツケ』のためだよ——反応が無かったから、マズイと思って」
アルトラは、暴力を語る。
——まるで、スポーツの話でもするかのように。
「……ありがとう、アルトラ」
私の理解は追いつかず、とにかくアルトラが『必要最低限』の暴力で私を助けてくれたということにして感謝する。
——しかし私は、暴力を肯定されて喜ぶアルトラに、なんとも言えない、モヤモヤした気持ちを覚えた。
私が感謝しているのは彼の力に対してではなく、彼の気持ちと行動に対してだ。
——だがその行動とは、やはり暴力であり、彼はそれを誇りとすら思っている節がある。
そしてその気持ちが、私を救いたいという純粋なものではなく、喧嘩という名のスポーツを行うための『大義名分』でしかなかったのなら……?
私の感謝に『分かってくれたか』と言いたげな顔で嬉しがる彼に対して、私は言いようのない不快感のような……救われた側とは思えない程に身勝手な気持ちを抱く。
——私のヒーローが、暴力を望んじゃ、駄目でしょ。なんて。
……何を伝えれば『暴力』を否定し彼の優しさを肯定出来るのだろう。
——何を伝えれば、彼を『理想のヒーロー』に出来るのだろう。
「……ねえ、アルトラ、暴力はもうやめて欲しい」
率直な言葉でそう言うと、彼はキョトンとした顔で「なんで?」と問いかける。
そんな彼を、私は試すように答える。
「だって、暴力を振るえば、またアルトラが悪いって言われちゃうし、アルトラだって本当は暴力なんて振るいたくないでしょ……?」
すると、彼は『なおさら理解不能だ』といった反応を見せた。
私は、そんな彼に——少し失望した。
「暴力って、タイミングじゃないの? それが許される場合と、そうではないことがあって、今回は許される場合だったから——だから暴力を振るったんだけど……」
「つまり——私をダシに、暴力を振るったの?」
「違う、そうじゃないけど……」
「矛盾してる」
——彼の考えは矛盾している。
彼は確かに過去の暴力事件に後悔があり、確かに暴力には極力頼らないようにしているはずだ。
そうでなければ——喜んで暴力を振るう、噂通りのアルトラなら、奴らを無視して逃げようとするなんてことはしないだろう。
なのに何故、さも『機会さえあれば暴力を振るう』といった態度を見せるのか。
——何故、ヒーローらしからぬ態度を取るのか。
「リン、確かに暴力は良くないことなのかも知れないし、野蛮で危険なことなのかも知れないけれど、時には必要になる行為だって、君なら分かっているはずだろう」
……つまり、アルトラは暴力を肯定はしないが、手段として持つべき力なのだと言いたいのだろうか。
機会が来たなら暴力を『振るわなくてはいけない』と、そう考えているのだろうか。
——そもそも彼の中には『仕方のないこと』を選択するのもまた『正しい』という考えがあり、それ故に彼は、彼を否定するみんなを、決して否定はしない。
「みんなが僕を避けるのも、僕が暴力を振るうのも、リンがそれを否定するのも、全部みんなが『正しい選択』をしてるからそうなっているだけ」
まるで哲学の話だ。
つまりアルトラは、私が彼に望むものを、与えてはくれない。
——それが彼にとって『正しい選択』でないのなら。
「昔、友達だった奴から教えられたんだけれど、人間はみんな自分にとって『正しい』選択を繰り返して衝突するものなんだ、って考えた人がいたらしくて、ルールや正義なんてものは、そもそも誰かにとっての『正しさ』を制限する為のものに過ぎないんだってさ」
確かにそうかも知れない、皆がみんな、好き勝手に自分の『正しさ』に従ってしまえば、私たちはきっと、無限に『闘争』を繰り返して、きっと無限の暴力に陥る。
「だから『普通の人』はルールに従って生きるべきで、そうしていれば安全で快適に生きていられる——でも僕は違う」
アルトラは諦めたかのようなため息を吐いたあとで、何も言い返せないまま、ただ彼の意見に集中する私を見て、話を続けた。
「バカヒロのせいで敗北した僕は、『普通』であることを許されなくて、何かを守るためには、『ルールや正義の外の人間』として戦うしかないんだ」
優しく諭すように、そう説明する彼の目には、どうやっても隠しきれない寂しさのようなものが滲んでおり、その目は今までどれほどの人に見捨てられてきたのかを物語っているかのようだった。
「だから、リンも……この機会に僕やあいつらとの関わりを断ち切るのが正解だって、本当は分かっているはずだ」
そうやって、私がアルトラを利用するだけして捨てたとしても、彼はそれを正しい選択として、きっと許してしまうのだろう。
私とアルトラの『正しさ』は別で、当たり前のように受け入れてきた、暴力という『間違い』は正されるべきという考えは、彼の現実には通用しない。
——そして同時に、彼の『正しさ』もまた、私の現実には通用しなかった。
「……それでも、私はあなたが正義だと信じる」
彼の考えも、行動も、彼の立場からすれば正しく、むしろ彼はそれでも一人で罪を背負い、強く生きようとしている。
ならば私がやるべきことは、彼から暴力を奪うことではなく、彼が暴力に頼らなくても済むようにすることなのだろう。
——私のヒーローが、過去を泣かなくて済むように。
「私は、私の《正義》に従って、あなたをそこから救ってみせる」
——そして、私たちの正義を、証明してみせる。
彼と目を合わせて、私はそう宣言したのだった。
お昼ご飯をごちそうになりながら、私はずっと考えていた。
彼を救うために、むしろ今回の暴力事件は利用できるのではないか、と。
アルトラがみんなから避けられる理由が『善良な一般人を殴った』という噂にあるのなら。
今回の『私を救うために高校生達と戦った』という事実を利用して、過去の噂を『淫行教師の成敗のために戦った』という噂で書き換えてしまえれば、みんなが彼を再評価してくれるのではないか。
そんなことをずっと考えながら、彼の祖母が作ってくれた手料理を頂きつつ、その噂を流す手段について考えていた。
——そして、私にとっての『最適解としての正解』を導いてしまった。
「《正義の証明》と……」
食事中に私がそう呟くと、アルトラは「なにそれ」と箸を止めて質問する。
まさか口に出ていたとは思わず、慌てて自分が『どちらの計画』を漏らしたのかを確認し——ひとまず安心する。
「……アルトラの過去の噂について、その動機と背景を説明出来たなら、みんな考え直してくれるんじゃないかなって」
平静を装い、サンマの身をほぐしながら、私はアルトラに計画の内容を話す。
——嘘は吐いていない。
彼をみんなのヒーローに押し上げる計画、それが《正義の証明》で、私は彼を守るために、この計画を進めるのだから。
「……でも、どうやったらみんなに聞いてもらえるか分かんないから、どうしようかなって」
クラスメイトたちはアルトラの話をしたがらない——まして、既に避けられている私が話すのを、誰が聞いてくれるというのだろう。
——そんな手詰まりに見える状況に、彼は意外な提案をする。
「それなら、学校掲示板は?」
……なるほど、それなら夏休みが開ける前に着手出来るし、直接話すよりは聞いて貰えそうだ。
そのようないじめの温床を見ても、きっと気が病むだけなので、裏掲示板の存在自体の話は聞いたことがあったが、完全に意識の外に置いていた。
「意外。アルトラって、そういうのには興味ないんだと思ってた」
「まあ、ね。書き込んだことはないんだけど」
アルトラはスマートフォンを取り出し、ブックマークページから『市立中央中裏掲示板』のページを開きながら、そう言った。
ネットサーフィンを行う前に、お昼ご飯を食べ終わり、私たちは各々のスマートフォンで、学校掲示板にアクセスした。