テラーノベル
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だが、庵藤は変わってしまった。
あの時の約束を今さら破ろうとしていた。
俺たちの秘密を暴露すると言い出したのだ。
「もうあの時とは状況が違う、今さらドッキリじゃ済まされないぞ!」
ようやく芽吹き始めてきた俺のキャリアも、このスキャンダルでどうなってしまうか分からない。
何を……何を勝手なことを言ってるんだコイツは!
「恩返し」だと言ってたじゃないか!
ホームレスだったコイツに寝床と飯をあてがったのは俺だ。
売れ始めてからは俺は別にマンションを借りて、このワンルームは庵藤の居室兼配信部屋にしてやった。
至れり尽くせりだろ!
庵藤のチャンネル運営に文句を付けたことも一度もない。
感謝こそされて当たり前だ。
なのに、なんで俺がコイツに手を噛まれなきゃいけないんだ!
怒りと願いの入り混じった声で俺は庵藤に繰り返し訴えかけた。
「考え直せよ! 俺たち上手くやってただろ!?」
なのに庵藤は俺から目を逸らしたまま、吐き捨てるように、
「最悪だ」
そう呟いた。
最悪……俺は、お前と上手くやれてたと思ってたのに、お前は俺をずっとそんな風に思ってたのか?
庵藤は頑なに俺と目を合わせようとしない。
その顔に苛立ちと焦りの色を浮かべながら、酷い貧乏ゆすりと共に恨み言のように呟いた。
「……償いが、必要だ……」
償い? 冗談だろ。
俺は配信の売り上げも半分お前に渡してきた。
七割渡すと言ったのに「半分で良い」と言ったのはお前だろう?
それでも申し訳ないと思って年末には温泉旅行も奢った。
箱根で一緒に豪遊しただろ?
お前と撮った記念写真を俺はスマホの待ち受けにしてるんだぞ?
なんだよ、俺はお前のことをずっと気にかけてきたのに。
なんでそんなこと言われなきゃいけないんだよ。
これは俺とお前で一緒に始めたことだろ……。
庵藤はギラついた目で歯ぎしりしながら、
「俺は、間違っていた、俺の過ちだ!」
そう言って、体を震わせた。
そんなに……そんなに怒ってるのか?
だが、そこからアイツの様子は一変した。
庵藤は俺が持ってきたお茶をグイと飲み下すと、その途端に子供のようにボロボロと泣き出し、大声で叫び出したんだ。
「こんなのもう耐えられない、もう終わりだ! やっぱり間違ってたんだ、全部おしまいだ! 俺がおしまいにする! お前じゃない、このチャンネルの配信者は俺だ! それを分からせなきゃダメなんだ!」
血走った目で狂ったように泣き叫ぶ庵藤の姿を見て、俺の中の血の気がスッと引いていった。
俺はその時、分かってしまったんだ。だから――、
俺は拳を握り固めていた。
「バカヤローッ!!」
俺は思い切り庵藤の横面を張り倒した。
――ドガッ!
庵藤が勢い良く後ろにぶっ倒れ、壁際のラックに後頭部をぶつけた。
「あ痛たたた……」と頭を押さえながら庵藤が俺を見上げる。
「急に何をしやがる」という非難がましい視線を無視して俺は叫んだ。
「自分を粗末にするな!」
「…………!」
「すまん、庵藤。お前の悩みに……俺は気付けなかった」
ようやく俺にも分かったのだ。
庵藤が暴露すると言い出した理由が。
これは不公平感からの叛逆などではない。
自暴自棄だったんだ。
何者にもなれないフラストレーションゆえの自爆特攻テロなのだ。
「今のチャンネル登録者数も配信収入も名声も……本当は、配信者:庵藤圭司のものだった。お前の才能でお前が正当に得るはずのものだったんだ」
だが、それはすべて俺が――若色涼太が掠め取っていたんだ。
かつてはクラスの人気者でキラキラ輝いていた庵藤が、ホームレスに身をやつし、今は俺の替え玉として日陰に生きている。
替え玉である限り、どんなに頑張っても庵藤は何者にもなれない。
そんな日々に、これからの未来に……庵藤は耐えられなくなったんだ。
「だから、お前は何もかも壊そうとした。全てをブチ壊そうとした。そうすれば、その瞬間だけはお前になれるから……若色涼太の替え玉ではない、庵藤圭司、お前自身を見てもらえるから……!」
俺の言葉が図星だったのだろう。
庵藤は不健康な顔色を一層真っ青にして、陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクとさせている。
貧しくたって、腹を空かせていたって、主人公として自分の人生を歩んでいれば人は生きていける。
己の尊厳を保つことができる。
だが、庵藤にはそれがなかったのだ。
仮に配信収入の全てを渡していても庵藤は決して満足しなかっただろう。
人の尊厳とはそれほどに重要なものなのだ。
「けどな。爆弾テロで自爆したって、それで何者かになれたなんて思うのは大間違いだ。庵藤、俺がお前に言いたいことはただ一つ。……自分を大切にしてくれ。きっと、他にもやり方があるはずだ。お前が望む方向に俺も向く。俺はお前と一緒に考えたい」
俺は庵藤の肩にそっと手を置いた。庵藤の血走った目が潤み始め、
「……助……けて……」
一雫の涙が頬を伝った。
俺も……泣きそうになっていた。
今にも涙が零れ落ちそうだった。
恥ずかしくて俺は庵藤に背を向けた。
「ああ、もちろんだ。俺はいつでもお前の味方だ。俺は外で待ってる。一度ゆっくり、気持ちを整理してくれ。それができたら外に来てくれ。その時のお前の結論が今と変わらないなら、それでいい。二人で一緒に考えよう」
「……ま……待っ……で……」
消え入りそうな声が背後から聞こえてくる。
だが、俺は振り返らなかった。
今の庵藤に必要なのは一人で静かに考える時間だ。
これ以上、俺から何か言うことはない。
黙って扉を開く。
弱々しい外灯が照らす薄暗い空間へと俺は身を預けた。
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