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商業施設の通路脇。 ベンチに腰掛けた宮侑は、キャップを深く被り、マスクをきっちりつけていた。
腕の中には、小さな男の子。
「……頼むからな、今は静かにしよ」
低い声で、必死に言い聞かせる。
「ママ、買い物行っとるだけやし。
すぐ戻る。すぐや」
🌼は侑の胸元をぎゅっと掴み、きょろきょろと周囲を見ている。
その目が、だんだん潤んで——
「……あ、待て」
「ふぇ」
「待て!待て!」
泣き声が一段階上がる前に、侑は立ち上がった。
「よし、立てばワンチャン落ち着くはずや!」
一定のリズムで歩き始める。
アスリートらしい無駄のない動き——なのに表情は必死。
「🌼、な?
今泣いたら、ちょっと色々まずい」
——しかし。
「ふぇぇぇぇ!」
「あかーーん!!」
侑は即座に🌼の顔を自分の胸に寄せ、周囲を警戒する。
「……最悪の連鎖や」
声を落とし、マスク越しに囁く。
「大丈夫や。
パパおる。
怖ない」
🌼は泣きながら、侑の服を力いっぱい掴む。
その小さな力に、侑は一瞬だけ息を詰めた。
「……ママおらんの、嫌なんやな」
抱き方を変え、背中全体を大きな手で包む。
「せやけどな」
ゆっくり、一定の歩幅で通路を進む。
「パパもおる。
バレー選手でも、
有名人でもなくて、
今はただのパパや」
🌼の泣き声が、少しずつ弱くなる。
「……ひっく」
「よし」
その瞬間——
「……え?」
少し離れたところで、若い男性が立ち止まった。
「今の声……
もしかして、宮……」
(まず)
丁度🌸が買い物から帰ってきた。
侑は即座にキャップを直し、顔を伏せる。
「🌸!」
「うん」
🌸は状況を察して、自然に前に出る。
——その時。
「……っ」
🌼の小さな手が、侑のマスクを掴んだ。
「ちょ、待っ……!」
ぐい。
「……っ!!」
マスクがずれる。
「え、今の横顔……」
「🌼!!」
侑は慌てて抱き直し、マスクを戻す。
「今それやるんは反則やろ!!
パパの顔、公共のもんちゃう!!」
🌼は何も分かっていない顔で、
マスクを——
にぎにぎ。
「……くそ、力強」
男の子らしい握力に、思わず本音が漏れる。
「すみません、
人見知りで泣いちゃって」
🌸が柔らかく言うと、男性は慌てて頭を下げた。
「あ、いえ……
勘違いでした、すみません」
人影が去った瞬間。
「……はぁぁぁ」
侑はその場で深く息を吐いた。
「寿命三年は縮んだ」
「お疲れさま」
「🌼、お前な……
パパの正体バラす気満々やったやろ」
🌼は泣き止み、侑の胸に顔を押しつける。
「……なんやその顔」
侑は困ったように笑う。
「可愛いとか思ったら負けやのに」
——そのまま、無事帰宅。
家に入った瞬間、侑はソファに倒れ込んだ。
「……今日の俺、MVPやろ」
「はいはい」
「いや本気で!
泣き止ませて、
バレかけて、
マスク死守して!」
🌸は🌼を寝かせながら、静かに言う。
「ありがとう。
本当に助かった」
その一言で、侑は黙る。
「……そんなん言われたら、
また全部頑張ってまうやろ」
照れ隠しの早口。
🌼の寝顔を見て、侑はそっと毛布を直す。
「有名選手とかどうでもええ」
小さく、確かに。
「この子にとっての“安心”が俺なら、
それで全部報われるわ」
マスクの下で戦うエースは、
家の中では——
ただの、不器用で優しいパパだった。