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6月の夢路
木々が遠のくと同時に、空気が変わった。
風の動きが完全に止まり、世界そのものが呼吸をやめたような静寂が支配する。
森を抜けた先には、なにもない平原が広がっていた。
草も、土も、空も、音を持たない。
まるで誰かが描いた景色に、動きを与えるのを忘れてしまったかのようだった。
それなのに、彼らの影だけは地面に濃く焼きついていた。
光源が見当たらないのに、はっきりとした輪郭で。
「変な感じ……風がまったくない」
nakamuがつぶやいた言葉は、自分の耳にだけ届いた。
誰も反応しない。反応できない。
この場所では、声が“世界”に届かないようだった。
音が出た瞬間に、空間がそれを吸い込んでいるような感覚。
broooockが静かに歩き出す。
地面は固くも柔らかくもない。踏み込む感触が存在せず、ただ“移動している”という事実だけが残る。
彼の足跡は、振り返ってもどこにも残っていなかった。
「ここ、時間が止まってる……?」
シャークんが口を開くが、やはり言葉は空に消える。
それでも6人は、互いに心のどこかで通じ合っていた。
言葉に頼らず、呼吸の間隔や視線の先で、微かな感覚を共有していた。
やがて、地面の一部に違和感が現れた。
灰色だった地表の一画が、ひび割れ始める。
そこだけがゆっくりと沈み、渦を巻きながら穴を開けた。
その中心に、小さな石が置かれていた。
丸く、黒く、光沢を持たないその石は、なぜか誰もが見たことがある気がした。
誰の記憶にも、正確には残っていないのに。
「これ……知ってる」
きんときが静かに手を伸ばす。
彼の指が石に触れた瞬間、世界に“ひとつの振動”が走った。
音ではない。空気でもない。
意識の内側で、何かがわずかに軋んだ。
スマイルの目がかすかに揺れる。
彼は地面をじっと見つめたまま、何も言わなかった。
それでも、その視線の奥に、恐れとも懐かしさともつかない感情が浮かんでいた。
「この場所、俺たちが“戻ってこられなかった場所”じゃない?」
きりやんの声もまた、世界には届かない。
けれど、その意味は確かに皆に伝わった。
この“風の流れない場所”は、どこでもない場所ではなかった。
彼らの記憶のどこかに存在しながら、見ないふりをしてきた領域だった。
失くしたもの。閉じ込めたもの。思い出してはいけない何か。
それが、形を持ってここに現れていた。
そして、もうひとつ。
この場所に“いないはずの人の気配”が、どこかにあった。
broooockがふと振り返る。
何もいないはずの空間に、誰かが立っていた気がした。
だけど、次の瞬間には消えていた。
誰かがずっと、ここで待っている。
その確信だけが、強く胸に残った。
風のない空間に、気配だけが染みついていた。
それは、風よりも確かに、この世界の一部だった。
つづく
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