凪は勢いよくドアを閉めた。見てはいけないものを見てしまった気がした。
頭がついていかない。状況が理解できない。あの玩具の数はなんだ。あれはなんだ。誰にいつ使うものだ。
元彼か? 自分用か? それとも……
さあっと青冷めた凪。目の前でガチャリと音がして、ドアが開けられた。中からぬっと長い腕が飛び出して、凪の手首を掴んだ。
「ひっ……」
思わず凪の口から悲鳴がこぼれる。グッと勢いよく手首を引っ張られてバランスを崩した。ととっと数歩前へ出ると、千紘はその腰を支えて凪を中へと入れた。
「俺全然そっちの気なかったんだけど、初めて凪を縛ってからもう興奮が止まんなくてさー」
千紘は陽気に笑いながらそう言った。凪は目を点にさせて千紘を見上げる。
「いつか凪を家に呼んだら、縛りあげてこの辺のもの片っ端から使ってみたいと思っ」
「帰る!!」
まだ喋ってる千紘の言葉を遮って凪は叫んだ。初めて抱かれた時の恐怖が蘇る。手首を拘束されて、無理やり後口を開発された。
最近ようやく千紘の熱を受け入れられるようになったが、異物を挿入するだなんて聞いてない。
わかってたけど……わかってたけど、とんでもねぇ変態野郎だった! 無理無理無理無理。あんなもん突っ込まれたら死ぬって!
心の中で叫ぶ凪は、くるっとドアの方へ向きを変える。しかし、後ろから千紘に抱きしめられ、流れるように凪の脇腹を千紘の指が撫でた。
「やめっ」
「帰すわけないじゃん。だからリビングで待っててって言ったのに。言うこと聞かないから」
「み、見なかったことに!」
「できるわけないでしょ。俺、今からできること想像してもうこんなんなんだから」
そう言って千紘は、凪の腰にグリグリと下半身を擦り付ける。すでに硬く膨張していた。それは布越しでもわかる程に、 普段よりも大きさを増していた。
「離せ! 変態!」
「嬉しいなぁ。凪が俺の性癖理解してくれて」
千紘はデレデレとだらしなく鼻の下を伸ばす。
「してねぇ! どうやったらそんな解釈になるんだよ! 変態!」
「凪も一緒に変態になろうよ。身を任せたら気持ちいよー」
「離せ! ふざけんな! 絶対ぇしないからな!」
暴れる凪と、猛獣使いの千紘。あの手この手で凪を組み敷いた千紘は、勝ったと言わんばかりの顔で凪を見下ろした。
凪が目を見開くと、間近に迫る千紘の顔。唇が触れる寸前のところで凪はギュッと目を瞑った。
家になんか来なきゃよかった。そう後悔した。それと同時に色んなことを諦め始める。またあの時と同じように無理やり抱かれるんだ。
そう思うが、いつまで経ってもキスされる気配はなく、代わりにふっと唇に息がかかる。凪が恐る恐る目を開ければ、千紘は手の甲で口元を覆って肩を震わせて笑いを堪えていた。
凪の唇に吐息がかかっている時点で堪えきれてはいないのだが。
「ごめっ……嘘だよ」
千紘が笑いながら言った。
「……は?」
凪が眉間に皺を寄せると、千紘はそっと凪の上から体を起こし凪を解放した。それから何事もなかったかのようにベッドの上に散乱した玩具を拾い上げ、小さなダンボールの中へと入れた。
よく見れば小さなダンボールはいくつかあって、すでに中に物が入っているものもあるようだった。
玩具は全て未開封で、ボンデージテープや縄も全て未開封のままだった。
「俺のお客さんでラブグッズのオーナーやってる人がいてさ、新商品が出ると試してって渡してくるのと、廃盤になる商品の在庫破棄で貰うんだよね」
「……客?」
凪は仰向けで硬直したまま首だけ千紘に向けた。
「何度も断ってるんだけど、困ってるって話したら欲しがる友達多くてさ。こうやってバラ撒いてるの。あ、凪も欲しい? 仕事用に。自分で用意するんでしょ玩具って」
「……そうだけど」
「買うと結構するって聞いた。あ、あとそのテープも持ってっていいよ。ボンデージテープって言うんだっけ? 消耗品でしょ? 俺、初めて凪と会った時いっぱい使っちゃったからいつか買って返さなきゃなって思ってたんだよね」
「……へー……」
凪はポカンと口を開けたまま、気の抜けた返事をした。からかわれた感満載で、千紘はせっせと片付けをしているし、なんなら凪もどうぞとおすそ分けまでされてしまった。
先程の恐怖は何処へ……。凪はボーッと天井を見上げた。
「なぎー? 大丈夫?」
千紘は、凪の隣に手をついてもう一度顔を覗き込む。放心状態の凪を流石に心配するかのように首を傾げた。
「……マジで突っ込まれるかと思った」
さらっと本音をこぼせば、千紘はにっこり笑って「そんなことするわけないでしょ。俺以外のモノがそこに入るなんて許せない」と言った。
「笑えない」
「笑わせる目的で言ってないもん」
「冗談にしてはやりすぎ」
「んー……好きな子虐めたくなるのは男の性なんだけどな」
その場で頬杖をついた千紘は、優しく凪の頭を撫でた。
ゆっくり頭を撫でる手から体温が伝わる。優しい感覚は、強引に凪を押し倒した人物と同じだとは思えなかった。
「髪綺麗になったね」
「おかげさまで」
「やっぱり米山さんダメだな」
「本店に追いやったくせに」
「まあ、ダメなら戻ってくるでしょ」
他人事のように言う千紘。凪に近付けさせないよう本店に異動させたことなどもうすっかり忘れている口振りだ。
何度か頭を撫でて満足したのか、千紘はまた体を起こすとダンボールの蓋を閉じてガムテープで止めた。それをいくつも繰り返すと、それらを部屋の隅へと積み上げた。
「あ、それで凪はどれか持ってく?」
「んー……テープだけ。買いに行くのめんどくさいから」
「はーい。じゃあ、他のはまとめちゃうね」
「うん」
凪は、何の会話をしてんだと思いながらも返事をした。今朝までそこに寝ていたはずなのに、なぜ家を出る前にそれを広げたのか。
おそらく、あげる相手の中に自分の客がいたのだ。今日来る予定だったから、朝広げてあげる分だけまとめて職場に持っていった。
そう推理した凪は「客にあげたの?」と尋ねた。
「お客さんじゃないよ。そのパターンもあるけど。今日はね、友達がカットしにきた」
「そっちのパターンか。友達の髪切るってどんな気分?」
「んー? 普通だよ。客の髪やるのと変わんない。でもまあ、気持ち的には友達の方が楽だよ」
「プライベートで切ってやらないんだ?」
「それはしないよ。俺の技術は商品だから。友達でも俺が仕事なら、同じように予約させる」
千紘は最後のダンボールを片付けた。シーツの上には、凪のために置き去りにされたボンデージテープだけ。
「じゃあ、俺がプライベートで切ってって言ったら?」
凪はなぜかそんな質問をした。千紘が仕事に対して意外と真面目なことは承知している。凪に対しても、次の予約をどうするかといつも尋ねるのだ。
あれだけプライベートで会いたがった千紘も、髪に関してだけはプライベートでもいいと言ったことはなかった。
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