翌日、睦月の指揮により、シスターと楽、愛の四人は、身支度を済ませて車を走らせていた。
「で、どこ向かってんの?」
楽は車に乗る経験だけは豊富だった。
退屈そうに、樹々に覆われた窓の外を見遣る。
「今向かってるのはトンネルだ。どうやら、最近死亡してしまった女性が、しっかり成仏できずに彷徨い、人の通りの少ないトンネルで悪霊化してしまったらしい」
すると、白装束に身を固めたシスターは、ファイルから書類を一枚取り出した。
「まだ悪霊による死傷者は0名。目撃情報は男性二人。放置してしまうと、先日のように強力な力を持った悪霊に変異してしまう恐れがあるのよ」
「普通の霊魂ならば祓魔師の仕事なんだが、悪霊となると俺たち異能祓魔隊の出番って訳だ。未だ出現したばかりだから危険性は少ないが、気を付けてくれよ」
車を止めると、睦月は、ン〜! っと伸びをした。
そして、空を眺める。
「それと、楽、愛。ご祈祷の為せるお祓いと言うものを、しっかりと見て、感じて欲しい」
「わーったよ。しつけぇーなぁ」
「ハハっ、サンキューな」
睦月に続き、シスター、その後ろに楽、愛はゆっくりと問題となっているトンネルまで近付く。
「さて、ご祈祷の準備だ。悪霊はみんな苦しんでいる。すぐに成仏させてやろう。シスター、準備を」
「分かりました」
すると、黄金色に光るネックレスを掛け、指輪を、左手の薬指、右手の人差し指へとそれぞれ嵌めた。
「それじゃあ、行こう」
中では、先日の悪評よりも一回りも二回りも小さいが、霊魂とは思えない化け物が小さく佇んでいた。
「別に暴れたりしてねぇし、泣いてもいねぇな」
すると、愛は小さく呟く。
「可哀想……」
「なんだ? 過去でも見えたのか?」
「この人、ずっと探しているの。何かは分からないけど、死んでからもずっと探し続けてる……」
「愛は霊魂の生前の記憶が見られるのか……?」
楽と愛のやり取りに、睦月は目を丸くする。
「そう。多分、これが私の異能力」
「そうか……。なら愛に、祓魔師の仕事は向いてないかも知れないな……。悪霊に堕ちると言うことは、それだけ深い憎しみや後悔を抱いている証拠。生前の記憶が見られると言うことは、酷い人間の記憶をずっと見続けることになってしまうな……」
暫くして、シスターの祈祷の祝詞が唱えられる。
それに続き、睦月は静かに悪霊に近付く。
睦月が静かに行動することも、これからこの地を離れる悪霊への、せめてもの配慮だった。
しかし、唐突に愛は目を凝らす。
「それ以上近付いたらダメ!!」
その瞬間、地面から棘のようなものが睦月に向かって無数にも襲い掛かった。
「なんだっ……!?」
睦月は咄嗟の反射神経で後退したが、擦り傷を負った。
「その人、人の手で悪霊になってる……」
すると、涙交じりに愛は呟く。
「ど、どう言うことだ……?」
「分からないけど……ずっと彷徨っていたところに、二人の男がその人の悲しみを増幅させた……。だから、『人の手によって力を与えられている』」
その言葉を受け、睦月は明らかに顔色が変わった。
「それは多分、異能教徒の仕業だ……! クソっ……だとしたら『貫通』の胃能力の俺では祓うことは出来ない。こう言う時、遠距離可能な桂馬が居てくれたら……!」
その瞬間、睦月の横を勢い良く影が通り過ぎる。
「楽……!!」
楽は、思い切り悪霊に向かって走っていた。
「ハハっ、やっぱりよぉ、知らないことを知られるって、すっげぇ面白ぇ!!」
無数に生える棘を全て交わすと、悪霊の懐へ潜る。
「ご祈祷なんて知るかよ……! 俺が祓ってやる……!」
その間際、悪霊から一枚の札が現れ、楽の眼前で光り輝いた。
「なんだ……!?」
「楽!! 逃げろ!!」
しかし、そんな言葉も虚しく、楽は鎖で全身をグルグルに拘束されてしまった。
「なんだこれぇ……!!」
「それは恐らく、異能教徒の連中の罠だ……! 直ぐに助けるぞ……!!」
しかし、即座に駆け出した睦月よりも、悪霊の放った棘の方が早く、楽の眼前に襲い掛かる。
「オイ、出番だぜ、悪魔……!!」
「仕方ないのぉ、主に死なれても困るからな」
突如として、楽の身体から黒いオーラが発せられる。
その衝撃波で、鎖も棘も、睦月すらをも弾き飛ばした。
「罠なんてヒキョーだぜ。でも、第二ラウンドだ……!」
悪魔を憑依させている楽は、狂気のような顔で笑っていた。
そして、先程よりも圧倒的な速度で悪霊に接近する。
再び、悪霊からは札が現れる。
「人が近付くと発動する感じね。まあ、ぶっ壊せば変わらねぇよなぁ!! ギャハハハハハハ!!」
片腕を振り上げ、眼前の札の効果が現れる前に破壊。
「シスターの “ご祈祷” と、俺の “お祓い” 、どっちがコイツを助けられるか、勝負しようぜぇ〜!!」
すると、声高々に、シスターに合図を送る。
「見てやるよ、”御祈祷” の効果!!」
どうせ何も変わらない、楽は信じて疑わなかった。
目の前の出来事に困惑しているシスターだったが、楽の暴走を見て、咄嗟に祝詞を唱える。
「最後は『解放』と告げてください、楽くん!」
そして、両手を掲げる。
「未だこの地に囚われている魂よ。その身を委ね、汝の道を示しなさい。祓魔院より見届けます。汝、苦しみからの……」
「解放っ!!!!」
パァッと明るくなると、楽は真っ白な世界にいた。
「あ? なんだここ……」
目の前には、綺麗な女性が立っていた。
「あれ、お前がさっきの悪霊か?」
「ふふふ、最後に、私の欲しかったものをくれてありがとう。小さな祓魔師さん」
「欲しかったもの……? 何もやってねぇよ。俺は別に、お前のことを祓っただけだ」
「私の欲しかったものは、“笑顔” 。生前、私はずっと旦那から暴力を受けていた。それでも、私はただあの人に笑って欲しかったの。だから、どれだけ暴力を振おうとも、彼の言う通りに従って来た……」
「馬鹿だなぁ、んな奴、ぶん殴ってやりゃあいいのに」
「うふふふ、貴方みたいに強かったら、私も殴ってしまっていたかも知れないわね。でもね、この世界は、どうしても強い人と弱い人がいる。私の願いは、弱いながらでもあの人を笑わせてあげたかった……。でも、いつしかあの人は、自ら命を断ってしまったの……。きっと、尽くすことだけが私のすべき事ではなかったのだと知った……」
「ふーん、なんかよく分かんねぇ……」
「まだ分からなくてもいいわ。でも、この言葉だけは受け止めて欲しい。私は君に救われた。“ありがとう” 」
そう告げると、視界は元の世界に戻っていた。
「大丈夫か、楽!!」
心配そうに声を掛ける睦月と、ただ茫然と突っ伏している楽。
「今の光景、なんだったんだ……」
「光景……? 何か見えたのか……?」
「なんか、真っ白い世界で、悪霊だった奴の人間の姿と会話したんだ」
しかし、睦月は依然として顔を強張らせる。
「もしかすると、それは楽にしか見られない世界なのかも知れない。俺はそんなものは見たことがない。ご祈祷の力は、悪霊の憎しみを和らぐ力がある。その力と、楽くんの異能『支配』を介し、意識の共有、“悪霊の奥にある意識との会話” に繋がったのかもしれない……」
楽は、ただその場に茫然と突っ伏していた。
「はぁ、これが “ご祈祷” ってヤツの力か。俺も散々霊魂を祓ってきたけど、あんなの見たの初めてだ」
そして、感謝を言われたのも初めてだった。
初めての変な感覚が、楽の身体中を包んでいた。