テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
前回「窓」からの続き
【ノアとアグネスは死に戻る前のアグネスが、ヴィクター殿下と結婚するために大聖堂から王城に連れてこられて、短い時間を過ごした王城の部屋の窓を騎士団の演習場にある攻城塔に登って探していると、大量の魔獣が発生したことを知らせる早馬が演習場に来たところと居合わせることとなった。】
早馬で知らせに来た者は、到着から少し時間が経っているものの、まだ息が荒く肩で呼吸をしていた。相当、馬を飛ばしてきたようだ。
「とにかく、演習場長と次長にすぐに知らせろ」
慌てて誰かが受付のある建物に駆け込んだ。
そして、都合の良いことに騎士団本部所属のノアとレオンがたまたま居合わせたことをこれ幸いに先輩らしき者が指示を出してくる。
「お前らは本部まですぐに戻れ!この件を連絡してくれ!」
ノアとレオンの姿をしたアグネスは思わず顔を見合わせた。
今日は休暇で、そしていまからふたりで、アグネスのためのアクセサリーを買いに行こうとしていた。
ノアはアグネスにアクセサリーを贈れることが夢のようだったし、レオンの願いである「アグネスの幸せ」も叶えたい。
そして、アグネスは男性と一緒にアクセサリーを買いに行くという経験がいままでなかっただけに、とても楽しみだったし、ましてやノアに恋してしまったアグネスとしては、ずっと憧れていた物語の一場面のようで期待をしてしまう気持ちもあった。
それが、いまから騎士としての仕事で魔獣討伐だ。
落胆する気持ちをふたりともグッと堪えた。騎士団では自分より上の者の命令は絶対だし、ノアもレオンも騎士だ。出動するのは当然だ。
それにアグネスは先ほどあまりにもの大量の魔獣の発生の事態に誰かが呟いた「聖女は祈っていないのか」という言葉も気になっていた。
死に戻る前のこの魔獣の大量発生の出来事は覚えている。
討伐に呼ばれることはなかったが、いつもなら勉強や労働があったのに、この期間は王都から知らせが来るや否や、大聖堂で朝から晩まで食事も出されることなく祈らされたのだ。
しかし、どれぐらいの魔獣が発生したのかとか、どれぐらい被害が出たのかは全く教えてもらえず、知らないままだった。聞いたところで教えてもらえることでもない。
あの時は、ただひたすら祈った。
「承知しました。すぐ本部に戻ります」
アグネスの隣でノアは落胆の負の感情を押し殺し、無表情で応えた。
それを見たレオンの姿をしたアグネスも応える。
「わかりました。私もすぐにノアと本部に戻り伝えます」
それからすぐにノアとアグネスは本部に戻り、魔獣の大量発生を知らせることとなった。
そのあとは休みで思い思いに休日を過ごしていた騎士たちが半鐘の音であっという間に騎士団に戻ってきて、魔獣討伐に向けての準備が始められる。
討伐は先遣隊が明朝に、本隊は昼に出発だ。ノアとレオンは本隊になる。
騎士団はヴィクター殿下に魔獣討伐の出陣依頼をするらしく、出陣されることになればヴィクター殿下は明後日出発だ。
ヴィクター殿下の出陣は、恐らく到着したらほぼほぼ討伐が終わっており、手柄を横取りしていく算段なのだろう。
きっと、上層部が王族派のご機嫌取りをするためだろう。
ヴィクター殿下の出陣の可能性を聞いたノアは「あいつらしいな」と思わず呟いてしまった。
ただ、魔獣討伐に向けて準備が進む中、その中にセレーネの姿はなかった。
ノアに正体がバレて、初めて迎えるふたりだけの夜。
アグネスはノアと兄のレオンが同室である事実に頭を抱えていた。
騎士団では若手であるノアとレオンは当然のごとく、明日からは討伐だ。だから明日からは野営だが、今夜はこの部屋で寝る必要がある。
レオンの姿をしたアグネスは部屋の中央で、両端にあるお互いのベットを見ては、赤面をしてうろたえてしまう。
ノアはいま、風呂に行っているがそのうち戻ってくるだろう。
「どうしよう…」
「なにが?」
後ろから声がして慌てて振り返ると、ノアは風呂から帰ってきたらしく音もなく戻ってきていた。
アグネスは驚きとともに、ノアが視界に入ると胸が跳ね上がる。
「な、なんでもないわ」
ノアが同室であることに意識がどうしてもいってしまう一方、魔獣発生の知らせを聞いてからずっと気になっていたことが心を曇らせる。
「ノア、いまだけアグネスの姿に戻っても良いかしら?」
「俺だけだから大丈夫だ」
そう言って、ノアはアグネスに返事をしながら、扉の内カギをかける。
カチャと鍵がかかる音を確認すると、アグネスは指輪を外し、レオンの姿からアグネスの姿に瞬く間に戻った。
今朝まではウエディングドレス姿だったアグネスだが、いまは仕立て屋で選んだ外套を羽織り、動きやすいように少し丈の短いワンピース姿で、旅で履くようなブーツを履いている。
アグネスは兄であるレオンの願いを叶えようが叶えまいがあと4日で天に召される。だから死に装束のつもりで選んだ服装だ。
「今日はデートでずっと見ていたけど、そういう庶民の服装も似合っているな。次はドレス姿が…見たい」
最後の方は歯切れ悪くごにょごにょとノアは言葉を濁し、アグネスにはよく聞き取れなかった。
「でも急にどうした?」
洗いたての髪を拭きながら、不思議そうに質問してくるノアは耳が赤い。
「いまからここで少し、お祈りをしても良いかしら?」
真っすぐで真剣な瞳のアグネスに、ノアは少し諦めにも似たような微笑みをした。
「俺が祈るなと言ってもアグネスはするんだろう?」
アグネスはこくりとひとつ頷く。
「昼間の演習場の者の一言を気にしているんだろう。聖女が祈っていないから大量の魔獣が発生しただったか?」
ノアの瞳には少しだけ怒りの感情が読み取れた。聖女に魔獣発生の責任を押し付けるような発言に苛立っているようだった。
「聖女が祈ったところで魔獣は減る訳がないとわかっているのにな。俺は本でも読んでいるから気にするな。いや、一緒に祈るか?」
「ありがとう。ではせっかくだから一緒に祈りましょう」
アグネスは窓に向かって跪くと両手を握り合わせた。じっと見ていたノアもアグネスの真似をして、隣で同じように跪き、両手を握りしめた。