テラーノベル
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つきみ
通話の履歴が残る画面を何度も確認する。明日の5時?明日の5時にミュージカル???まてまてまて、え?
なにも理解していない脳のまま、取り敢えず劇場と時間と作品を調べた。最近は忙しくて滅多に触れる時間が取れなかったこともあり、ついついのめり込んでしまう。
あ、リトくんがチケットとってくれたの結構有名で好きな作品だ。小説なら読んだことがあるけれど舞台を見たことはなかった。うそ、嬉しい。しかもかなり良い席!すごくないリトくん!
「え~一体どうやって…」
ピタッと画面をスクロールしていた指を止める。待て、佐伯イッテツと自分の理性がギリギリのところでブレーキをかけてきた。
「……なんで行く気になってんの?僕」
そうだ、そもそもリトくんに行くなんて一言も行っていない。確かに明日は5時どころか丸一日はフリーだけど、だから行かなくては行けないわけではない。断ったって何も悪いことじゃないはずだ。
距離をとるんだろう佐伯イッテツ、彼らに迷惑をかけないとロウくんとるべくんにも話しただろう。忘れたかこの鶏頭。
ゆっくりと、検索画面からメッセージへと戻った。宇佐美リト、という名前とチケットのスクショが瞳に映る。
躊躇いながらも、文字を打ち込んでいく。
「ごめん。…誘ってくれたところ悪いんだけど…え~、今回は断らせてください?失礼かな」
悩んで、書いた文字を消して書き直すを繰り返す。数分かけて熟考の末、なんとか納得する形になり送信ボタンへ指を伸ばした。
「お前ミュージカル好きなの!?俺も好きなんだよ。」
ふと、一緒に見回りを担当していたとき、話してくれた言葉を思い出す。あのときは今よりも必死で周りのことが見えていなかったから、多分話していてすごくつまらなかったと思う。なのに、彼は話しやすい話題をふって少し返した言葉だけで快活に笑ってくれた。
「周りに同じ趣味のやついなかったからさ!嬉しいわ、好きな作品とかある?」
ニカッと目を細めて、あからさまにウキウキとしながら話していた。最初は図体がでかくて怖い!なんて思っていたから、その様子が可笑しくて吹き出してしまったことを覚えている。
指が滑って、送信前の文字を全部消してしまった。あちゃー、打ち直しかと思っていたのに気がつけば「分かった。楽しみにしてる。」なんて送ってしまっていた。
「……あちゃー」
明らかに口角が上がっているであろう顔を誤魔化すために唇を噛んで、立ち上がった。だって仕方ない、公演の席に穴を空けるわけにはいかないし、舞台は凄く気になる。公演中は何も会話しないのだからリトくんと話すのなんて行きと帰りだけだ。
「あーあ……」
バカだなあという自覚はある。それでも電源を落とした画面に映ったニヤついた顔が答えだと言って良いのならば、自分を責めずに真っ直ぐに明日を楽しめる気がした。
「……たのしみ」
口に出してみればなんと簡単な事だろう。友達との遊びの約束。趣味の合う友達なんて、遠い昔でさえ一人もいなかった。それは僕のコミュニケーション能力の欠如が理由かもしれないが。
絶対に、出会う人じゃなかった。
COZAKA-Cに呪いをかけられなければ。残機猫なんていう変な奴に目をつられなければ。酷い苦痛だったし、思い出したくもない記憶ではあるが、それがなければリトくんとは絶対に出会わなかった。
だからといって、過去を受け入れて全部を無しにできる訳じゃない。ヒーロー協会は嫌いだ。大嫌いだ。許すとか、そういう次元の話じゃない。
けれども、7人くらい例外がいたっていいはずだ。優しい人はいるのだと教えてもらったから。
真っ白で無機質なあの部屋から出してくれたヒーローと同じように、僕の手を引いて歩き出させてくれたから。
真っ赤な空がだんだんと暗くなってきていた。さあ、明日のためにも早めに寝なくてはと歩みを早めた。
夕日が一人分の足跡を照らしていた。スキップでもしたみたいに、少し間の広い足跡を。
「テツ~~~!!!こっちこっち!」
キョロキョロと周りを見渡していた紫髪の男を見つけ、大声で名前を呼ぶ。
すると、安堵したようにパッと顔を明るくさせてこちらへ駆け寄ってきた。
「お待たせ、リトくん」
「時間より早いくらいだよ、ま歩きながら話そーぜ」
人より大股の自覚があるので、意識してゆっくりと歩く。ついてくる位置は横よりも少し後ろに下がってはいるが、これから見る作品について話し、笑うテツを見てふっと笑みを溢した。
だってここまで長い道のりだった!
ちょっとしたコンビニならいくらでも付き合ってくれるのに、遊びとなるとどこを提示しても断られてきたのだ。
カフェ、ゲーセン、カラオケ…両手はゆうに越えているであろう数の誘いを断られ、惨敗してきた。
そもそも、人に対してここまでぐいぐいいくのは正直やったことがなくて俺も探り探りだった。けど、あの赤城ウェンが飲みに誘ったなんて爆弾を投下したあの日から、テツ仲良し大作戦をキリンちゃんと一緒にたてたのである。
胸元のちいこい相棒も、テツと遊べるのが嬉しいようで朝から機嫌が良くずっとニコニコしていた。それにキューアグが発動しそうになり、拳をグッと握って耐える。
「やったね、キリンちゃん」
テツに聞こえないよう小声で呟けばキリンちゃんは満面の笑みでコクリと頷いた。
正直、どうして急に着いてきてくれたのかは分からない。ミュージカルという選択が良かったのか、チケット代を渡そうとしてきたのでそれは丁重に断ったが、たまたま見たい公演だったのだろうか。
テツが断られたときのためにマナにも話を通しておいて席を空けるという心配はなかったが、それにしても不思議である。
あ、ちなみにマナは「分かった。楽しみにしてる。」というテツの返事をスクショで送ったらあり得ないほど喜んでた。彼の同期愛は凄まじいのだと知った。
「さて、会場入りますか。」
「うん!」
話が弾み、気が付けば会場の目の前。
ここには前にも数回来たことがあるので、慣れた手つきで入っていけばその後ろを雛鳥のように着いてきた。動き回る目線に笑ってしまう。
本人は会話の距離感を図りかねていて、どことなく遠慮しがちなところもあったが、滲み出る優しさと愉快さは隠せないものだ。現に最近の趣味はテツ眺めになりつつもある。
ともかく、舞台は始まった。
時々隣から小さく漏れる感嘆の声に心の中で共感を示しながら、最後には素晴らしかったと演者の方々へ大きな拍手を送った。
「いや~、すごかったね!」
「な!俺はラストの入りのさあ」
会話が途切れることなく続いていく。
駅前まで歩いても無言の時間というものがなく喉が乾くほどに絶賛の言葉を交わしあっていた。
改札でテツが歩くスピードをゆるめる。カラリと初対面よりはテツらしい顔で笑った。ゆるく手をあげ言う。
「じゃあ、僕はこれで」
あわよくばご飯まで、と思ったが懐いてきた黒猫を追いかけすぎるのも良くないだろうと考え、おうと短く返す。
別れる直前、「今日はありがとう、楽しかった。」と伝えてくるのが律儀だなと感じて「また行こーな」と少し大袈裟に伝えた。
一瞬テツは目を丸めて、ぽかんとしていたがその表情はゆるゆると崩れていく。人混みに紛れて消えそうなくらいの声量で「うん」と返されたのが分かった。
なるほど、これはウェンの可愛らし判定に引っ掛かるのも納得だ。今日だけで色んなテツを知れて嬉しかったね、とキリンちゃんに話しかければ少しうとうととしながらも、力強く頷いてくれた。
家へと向かって歩き出す。ああ、今日は良い日だったと噛み締めて、余韻に浸りながら。今度は四人で隣を歩けたら良いなと少し遠くの必ず来る未来を思い描いた。
「小柳くん、ちょっと気になることを見つけたんだけどさ」
星導が古めかしい本を持ってやってくる。それは背表紙が壊れていたので本というより紙の束に近かった。鑑定士である星導がそんな雑な扱いをするはずもないのでどこかから借りてきたものなんだろう。
何?とソファーに腰かけたまま聞けば、よいしょなんて掛け声を言いながら紙の束を床に広げた。ソファーから立って、それを見る。
「……東の、デバイスか?」
「そう、黒豹型変身デバイス」
簡単な図で表されたそれは西ではあまりみない機械らしいデザインで、例えるならばガラケーに似ていた。
数日前の東の面々を頭に思い浮かべる。
「東について、色々な面から調べてみてたんだけどさ、カゲツがチラッと覗いたときにそれ佐伯のデバイスやん、なんていうから」
「おっ、前なあ…普通にカゲツに見られてんなよ」
イッテツが∞の呪いのことを話してくれた、いや聞き出して知っているのは俺と星導だけだ。
ヒーロー協会は知っているにしても、それを勝手に周りに知られるのは良い気分ではないだろう。人としての問題でもある。
「それは、すみません…まだカゲツの気配を掴めなくて。詳しい内容は見られていないと思いますけど」
珍しくしおらしい星導の声に顔をあげる。確かにDyticaもチームとして発足したばかりで忍者のカゲツの気配が分かりにくいのはあるだろう。ライの機械関係もそうだが、これから慣れていくしかない。
「あ~、まあ一旦置いておいて」
再度、紙へ目を落とす。
デバイスの図の周りには走り書きで狂ったように様々なことが書かれていた。
「……ここ、佐伯イッテツって名前が書いてある。」
「そうなんですよ。以降は01なんて表記がされています。黒豹デバイスに適応した初めての人間という認識で大丈夫そうです 」
大丈夫そうです、と星導が言ったがその声色からは少し嫌悪の色を感じさせた。普段は感情が分かりにくいやつだと思っていたが、長寿という点からかイッテツのときは少し表情が見え隠れする。
とはいっても、01という呼び方はなんだか扱いが機械的に思えて、透ける薄暗さに俺も眉をしかめた。
一呼吸置いてから、星導が続ける。
「気になったところだけ抜粋して読み上げます。」
「∞の呪い、我々の求めるもの。繰り返す未知の神秘。COZAKA-Cの呪い、解術方法不明。」
「■■■の利用方法、他ヒーローに付属できるのか……一部黒塗りされていて分かりませんでしたが、おおよそこんな感じです。」
「……気分が悪いな」
「ええ、本当に」
ぐちゃぐちゃと書かれた文字は幼児のようなミミズ文字で、所々に鼻血のシミも付いていた。書いたのは研究者だろうが、文面にしても筆記体にしても不気味である。
「繰り返す未知の神秘、呪いを求める?冗談じゃない」
呪いとは人が触れてはいけない禁忌。古来の伝統が根強く残る西では口に出すことも憚られるような存在だ。東だからといって、そこの認識は大きくは変わらない。
だからこそ、この文章は異質だ。
ヒーロー協会の研究部であろう資料なのに、なぜこんなにも禍々しい薄気味悪い空気を纏っているのか…そこまで考えて、ふと思い星導へ質問する。
「そういえばこれって、何年前の資料なんだ?」
「あぁ、え~~と…」
言われた言葉に絶句した。
己を長寿だとは言っていたが、それほどにも。
「……ああ、てことはこれは先代ヒーロー協会が書いたものなのか。」
推測できた分を伝えれば、目線を下に向けたまま頷かれる。確かに先代ヒーロー協会はよくない噂ばかりの連中で、なにか裏があるのだと日々囁かれていた。
「もうアイツのことがますますわかんね~よ~…」
ぐしゃぐしゃと髪をかく。佐伯イッテツ、∞の呪い、嘘だらけの経歴、もう何も分からなかった。
走り書きの中にある西暦を指でなぞる。彼に会った数日前までの大きすぎる空白の期間に、嫌な想像ばかりが働いた。
「…また話す機会があるといいけど 」
星導がそう呟くから、素直に俺も頷いた。今度はまた違う形で佐伯イッテツのことを知りたい。なんだか彼を見ていると無性に嫌な予感がするから。
最近はCOZAKA-Cの被害件数が減っているから、お気楽な考えばかりしてしまうなとふと思った。人との距離なんてゆっくり縮めていけばいいのだ。何も、急にいなくなってしまうわけでもあるまいし。
星導は先代のヒーロー協会についてをこれからは調べてみると言って、紙を束ねた。少し埃が舞うのをオトモと一緒に手で払う。
ゆっくりと、何かが起きている予感がしていた。蝕むように、気がつかぬうちに何かが。嵐の前の静けさという言葉が頭に浮かんだ。
外には雨が降りだしている。
佐伯イッテツ
リトくんとのお出かけが楽しかった。バカになってきている。OriensともDyticaとも少しずつ連絡をとってきている。
宇佐美リト
三度目以上の誘いの末、正直にたどり着いた。今日はすごく楽しかったし、キリンちゃんもご満悦。
小柳ロウ
佐伯のこと、先代ヒーロー協会のことについて悩みだした。まとわりつく嫌な予感に舌打ちする。
星導ショウ
長寿なんていいものではないという考えからイタズラにその運命を辿った佐伯を支えたいと思っている。
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