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深夜の暗闇の中、季節は夏で夜でもジメジメとした暑さを感じる。山の峠に作られた幾度とカーブがある道路、そこからは鬱陶しい蝉の声と分厚いゴムの摩擦音が響いていた。キャタピラ〔無限軌道〕の音を響かせたその音の正体は戦車だった。
峠の道路を74式戦車を先頭に後方に続いていた90式戦車、計13両の一個戦車中隊が一列になって峠の道路を進んでいた。
戦車中隊の後方からは、傘のような形をしたパラボラ型の砲身を搭載した八輪の装輪戦車、92式メーサー戦車が計3両も続いていた。やがて戦車中隊が停車した。
『CP、こちら第一戦車中隊、配置完了、おくれ』
『こちらCP、了解、絶命あるまで待機せよ、おくれ』
戦車部隊は砲塔を回転させ右に照準を向けた、先頭の74式戦車の長い砲身が外側にあった白いガードレールをはみ出し、向けられた105ミリライフル砲の目の前に広がっていたのは蹂躙された市街地の光景だった。
多くの民家が踏み潰され瓦礫が散乱し、亀裂が入った道路には踏み潰された車や倒れた電柱、倒壊した建物の瓦礫が散らばっていた。
あたりの建物は倒壊してるものもあれば鉄筋コンクリートをむき出した状態、そして巨大な爪痕が付いた建物もあった。まだ町の周囲からは薄く黒い煙が立ち込めている。
その蹂躙され建物の瓦礫が散らばった市街地の中央、巨大な影が車内のペリスコープ越しに映りこむ。
峠に配置していた戦車中隊との距離約三○○○㍍の位置に体長は五○メートル以上、四足歩行の生物、顔周りに角が生え背中にも透明な角が連なるように生えていた。太古の爬虫類である獰猛な肉食恐竜を連想させる見た目をしている。しかし普通の生物ではありえない見た目をしていた。人知を超えた存在、怪獣である。
今から4時間前、「バラン」と呼称された怪獣は山岳地帯から突如出現しその後、山の麓にあった市街地を目指し侵攻を開始した。自衛隊は対戦車ヘリ部隊を展開するも、侵攻の阻止に失敗、結果として市街地の侵入を許し、「バラン」によって蹂躙された。
しかし対戦車ヘリAH-1S部隊がバランの足止めをしてる間に、市街地に避難命令が下され早期的に民間人を避難させる事に成功、人的被害は最小限に抑える事が出来た。不幸中の幸いである。
しかしバランは、自ら蹂躙した市街地の中央でうつ伏せとなり、巨大な鼾のようなものを何度も出しながら活動を停止させている状況だった。
「ぐっすりお眠りのようだ」
車内のキューポラを覗きながら戦車長の田村宗次はそう呟いた。
「作戦開始まで残り三分ですね」
操縦士の宮田洋介がアナログの腕時計を見て言った。時刻は深夜午前一時五七分を回っている。車内の片隅で装填手の木村高次は何度も深呼吸をしていた。
「なんだ緊張してるのか?」
砲手の浜村敦は問いかけた。
「そういえばお前は今日ここに配属された新人だったな、これがはじめての実戦か?」
「はい、そうであります」
装填手の木村は緊張じみた声で言った。
「安心しろお前は訓練通りに弾を装填し続けるだけでいい、それに相手が奴じゃないだけマシだ」
○
戦車中隊と目標がいる町の中間にあるに森林地帯、その森林の中央に広がる小さな平原に一機、大型の可変翼戦闘機が着陸した状態で待機していた。森に囲まれた機体は暗闇と不気味なほどの静寂に包まれていた。
その機体のコックピットの中、三人の乗員がいた。そのうちの一人に腕時計を見つめている男がいた。
「やけに静かですね」
副操縦士の玉城博人が言った。
「もうすぐ騒がしくなる」
すると先ほど腕時計を見つめていた男、機長である核山仁がそう返した。
「ほらな」
瞬間、暗闇が一気に明るくなった。
空中に照明弾が上がり暗闇に包まれていた一帯、瓦礫や倒壊した建物を眩い光が照らす。
そしてその光は暗闇に包まれていたバランの姿を晒しだす。バランは何かを察知したのか瞼を開きゆっくりと起き上がり始める。
バランは背中に積もっていた瓦礫の破片を振るい落とすと、その巨体を向こうの峠に向ける。
峠は暗闇に包まれていた。警戒してるのかバランは鋭い眼光でその峠を睨み付け、唸り声を上げた。
睨み付けていた峠から、オレンジ色の発光が横に連なるように点滅したと思ったらオレンジ色の光が一瞬で迫り、刹那、榴弾がバランの胴体を貫いた。
爆炎がバランを包み、爆発の轟音が響く、放たれた榴弾は容赦なくバランに降り注ぐ。集中射撃を食らったバランは痛みにもがくように市街地を暴れ回り、咆哮を上げる。着弾した部位からは赤い血液らしき液体を流れ出していた。
すると今度は榴弾のみならず、青白い稲妻状の光線が一直線に伸び、バランの横脇腹に命中する。戦車中隊に続いて、後方に配置された92式メーサー戦車が攻撃を開始したのだ。
メーサーが命中した部位からは青白い爆発と火花を散らし、体表には巨大な焼き痕が出来ていた。榴弾とは比べ物にならない威力と衝撃にバランは再び断末魔のような咆哮を上げた。
その咆哮は森林地帯に待機いていた大型可変翼戦闘機にも聞こえていた。
戦車の砲撃音、メーサーが放たれる音、幾度と無く響く爆発音、そして怪獣の咆哮が響き渡る。もはや先ほどの静寂など無かった。向こうの夜空が何度もオレンジ色に点滅していた。
「派手にやってるな」
仁が呟いた。
『ニンジャACP、こちらCP、効果を報告せよ、おくれ』
『CP、こちらニンジャ、メーサー、対榴ともに全弾命中を確認、しかし効果あるも致命傷に至らず、目標未だ健在、おくれ』
上空に展開し威力偵察を行っていた偵察ヘリ「OH-1」が通信で伝える。
『ニンジャ、こちらCP、了解、引き続き威力偵察を行え、おくれ』
『ニンジャACP、了解』
『戦車中隊、こちらCP、おくれ』
『こちら戦車中隊、CP、おくれ』
『戦車、及びメーサーによる射撃を続行、目標を駆逐せよ、おくれ』
『こちら戦車中隊了解、各車自由射撃、目標にありったけの榴弾を撃ち込めッ!!』
『『『了解』』』
機内の通信機からは各部隊から無線が飛交っていた。
『ⅩⅢ、こちらCP、おくれ』
『CP、こちらXⅢ、おくれ』
そして遂に待機しているこちらにも指示が出された。
『XⅢ、離陸されたし、』
「了解」
仁は待ち望んでいたかのように笑みを浮かべなが言った。
エンジンを起動させ、離陸準備を進める。操縦座席に付けられたヘッドアップディスプレイ〔HUD〕が映し出され、暗かった機内は赤い照明に照らされた。仁は操縦席の上部に取り付けられたオーバーヘッドパネルのス
イッチ類を押していく。機体からはエンジンの轟音が響く。
「エンジンの起動完了」
「了解、スーパーXⅢ、テイクオフ」
機体の中部と下方から下向きに向いた排気ノズルが噴射し、機体はそのまま垂直にボバリングしながら離陸した。
十分な高度を確保したら、その後、機体の後方にノズルを向けてそのまま後方エンジンのアフターバンを焚きつかせながら加速しそのまま水平に飛行にした。
飛行したDAG-MBS-SX3(通称スーパーX3)は地上部隊と怪獣が見渡せる上空に展開した。未だに戦車、メーサー戦車による攻撃を続けていた。上空からでも怪獣が苦しみもだえる姿が見えた。
暗闇に包まれた峠からは何度もオレンジ色の弾幕と青白い稲妻状の光線が輝き、怪獣は何度も爆炎に包み込まれていた。
しかしXⅢにはまだ攻撃許可は下りてなかった。あくまでこの機体は峠に配置している防衛線が突破されたときに対処する予備戦力扱いだったからである。CP司令部から下されたのは上空で展開しながらの待機だった。
それに戦況は一方的だった、峠に配置された地上部隊の攻撃を一方的に食らっているバランはただ暴れながらもだえるだけ、峠に近づくことすら出来ない釘付け状態だった。バランの体から出血も確認できる。
いくらあのバランがタフであろうとこの状況が続けば怪獣バランはいずれ力尽くはずだ―――
仁はそう考えていた。このまま状況が変わらなければの話であるが。
怪獣バランに異変が起きた。先ほどまで暴れまわっていたバランが突如静止すると突然未だに砲撃が続いている峠のほうに体を向けたのだ。
怪獣バランは暫く静止した状態となる、その間に榴弾やメーサーが何度も命中する。再び体から血が吹き出た、しかし先ほどまで命中するたびにもだえていたバランは攻撃に動じなかった。
「なんだアイツ、動かなくなったぞ?」
戦車のキューポラを覗きながら砲手の浜村が言った。
「構わん、動かなければただの的だ、榴弾をぶち込んでやれッ!」
しかし戦車長の田村はこの事を気にせず攻撃を指示した。
「おい新人!早く装填しろ!!」
「りょッ了解!」
戦車からは幾度と無く榴弾が放たれた。雨のように降り注ぐ榴弾を浴びながら突如怪獣バランは片方の前足で地面を引っかき始めた。
地面にあった瓦礫を散らばしながら、数回前足で地面を引っかいた後、低く獰猛で獣のような唸り声を上げながら、怪獣の鋭い眼光が目の前を峠を睨んだ。
上空に展開していたXⅢはバランのこのような仕草をコックピット越しで見た瞬間、違和感と僅かな戦慄を覚えた。
「まさか・・・」
バランが一歩前に踏み出したと同時に峠に向け突進したのだ。それもかなりの速度で、地面の瓦礫を踏み潰しながら全速力で。その速度はあの巨体からは想像出来ないほどだった。
「目標がこちらに突っ込んできます!!」
「なんて速さだッ!」
「かまわん、撃ち続けろ!」
戦車は射撃を続行する、無数の榴弾を浴びながら、メーサーが何度も命中しても、それらの攻撃に怯む事無くバランは突進の勢いを落とさなかった。それはまるで死に物狂いだった。地面から砂塵が舞い、散らばっていた瓦礫が飛び散り、踏みつけた地面に亀裂が入った。
そして巨大な駆ける音と地響き、その度に振動が伝わった。
やがて戦車中隊が配置している峠まで一○○○㍍をきった。その瞬間、多数のプロペラ音が上空から響いた。対戦車ヘリAH-1S計6機が戦車中隊が配置している山岳地帯の峠の上空を通過したのだ。
対戦車ヘリAH-1Sは突進してくるバランの目の前に展開すると、両翼に装備された対戦車誘導弾を一斉に発射した。放たれた誘導弾は全弾命中し怪獣バランは爆発の炎に包まれた。
戦車中隊も続けて射撃を加える、対戦車ヘリAH-1Sのミサイル攻撃と戦車中隊の一斉射撃で怪獣は突進の勢いを無くした、やがて動きが止まったバランは容赦ない攻撃に咆哮を上げながらもがき、最後には一際大きい咆哮を上げて怪獣バランは地面に倒れこんだ。
「どうやら俺たちの出番は無いようだな」
その光景を操縦席の窓越しで見ていた仁がそう呟く。バランは地面に倒れこんだまま動かなくなった。
『射撃止め!射撃止め!!』
戦車中隊は攻撃を止めた。怪獣バランは前方の地面にうつ伏せに倒れこんだまま沈黙していた。そのバランに対戦車ヘリAH-1S3機が接近した。怪獣バランの生死を確認をする為だった。
対戦車ヘリAH-1Sはうつ伏せに倒れ沈黙した状態の目標の上空に展開すると、目標に照明を照らしながら慎重に降下していく。
怪獣バランの身体中には榴弾の命中による傷跡とメーサーによって出来たであろう皮膚が赤く爛れた巨大な熱傷の跡が確認でき、大量の出血も確認できた。
バランの口からは巨大な舌を垂れ出し、眼は瞑っている。身体はピクリとも動かず、明らかに脱力してるように思えた。
『CPこちらアタッカー1おくれ、目標の生命活動停止を確認』
だがその時だった、活動を完全に停止し確実に死んだと思われたバランの前足が微かに動いた、しかし至近距離にいた対戦車ヘリAH-1Sのパイロットはそのバランの微かな動きに気づかなかった。
その一瞬の見誤りが、自分の命運を分ける事も・・・
突如倒れていたバランはその巨体で一番近くにいた上空の対戦車ヘリAH-1Sに向かって飛び上がった。
「なっ!?」
パイロットはすぐに上空に上昇して回避行動をとるが、間に合わなかった。上空で間合いは詰められ、バランはその巨大な前足を上空にいる対戦車ヘリAH-1Sに向かって大きく振るった。その刹那、機体に衝撃が走った。
回避が間に合わず振るわれた前足に機体が接触したのだ。
突然の怪獣バランの攻撃により片翼を損傷、その衝撃でプロペラは破壊され折り曲がり、揚力を失った対戦車ヘリAH-1Sは炎上し、何度も回転しながら地面に墜落した。
意識が朦朧とする、墜落した衝撃で気を失っていたパイロットは目を覚ました。耳鳴りが響き頭痛や体に痛みを感じる。後部座席のもう一人の隊員がいた。しかし墜落の衝撃によりすでに息絶えていた。
しかし自分は生きてる、そう安堵した瞬間だった。
獣の唸り声が響いた。それもただの獣の声なんかでは無い、巨大で本能的な恐怖を感じさせる唸り声。
パイロットは唸り声が響く上を向いた。
そして恐怖した、巨大で獰猛な怪獣バランの顔が見下ろすようにこちらを睨んでいた。唸り声からは怒りと殺気を感じさせた。
先ほどまでは上空で見下ろしていたバランの巨体、地上から見ると、いかに人間が小さい存在かが分かる。
バランはそのまま容赦なく、墜落した機体を巨大な前足で踏み潰した。
『うわぁぁぁぁッ!ッ・・・・』
無線から断末魔が響いた、しかし機体が踏み潰され爆散した瞬間、その断末魔はぷつりと消えた。
そしてその光景を見ていた部隊全体に戦慄が走った。
『CPこちらOH、一機が目標の攻撃により撃墜されたッ!!おくれ』
『アタッカー1より全機へ、散らばりこのまま退避しろ!おくれ』
隊長機からの指示により、目標の近くにいた対戦車ヘリAH-1S部隊はすぐさま退避行動に出る、しかし怪獣バランはそれを見逃さなかった。
バランは再び上空に退避する対戦車ヘリAH-1S部隊にその巨体を向けると、バランの体側部と腕と後ろ脚の間にムササビのような薄く巨大な飛膜らしきものを展開した。
そして次の瞬間、バランは飛膜を広げ勢いよく跳躍し、そのまま上空に上昇しながら滑空したのだ。そして回避しようとした対戦車ヘリAH-1S一機を巨大な口を開いて、そのまま空中で機体に食らいついた。
怪獣バランは再び地上に着地すると、その衝撃で地面が震え砂塵や瓦礫が散らばった。
そして、バランの口には、先ほどの機体が咥えられていた。次の瞬間怪獣バランは咥えていた対戦車ヘリAH-1Sをその鋭い牙と顎で噛み潰した。バランの口の中で機体は爆発し、プロペラなどの残骸が散らばった。
怪獣バランは咥えていた潰された状態となったヘリの残骸を吐き捨てた。怪獣バランは口から血を吐き出した。怪獣も度重なる攻撃で身体中から流血し瀕死状態だった。
『全車射撃開始ッ!』
再び戦車部隊に射撃命令が下された。再び榴弾が直撃する。バランは再びもだえる。
そして悲鳴に近い咆哮を上げる。
しかし、怪獣バランは再び跳躍すると飛膜を空中で展開させ、今度は峠にいる戦車部隊に向かって急降下する。
もはや体当たりと言うべき着地だった。その瞬間衝撃で峠の道路に巨大な亀裂が入り、山の一部が崩れた。
『全車、退避しろッ!』
田村が無線で叫んだ。バランと戦車中隊は至近距離、直前には巨大な怪獣バランの顔が戦車を睨んでいた。一台の戦車が後退しようとした時、バランは前足でその戦車を踏み潰した。
その瞬間戦車の砲塔はグニャりと折れ曲がり、戦車はオレンジ色の炎を散らせながら跡形も無く爆散した。
「二号車がやられた!クソッ!」
近くにいた他の戦車がやられた二号車の仇を取るべく怪獣の真横に接近する。
『待て危険だ!退避しろ!』
田村の制止を聞かず、戦車はバランとの距離、僅か15㍍まで接近した後、発砲した。放たれた榴弾は顔面に命中し怪獣バランはもだえながら顔を振るい、一瞬怯んだかに思えた。
「よしッ!やったッ・・・」
その言葉を遮るかのように、バランは前足を大きく振るい、先ほど発砲した戦車3台ごと薙ぎ払った。
飛ばされた戦車は地面に落下しその衝撃で大破した。さらに後方に待機していた戦車に降りかかり激突、その戦車諸共爆発し炎上した。「CP、こちらXⅢ、攻撃許可を求める、おくれ!」
上空に展開しその惨状をXⅢの機内越しで見ていた仁はすぐに無線で攻撃の許可を求めるが、CP司令部から帰ってきた返答は仁の予想を裏切った。
『こちらCP、攻撃は許可できない』
まさかの返答に仁は驚く。
「こちらXⅢ!このままじゃ地上部隊が全滅する!攻撃許可を求める」
仁は再度、無線で許可を求めたが。
『攻撃は許可できない、繰り返す攻撃は許可できない!おくれ』
しかし帰ってきたのは同じ返答だった。
「なぜ許可をくれんないんだ!?地上部隊を見捨てろというのか!?」
『攻撃は許可できない、引き続き上空で待機されたし、繰り返す、上空で待機されたし』
仁はその返答に呆気に取られた。仁はコックピットから地上を覗く、バランが峠で戦車部隊を蹂躙してる様子が見える。しかし中にはバランの至近距離で攻撃を続けて抵抗してる戦車もいた。
地上部隊が必死に戦っているのに、俺らは見下ろすことしかできないのか?・・・―――
仁はもどかしく感じた。未だ戦車はバランの至近距離で砲撃を続けている。いやそうする他無かった。戦車同士の衝突によって爆発炎上し大破した戦車が、後方の退路を塞いでしまったのだ。その為戦車は逃げ場を失っていた。もはや絶対絶命である。
「機長!このままでは地上部隊が・・・!」
玉城が言う。そんなことは仁にだって分かっていた。だが上層部からの許可が無い限り下手に動けない。
しかし、仁は考えるより先に操縦桿を引いた。機体は旋回すると峠で暴れる怪獣の後方に降下しながら接近する。
「機長・・・何を?」
この行動に玉城はまさかと思って聞いた。そしてその予想は当たった。
「冷凍弾、発射用意」
冷静な声で仁が言う。その指示を聞いた玉城は驚く、なにせまだ攻撃の許可は取れてない。
「待って下さい!攻撃許可は出てません、下手をすれば罪に問われますよ!」
玉城は焦りながら仁に強く言うが
「そんな事は承知の上だ」
と反対に仁は冷静に返した。この行動は命令無視、自衛隊法57条に違反する行為である。それを承知で仁は地上で暴れる怪獣相手に攻撃を仕掛けようと言うのだ。仁は地上の様子を眺めながら言った。
「確かに命令無視は厳罰だ、罪に問われるだろう・・・だがここで地上部隊を見捨てて見殺しにするなど、それが一番の罪だ!」
仁の怒号が機内に響いた。
「ここでやらなければ航空支援、俺たちのいる意味が無い。なら命令に従って地上部隊を見捨てるより、命令を無視して地上部隊を救って、その後牢にぶち込まれた方がマシだ。全責任は俺が取る!」
それを聞いた玉城も覚悟を決めたのか。静かに「了解」とそれだけを返した。
砲撃音が響く、105㍉ライフル砲からは火花が舞う。轟音と共に放たれた榴弾は至近距離の怪獣バランの顔面に直撃した。爆発した痛みか怪獣はもがく素振りを見せた。
「クソッ、いつになったらくたばるんだよ!」
車内で浜村がそう叫ぶ。
「落ち着け!とりあえず攻撃を続けろ!奴は至近距離、格好の的だ!奴の顔面に榴弾をぶち込め!」
田村がそう指示する。田村たちが乗っている戦車のほかにその後方に残った四台の戦車は以前、バランの至近距離で砲撃を続けていた。
バランは砲撃をしていた戦車部隊に振り向くと巨大な口を開き巨大で鋭い牙を見せ、残りの戦車に食らい付こうと巨大な顔面が突っ込んできた。田村と乗っていた乗組員はその瞬間、死を覚悟した。
その寸前だった。突然バランの背中が青白く爆発したのだ。食らい付こうとしたバランは背後からの突然の攻撃に驚いてる様子だった。
「何が起こった?」
当然、田村も突然の事で理解できなかった。突然周囲が静寂になった。
田村は戦車の上部ハッチを開けそこから上半身を出して周囲を見渡した。上空から戦闘機らしきのエンジン音が響く、そして怪獣の背後から降下して近づく機影が見えた。その機影は戦闘機にしては一回り大きく、特殊な形をした可変翼戦闘機の様だった。
「冷凍弾命中を確認!目標に効果あり!」
「よし、再度冷凍弾発射」
再びXⅢの両翼から二発の冷凍弾が発射リリースされた。直線に伸びる白く光る二本の弾道は怪獣の背中に命中し再び青白い派手な爆発を起こした。戦車の上部ハッチから身を乗り出していた田村に冷気のような冷たい爆風が覆う。バランの背中に生えた透明な角が砕かれる瞬間を見た。
突然の奇襲を受ける事となった怪獣バランはすぐさま後方を振り返った。こちらに一直線に近づいてる戦闘機がいる事にバランは気づいた。
「よし、奴が反応した!」
仁の狙いは怪獣バランを陽動する事、その為まずは攻撃で怪獣バランの気を引き、こちらの存在に気づかせる。
同時に仁は操縦桿を回し、怪獣の目の前で機体を左に旋回させた。バランは戦車への興味を無くし、狩るべき狙いをXⅢに切り替えた。
爬虫類のような鋭い眼差しを向け、怒り狂ったかのような咆哮を上げた。バランは跳躍すると飛膜を展開させ上空のXⅢに突っ込んだ。狙い通りにこちらに食い付いた。
だが誤算があった。
「コイツ想像以上に早い!このままでは追いつかれる!」
玉城が言った。予想以上にバランの上空での速度が速かったのである。XⅢは加速するも間に合わなかった。巨大な口を開き、XⅢに食らい付こうとする。
「お前ら!よく掴まっとけ!」
仁が叫んだ。怪獣バランが噛み付こうとしたその直前、機体を左縦85度に勢いよくバンクさせた。バランは機体のハードポイントをギリギリのところを噛み付き、間一髪回避した。機内が大きく傾き、玉城と乗組員はしがみついていた。
怪獣バランはそのまま降下し再び着地した。距離を取れたXⅢは機体を再び立て直した。
「全く無茶な操縦をしますね・・・」
玉城が呆れながら言った。
「何せ元戦闘機パイロットだからな、機動性はこれよりXⅢよりイーグルの方が良かったがな、さすが陸自の戦闘機だ」
仁が皮肉めいた事言った。地上にいた怪獣バランは旋回してるXⅢを睨んでいた。
「奴は今ので相当キレてる筈だ、再び飛翔する前に仕留めるぞ!」
機体の機首を地上にいる怪獣バランに向け、降下しながら両主翼下部に装備された4連装冷凍ミサイルランチャーから再び冷凍弾を発射した。
発射された冷凍弾は全弾命中し、身体中が青白い爆炎に包まれた。冷凍弾の攻撃を食らったバランは悲痛の叫びのような咆哮を上げる。
そして動きが鈍くなり始めた、冷凍弾が命中した箇所が凍り始めたのだ、怪獣バランの身体中に濃い紫色の凍傷のようなものが出来始め、徐々に身体中が凍っていく。怪獣バランが咆哮を上げようとした時には完全に凍結状態となっていた。
機内に設置された赤外線モニターにはバランの温度を可視化した映像が映し出されていた。その映像に映された怪獣バランは身体全体が真っ青に染まっていた。
「目標マイナス78度、凍結を確認」
玉城が言った。すると仁は無線のスイッチを押し、無線機に手を入れる。そして指示した。
「地上部隊に無線を」
。 田村はXⅢと怪獣バランの戦闘を上部ハッチから一部始終見ていた。
「噂には聞いていたが、これほどとは・・・」
田村は驚愕していた。すると戦車の無線機から交信がきた。
「隊長、あの戦闘機からの無線です」
浜村が伝える、それを聞いた田村はすぐに車内に戻り無線を取る。
『戦車中隊、こちらXⅢおくれ』
「XⅢこちら戦車中隊おくれ」
『目標の凍結に成功した、やるなら今だ!ここで仕留めろ!』
それを聞いた田村は察したのか『了解!』と返した。それと同時に田村は言い加えた。
「XⅢ、航空支援に感謝する」
再び戦車は砲塔を回転させ、凍結状態となった怪獣バランに照準を向けた。
『全車射撃用意!ここで確実仕留める!弾種、対榴から徹甲弾に変更!』
田村の指示に続き、生き残った戦車数台も砲塔を回転させ砲口を怪獣に向けた。
『目標!凍結状態の怪獣!距離500、弾種徹甲、指名!!!』
「装填完了、照準良し!」
『全車一斉掃射!射ぇッ!』
一斉に戦車の砲口から火が噴いた。轟音と共に放たれたAPFSDS装弾筒付翼安定徹甲弾は凍結していたバランの身体を貫いた。何度も白い爆発を繰り返す。凍結した怪獣バランの胴体、脚部、腹部、胸部、そして飛膜に放たれた徹甲弾が貫通したのだ。徐々にその全身に氷が割れるかのような細かい亀裂が入っていく。
「仇はとったぞ」
田村が呟いた。その瞬間、バランの巨体は粉々に砕け散った。まるで氷山が崩れるかのようだった。次の瞬間には白い爆発を起こし、バランの全身が爆発で吹き飛び四散した。
戦車の射撃が止まる。そして静寂となる。XⅢが上空から怪獣の様子を偵察する。
バランのバラバラとなった身体の部位が地面に散らばり、今も尚、白い冷気を漂わせていた。もはやどこの部位すら分からないほどに原型を失っていた。それと同時に儚くも感じた。
「目標、生命活動を停止、完全に絶命しました。やりましたね」
玉城が言った。これに対し仁は「あぁ」とだけ返した。
「上層部はお怒りだろうな」
仁は呟いた。XⅢがとった行動は攻撃許可が出てない状況で行った命令違反である事は変わらなかった。帰還した後は勿論、ただでは済まない。しかし仁は後悔はしてなかった。少なくとも地上部隊を救う事ができたからだ。
「帰還するぞ」
仁がそう言うと。地上部隊の方を向き敬礼をする。そしてそのままXⅢは帰路に着いた。
続く