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パッツンさんから送られてきたであろうメッセージに記載されていた時刻は、日付がちょうど変わる午前0時だった。時刻としては全く違うのに、何故だか僕は逢魔時という単語が頭の中でチラついた。
指定された場所はこの前と同じ公園。それにしても、こんな時刻に高校生である僕を呼び出すとは。人として大丈夫なのかと、いささかの不安を感じざるを得なかった。
「全く。親にバレないように家を出てくるのだって大変なのに。パッツンさん、一体何を考えてるんだよ」
僕は歩を進めながら、そんな愚痴を吐き出す。ハッキリ言って、このメッセージを無視することだってできた。だけれど、僕は行く。行かなければならない。何故なら、確信しているからだ。これは絶対に、心野さんのためになるはずだと。
それに、音有さんが言ってたじゃないか。心野さんが『全てを元に戻したい』と話してくれたことを。だったら僕も協力する。力になってやる。そして、まだそれが何かは分からないけど、心野さんは覚悟を決めたのだから。
そして、僕は到着した。この前とは違い、パッツンさんはすでにいて、ベンチに腰掛けて僕のことを待っていた。
「あ! 良かったあ、ちゃんと来てくれた。待ってたよーん。さあさあ、早くコッチに来てよ、私の大切な但木くふーん」
な、なんかこの前よりも馴れ馴れしさがパワーアップしている気が……。というか、リアルで『くふーん』とか使う人に会ったの、初めてだよ。
それにしても、街灯に照らされてハッキリと見えるパッツンさん。本当に可愛いな。可愛すぎる。でも、不思議だ。前回もそうだったけれど、ここまで可愛い女子を目の前にしたら、緊張して絶対に女性恐怖症が発動するはずなのに。それがない。不思議を通り越して、もはや奇妙だ。
「すみません、時間通りには来たんですけど待たせちゃったみたいで」
「いいのいいのー、私が勝手に早く来ただけだから。それにしても他人行儀だなあー但木くんは。もっとフレンドリーに接してくれていいのよん」
「いえ、その……癖と言いますか。それにまだ、パッツンさんにお会いするのも二回目ですし。いきなりフレンドリーには……」
「えー、なんでまだパッツンさんって呼ぶの? 帰り際に教えたじゃん、私の名前。心野雫だって。雫ちゃんって呼んでいいのよん」
「……分かりました。じゃあ、『ココロノさん』って呼ばせてください」
パッツンさんはちゃんと名前で呼んでもらえたと思うかもしれない。でも、僕にとっては違う。あくまで僕の心の中では『ココロノ』と、カタカナで呼んでいるのだと言い聞かせた。
だって、僕にとっての『心野さん』は一人しかいないのだから。
教室で隣の席に座っている人。すぐに鼻血を出す人。前髪を伸ばして顔を隠している人。ムッツリスケベな人。
そして、僕が恋をした大好きな人。
「うーん、なんでだろ? ま、いっか。仕方がない。今は『ココロノさん』でも。許して差し上げようぞ、あっはっは!」
ものすごい違和感を感じた。僕はちゃんと『ココロノさん』と呼んだはずだ。普通なら、そこに疑問を持たれるはずはない。なのに、まるで僕の意図が伝わっている気がしてならなかった。やっぱりこれは心を読み取られているな。
「あの、ココロノさん。今日はどうして僕を呼び出したりしたんですか?」
「えー、それ訊いちゃう? もーう、但木くんはせっかちだなあ。でも、そういうところも含めて好きになっちゃったんだけどねー」
……は? 好きになっちゃった?
「いえ、あの……ココロノさんと会うのはこれで二回目ですよ? なのに、僕のことを好きになっちゃったって……」
「本当に? 本当に二回目?」
「に、二回目のはず……です」
ココロノさんは僕の顔を覗き込んできた。彼女の唇が、僕の唇に重なってしまう程に、その可愛い顔を近付かせて。
しかし、どういう意味だ? 二回目じゃないのか? もしかしたら僕が忘れているだけで、本当はココロノさんとは何度も会っているのか?
いや、違う。そんなはずはない。
「うんうん。じゃあ二回目ってことにしておいてあげるね。だって私の大好きな但木くんがそう言うんだから。仕方がないよねー。というわけで、但木くん。それじゃ、キスしよっか」
唖然とした。キスだって!? この人は一体何を言っているんだ。どうしてココロノさんとキスをしなければいけないんだ。
「但木くんのファーストキス、もらっちゃおーうっと。あ、ちなみに私も初めてだからね、男の子とキスするの。いやー、ドキドキするねー。但木くん、もっと喜んでよー。心野雫のファーストキスだぞー」
言って、ココロノさんは僕に抱きつき、そして、その可愛らしい顔をゆっくりと近付けてくる。逃げようと思った。避け出そうと思った。
でも、体が全く動かない。
まるで、金縛りにあったかのように、全く。
だが、『彼女』の大きな声を聞いた途端、自然と体の自由が元に戻ったのだった。
「もういい加減にして!!!!」
公園の入口から放たれた、大きな声。その声が、静まり返っていた空気の中で鳴り響いた。それはまるで、警報のように。
声の主は、教室で隣に座っている人。すぐに鼻血を出す人。前髪を伸ばして顔を隠している人。ムッツリスケベな人。そして、僕が恋をした大好きな人。
心野雫さんだった。