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開拓中というだけあって、村の敷地内には建設途中の建物がいくつか見受けられる。それに対して村の中に資材が足りているようには見えなかったので、今回私が持ってきた資材が無ければ建築が進まなかったと思われる。
村人に案内されている最中、やはりと言うべきか、そこら中から村人の視線が私に集まってきている。
流石にもう慣れたが、この視線は私が珍しい種族だからというだけではない。私が客観的に見て優れた容姿をしているのも原因の一つだ。その視線は主に私の頭部に集中しているからな。
顔が良い、つまり美人ということなのだろう。それに、今の私の頭髪は昨日の洗髪料のおかげでいつにも増して艶やかで煌めいてしまっているのだ。珍しいなんてものじゃないだろう。
人間に限らず、魅力的な物を見ていたいと思うのは至極当然の感情だ。だから彼等の行動も私は責めるつもりは無い。
見るだけならば。
余計な欲が働いて何らかの悪意を向けてくると言うのであれば、その時は相応に痛い目に遭わせるつもりだ。
流石に、命まで奪うつもりは無いが。
村人に案内された場所は閑散としていて、見事なまでに何もない。本当に資材がなにも無かったのだ。
この村の周囲には鉱石と食料の人工採取場が近くにあるのだが、木材は手に入らない。王都では魔術によって石を生み出して住宅を建設していたが、それでも全が石材で建築されているわけでは無いし、そもそも魔術による建築はこういった村ではまず行われない。
それだけの魔術の使い手が多くないということもあるし、村に派遣する場合に費用が掛かりすぎるのだ。
人件費である。
住宅を建てられるだけの石材を生み出す魔術を扱える魔術師は人間全体で見れば極めて数が少ない。
需要が高い上に希少な存在となれば、その価値は語るまでも無く、そう言った人物にあてがわれる報酬も非常に高額になるわけだ。時には建築費用の8割以上が支払われる時すらあると言う。
そんな高額な報酬を村の規模で用意するのは非常に難しいだろうな。
「その、け、建築資材は、どのぐらいはあるのでしょうか?」
「ん?案内された倉庫にあるのを全部持ってきたよ。ああ、確かに、この広さだと全部置くのは難しいか」
「ぜ、全部…」
資材置き場はそれなりの広さがあるのは間違いないのだが、所詮はそれなりだ。私が回収した資材を全て置けるだけのスペースは無い。置けたとしてもせいぜい2割8分、と言ったところか。
これは、数回に分けて資材を置きに来る必要があるな。
「とりあえず、置けるだけおいてしまおうか。必要な資材を教えてくれるかい?言われた通りに出していくよ」
「お、お願いします…。それでは、まずはこちらに石材をお願いします」
村の者に指示を促して建築資材を置いていく。
ある程度資材を置くと、これ以上は設置できないと言われるので、別の場所に別の資材を置いていく。
そうして資材置き場のスペースを満たすのに30分ほどの時間を費やすこととなった。どうも、資材を置く場所を把握しきれていないように見受けられる。彼は村の代表というわけでは無いのだろうか。
「この資材は、どれぐらいで使い切りそうかな?無くなり次第、また持ってくるよ。ただ、私は今月までしかこの国にいるつもりが無くてね」
「ヒェッ!い、いいい、急いで建築しますので、ふ、ふつ、いえ!い、1日で使い切って見せます!」
今の私の発言の何処に怯える要素があったと言うのだ。というか、この量を1日で使い切るのは、流石に無理だろう。仮にできたとしても倒れてしまうぞ?
「無理をする必要は無いよ。3日置きに使い切るペースで建築を行っても十分に間に合うだろうし、3日後にまたここに来るとするよ」
「わ、分かりました。追加の依頼を都度、発注しておきますので、そ、その、ぎ、ギルド証を…」
「ああ、どうぞ」
「ド、どうも…。ふぐぇっ!?イ、”中級《インター》”ァッ!?!?」
指名依頼を出すつもりだったんだろうな。私の名前を確認するためにギルド証を確認したようだが、私が”中級”冒険者だった事実にかなり驚いている。
ランクを知られて驚かれるのはいつものことなのだが、ここまで驚かれたのは初めてかもしれないな。
もう何度目かになる私の経緯を説明して納得してもらうことにした。
「”中級”になってしまえば指名依頼を受けられるからね。問題は無いだろう?」
「は、はいぃぃ…。よ、よろしくお願いしますぅ…」
特に怒っているわけでも圧を掛けているわけでも無いと言うのに、何故そうまで怯えてしまうのかは私には良く分からないが、指名依頼はちゃんと発注してくれるようだし特に問題は無いだろう。心配なのは妙なまでに怯えている彼の精神だな。
それにしてもフェンツェンめ。
この村の資材置き場に、全ての資材を置けないと知ったうえで私に全ての資材を回収させたな?
強かなものじゃないか。イスティエスタと同じだな。
倉庫に空きができるということは、それだけ別の商品を保管出来るということだ。
そして、私が回収した建築資材も結構な時間、あの倉庫に保管されていたものと見える。
フェンツェンのあの喜びようだからな。何か、あの倉庫に保管する商品にあてがあるのかもしれない。
もしかしたら、商業ギルドからも運搬の指名依頼がで入るかもしれないな。気に留めておこう。
「こ、今回の依頼は、これにて完了で御座います。ギ、ギルド証をお返しします。あ、ありがとうございました…。そ、それで、ノア様の、この後の予定は…」
「ああ、他にも依頼を受注しているから、それを片付けて王都へ戻るよ」
「さ、左様でございますか。そ、それでは、お気を付けて…」
結局、彼は終始怯えたままだったな。今後もあんな感じで怯えられたままになってしまうのだろうか?
少し残念ではあるが仕方が無いか。さて、他の依頼を片付けるとしよう。
次に私が向かったのは人工採取場、人工鉱床での採取だ。石造りの小さな小屋のような建物に、見張りが2人立っている。
直ぐ近くには、石造りの小屋よりも2回りは大きい、それこそ、3人ぐらいならば寝泊まりができてしまうような建物が建っていた。
見張りがいる以上、小さな小屋の方が人工採取場の入り口だろうし、見張りに声を掛けて中に入らせてもらうとしよう。
「こんにちは。魔鉄鉱と銀鉱石を採取しに来たよ。はい、ギルド証」
「えっ!?ちょっ!?そんなスムーズに『格納』使える人が、何で今更そんなものを…って”中級”ァッ!?ええぇ…最近の王都って、一体どうなってるんだ…?」
「というか、お嬢さん?その状態でここに入るんですか…?」
いつも通りの反応ありがとう。
そしてまたいつも通りの説明をして納得してもらったわけだが、少し気になることを言っていたな。
最近の王都、と言っていたが、そのセリフは、彼等がここ最近は王都にいなかったという意味を現している。
「貴方達は、王都では暮らしていないの?」
「いやいやいや、ここから王都までどれぐらいあると思ってるんですか!?馬を走らせても3時間はかかるんですよ!?だからそこの派出所で寝泊まりして、交代制で見張りをしているんです!今もあそこには夜勤を務めた同僚が休んでいます。1ヶ月で交代要員が来ますよ」
「外からはあんまり大きな施設には見えませんけど、この場所も大事な施設ですからね。国が金を出して快適な空間を保っているんですよ。何せ風呂まで付いていますからね。ここの見張りの役職は結構人気あって、競争率が高いんです!」
得意げな顔をして説明しているところを見ると、彼等はその競争率の高い仕事に就けたことに誇りを持っているようだ。
それにしても風呂付とはな。彼等も風呂の良さを知っているということか。
まさか、風呂上がりの冷たい飲み物まで飲めるのか!?
「何と言っても、風呂上がりに飲むキンッキンに冷えたエール酒!そして塩を振りかけた茹で豆!これが毎日経費で堪能できるってんですから、もう最高ってなもんですよっ!」
「自分ら、ここに来る時よりも王都に帰る時の方が気が重くなりますからね。風呂もエールも茹で豆も、王都じゃ全部自腹になるからなぁ…」
あー、それは人気になるのも無理は無い。というか彼等の仕事、至れり尽くせりじゃないか!
流石は国の重要施設。そこに就く人間にも好待遇を約束しているというわけだ。
そうなると、いい加減な者にはとてもでは無いが任せられないだろうし、彼等もエリートというわけか。頼もしいな。
あまり無駄話をして彼等の仕事を邪魔するのも悪いだろう。そろそろ私も採取に向かおうかと思ったところで、小屋の扉が開かれた。
「うーっす、お疲れーっす…」
「だぁーっ!キツかったーっ!やっぱ俺達には早すぎたんだって!」
「済まん…。俺達も”中級”になって1ヶ月になるからな…。そろそろイケるかと思ったんだが…」
「はぁ…。ここから王都まで、丸一日掛けて移動かぁ…きっつ…」
「お風呂、入りたい…」
疲れ切った表情をした5人の冒険者が扉から出てきた。
彼等も採取依頼、もしくは討伐依頼を受けてきたのだろう。鉱石を持っていない所を見ると、討伐依頼の方だな。
彼等の装備はボロボロなうえに酷い汚れだ。一部は”中級”冒険者が扱うような装備を所持しているが、彼等の装備のほとんどが”初級《ルーキー》”が所持するような装備である。
彼等のリーダーらしき人物の言葉から推察するに、彼等も”中級”冒険者として”中級”の依頼を受けたは良いものの、装備不足で魔物の相手にてこずった、と言ったところだろう。
この場所で”中級”の討伐依頼となると…ああ、あの魔物か。彼等がここまで汚れているのも納得だ。
見張りが彼等に労いの言葉を掛けている。
「お疲れさま。この場所の依頼の何がしんどいかって、実を言うと帰り道なんだよねぇ。応援してやることしかできないが、もうひと踏ん張りだ。頑張るんだぞ!」
「はっはっはっ!”中級”の報酬は”初級”の報酬から一気に跳ね上がるからな!その装備で無事に戻ってこれるなら、次回はきっと今回よりも余裕を持ってこなせるぞ!」
「うぃ~っす…。でも当分ここには来たくねぇ~っす…」
「うぅ…ベタベタする…。お風呂、入りたいぃ…」
「ど、どうも…って、あ、貴女は…!?」
普通の人間にとってはここから王都まではかなりの距離になるだろうからな。見張りでも馬を走らせて3時間。この冒険者達の場合は丸1日掛かるらしい。
見張りが彼等を励ましてはいるが、全員疲弊しきっていてまともに受け答えができないでいる。
5人のリーダーらしき人物が私の存在に気付いたようで、私に視線を向けて驚いている。
彼の驚きはマコトから私の話を聞いていたからか、それとも手ぶらで今からこの場所に入ろうとしているからなのか…。
と思っていたら片膝をついて頭を下げ始めた。
これは、まさか…。
「お、お、お姉さん、是非、貴女のお名前を教えてはいただげぁあっ!?!?」
「ベア兄、怒るよ…。こんな時に…」
「まぁ~た、いつものっすかぁ~?せめて元気な時にしようよ~…」
「すんません。ウチのリーダー、美人を見つけるとすぐに今みたいに口説こうとしちゃって…」
「そんでもってああやって制裁を受けてんだよなぁ…。いい加減学べっての。てか、今回最速記録じゃね?」
「まぁ、面と向かって口説かれたのは初めてだけど、似たような視線は向けられ慣れているから気にしてはいないよ。それよりも貴方達、ちょっと酷い状態だね」
まさか、いきなり面と向かって口説かれるとは思わなかった。あのダンダードですら私を口説こうとはしなかったからな。少し驚いた。未遂に終わったが。
それはそれとして、今の状態で彼等を王都まで歩いて帰らせるのは少々気の毒だ。
特にリーダーを杖で叩き伏せた少女は、魔物の体液らしき物を頭から大量に浴びてしまっているからか、非常に不快そうにしている。
勿論、彼女が特に酷いと言うだけで、他の冒険者達も同様に魔物の体液で汚れてしまっている。
正直、いたたまれない状態だ。少し助力してあげよう。
「うぐっ」
「ここにいる魔物が、腹を切ると、体液がブシャーって…」
「思い出させないでぇ…うぅ…もうやだ…」
「貴方達、金銭にはどれぐらい余裕がある?もし私が君達に『清浄《ピュアリッシング》』を掛けられると言ったら、どれぐらい支払える?」
「へっ…?えぇっ!?」
「ベア兄っ!銀貨10枚でもやってもらうべきっ!!」
「ま、待て、流石にそんな大金は無いからっ!」
「いや、心配しなくともそんな大金を毟り取るつもりは無いから。貴方達の資金から余裕がある分から少しもらえれば、それでいいから…」
「ち、ちょ、ちょっと相談させてくださいっ!」
彼等も『清浄』がどのような効果を持っているのかは知っているのだろう。1番汚れの非道い少女は深刻そうだったからな。その分勢いも凄いことになっている。
本当はこんな商売じみたことをせずに『清浄』を掛けてやれば良いのかもしれないが、家の皆からよく周りを甘やかすなと言われているからな。
相手が納得できる程度の対価をもらえば、甘やかしたことにはならないだろうさ。
「俺達の資金、どれぐらいだっけ…?」
「ベアーが新しい鎧のために銀貨5枚分まで溜めてたのは知ってる…」
「ちょっ!?何で知ってんだっ!?誰にも見せたことないのにっ!?」
「ベア兄…その金を…」
「ま、待て!落ち着け!あの人だってぼったくりはしないって言ってただろ!?共有資産!共有資産から支払おう!?なっ!?なっ!?なっ!?」
「あーじゃあ、銅貨と軽貨をかき集めて、銀貨2枚ぐらい?大丈夫?こんだけでやってもらえる?」
「ベア兄、足りなかったら…!」
「待てって!あの人は俺達の資金から余裕のある分って言ってただろ!?大丈夫だから!きっとやってもらえるから!」
なかなか愉快な会話をする子達だな。彼等にとっては深刻な話なのに、つい笑ってしまう。おそらく、幼い頃から彼等は仲が良かったのだろう。
しかし、やはりこういう時に『清浄』が使えないのは非常に不便だな。彼等にも是非本を冒険者ギルドで購入してもらい、『清浄』を習得してもらいたいものだ。まぁ、覚えるだけならギルドの資料室でも問題無いのだが。
おっ、相談が終わったようだな。
「あ、あの~、一行《パーティ》で使えるお金は銀貨2枚程度しかないんですけど…大丈夫です?」
「大丈夫だよ。それじゃあ銅貨5枚貰おうか」
「えぇっ!?い、良いんですかっ!?そんなに安くてっ!?」
「め、女神様…」
「流石に疲弊しきっているところに付け込んで、少ない資金をむしり取るような真似はできないからね。私の気まぐれだと思ってくれれば良いよ」
彼等から銅貨5枚を受け取り、5人を荷物も装備もまとめて『清浄』を掛ける。
後少女よ、私は女神じゃないぞ。姫と呼ばれることはあるけど。
瞬く間に汚れが消えていく様に、冒険者達だけでなく見張りの2人も驚きを隠せないでいるな。
「す、スゲェ…。一度に纏めて『清浄』使ってるところなんて、初めて見た…。こんなことできる魔術師って、いるんだな…」
「女神様…ありがとう…」
「こんなところかな?ただ、体や装備、道具が綺麗になっただけで、貴方達の体力は回復していないのだから、ちゃんと休憩をしてから帰るんだよ?それじゃ、私も行って来るよ」
「えっ?あっ!?ホントだっ!?服や装備だけじゃなくて持ってきた道具が全部綺麗になってる!」
「使った筈の食器も新品同様だ…!?えっあの人、あの短時間でここまでの『清浄』をやっちゃったの…?しかも俺等五人いっぺんに…?」
「「「「あの人、何者なんだ…?」」」」
「めがみさま…」
小屋に入る最中に彼等の会話が聞こえてきたが、彼等も王都に帰れば私のことを嫌でも知るだろう。多分彼等も私のことをマコトから聞いている筈だからな。
さて、それじゃあ指定された鉱石を集めてしまおうか。ついでだから遭遇してしまった魔物も排除してしまおう。
解体してギルドに卸せばそれなりの儲けになるのは知っているし、あの魔物と遭遇できるなら私にも得があるからな。少し楽しみだ。
人工鉱床に限った話ではなく、この国にもたらされた人工採取場というのは本当に凄まじいな。
図鑑で調べた限り、魔鉄鉱という物は本来ならばそう簡単に手に入れられない鉱石の筈だ。もしも別の国で依頼で入手しようとしたら、”上級《ベテラン》”、下手をしたら”星付き《スター》”の依頼になるだろう。
それが”中級”冒険者でも手に入れられてしまうと言うのは、本当にこの国にとって大きなアドバンテージになるだろう。
ちなみに、道中で遭遇した会えたら嬉しい魔物は、たったの3体だけだった。
まぁ、先程まであの5人の冒険者達が魔物の討伐をしていただろうし、むしろ遭遇出来ただけでもラッキーと言える。
解体した魔物の、直径80センチほどの球状にはち切れんばかりに膨らんだ腹部を見て、思わず顔が綻んでしまう。
この球状に膨らんだ部位には、先程の冒険者達が浴びた体液がたっぷりと詰まっている。
この液体は粘性があり、少女が言っていたように体に浴びてしまえばベタベタとして不快な気分になってもおかしくないのだろう。
だが、悪臭はしない。むしろ甘い香りがする。そして実のところ、味も大変良いらしいのだ。
図鑑によれば、ハチミツとはまた別の甘さがあるとのことだ。ただ、簡単に破けて破裂してしまうので、回収はとても難しいと言われている。
勿論、私ならば何の問題も無く回収は可能だ。早速『我地也《ガジヤ》』で作ったガラス容器に体液を移し、これまた『我地也』で作成した小さじで少し舐めてみる。
うん!しっかりと甘くて美味い!
ハチミツは花の香りと風味がしていたが、此方は砂糖の味と香りに近いな!それでいて粘性と独自の風味もあるから、長く舌に味が残り続ける。そしてその風味も私は不快には思わない。
人間も私と同じ感覚なら、十分に趣向品になり得るのではないだろうか。
この甘味が、たった1体の魔物からこれだけの量が取れるのは、本当に嬉しいことだな!