ルークとリオンでの壮絶な戦いが始まり、自己バフの使い方を悟ったキルは、恐る恐る胸を掴んだ。
「エルフ族の自己バフは……魔力の多さなんて関係ない。自分のトラウマ……つまりは精神破壊をして、それをエネルギーに変換させているんだ……!」
もう、思い出したくない過去。
しかし、自己バフのトリガーは、 “トラウマ” 。
「兄さん…………!」
キルは必死に涙を抑え込みながら、散々見せられてきた過去のトラウマを再び思い出す。
内なる苦しみが変換され、魔力は膨れ上がる。
そして、苦しみの中で声を上げる。
「リオン様!! 援護します!!」
“水放銃魔法・水針”
やはり、魔力増強の効果か、普段なら手元の銃から鋭い水撃が放出されるが、銃の先で水が膨張すると、束になった鋭い水撃が放たれた。
「そんな攻撃をしたら……ルークが……!」
「大丈夫ですよ…………!」
ザン!!
「残念ながら…………ね」
ルークは、またしても易々と、水撃を草を纏わせた剣撃で全てを打ち消した。
「メイジのはずなのに……キルロンドでも相当なソードマンの剣技じゃないか……!」
「彼も恐らくトラウマを見たのでしょう……。何を見たのか、我々じゃ想像も付きませんが……我々のことを忘れてしまい、知らない剣術すら身に付けてしまうような過去を見たんでしょうね…………」
「ルーク!! 聞いてくれ!! 俺たちは兄弟なんだ!! 魔族じゃない!!」
しかし、ルークは更に目を血走らせる。
「分かってるよ!! お前らキルロンドも、魔族も、あの男も…………全員僕が殺す…………!! 母さんを守れるのは僕だけなんだ!!」
「母さんを…………守る…………?」
再び、ルークの殺気が向いた瞬間、ルークは途端に凍り付けにされた。
「ハァハァ……間に合ってよかったです……」
「ニア……!」
ニアは、少し前に扉から出ていたようだが、トラウマの影響で暫く嘔吐してしまい、ようやく魔法を唱えられるくらいに回復した。
「お二人が水付着をしてくれていたお陰で、なんとか凍結させることが出来ました……。氷と草は互いに影響し合わないので、破壊は困難かと……」
「お前……大丈夫か……。顔色が酷いぞ…………」
「それでも……お二人に早く……伝えなければならないことがあるんです……!」
そう言うと、膝に手を置きながら、あまり見せない強い眼光で、リオンとキルの瞳を見つめた。
「ここは『本当のエルフ王国ではありません』。僕も自分の過去を見て思い出した……いえ、記憶を消す魔法を掛けられていたみたいです……。僕も、ルークさんと同じ、エルフ族とキルロンドのハーフです……!」
驚愕の事実に、二人は唖然としてしまう。
何故なら、ハーフと言っても、エルフの血が流れていれば、耳は尖り、分かりやすく判別できるのだ。
しかし、ニアの耳は全く尖ってはいなかった。
「事情は後で説明します……! 今は、ルークさんを止めることはできません……! わざと退かせます!」
そう告げた直後、ルークの氷はバコッと剥がれた。
「ルークさん!! アザミ帝王はこの地下都市の最奥にいます!! きっと、君のお母さんも……!!」
ニアが声を荒げると、ルークは目を見開き、耳をピクピクと動かすと、消えるようにその場から消え去った。
三人は精魂尽きたかのように地面に腰を下ろすと、シュヴルスと、もう一人の男が近付いて来た。
「その通りです、ニア・スロートル様。キルロンドの生徒様方も、危険な目に遭わせてしまい申し訳ありませんでした」
そう言うと、男は深々と頭を下げた。
「三十分が経過します。ブロンドのお二方は……残念ながら力の覚醒は叶わなかったようです」
シュヴルスと共に二人の扉を静かに開けると、既に二人は中で気絶してしまっていた。
「シュヴルスさん、他の兵士を呼んでお二人を救護室へ。三人は、私の元へ来て頂けますか?」
そう言うと、再び男は丁寧に頭を下げた。
三人が連れて来られた場所は、ボロボロの階段を降り、使われていなさそうな少し広い一室だった。
「ここなら監視の目はありません。皆様に真実をお伝えします。申し遅れました、私は、エルフ帝国の参謀、シュバイン・ヴァグズと申します」
挨拶のまま、シュバインはずっと深々と被っていた帽子を取り、三人はその容姿に目を丸くした。
「白髪……!? 魔族…………!?」
「いえ、魔族ではありません。純正なエルフの血です」
「ど、どう言うことなんですか……?」
話の展開について行けない二人は、一先ず冷静なニアを信じ、話を聞くことにした。
「ニア様は先程、『ここは本当のエルフ王国ではない』と仰られていましたが、少し語弊があります。ここの地下都市も、確かにエルフ族の国で合っています」
「ただし、エルフ “王国” ではなく、エルフ “帝国” ……」
シュバインの説明に、割って入るニア。
ニアは、もうほとんど全ての記憶を思い出している様子だった。
「エルフ族の族長は、エルフ族の中でも随一の使い手でした。しかし、ある時、魔族と契約した者が現れました」
三人は、ゴクリと唾を飲み込む。
「その方こそが、エルフ族を二分化させ、この地下帝国を築いた、アザミ・クレイヴ帝王になります」
「アザミ帝王……さっき、ニアくんがルークに伝えていた名前…………」
「そのご妃が、ルーク様の実の母君であり、キルロンドに策略として嫁がされたリニア・クレイヴ様になります」
「ちょ、ちょっと待ってください……! お父様には、エルフ王国と更に親しくなれるようにと、政略結婚のような形で結婚したと聞いていたのですが…………」
「はい。キルロンドのラグナ国王でさえ、魔族の陰謀に掛かってしまっていたのです。その頃には既に……キルロンドとコンタクトを取っていたのは、魔族と協力関係にあるこのエルフ帝国だったのです……」
「そんな……ルーク……!」
リオンは、あまりにも言葉にならない想いに、握り拳を作り、歯を食い縛ることしかできなかった。
「お三方が突破した先程の試験は……魔族が生み出した契約魔法になります……」
そして、申し訳なさそうに、更なる真実を述べる。
「そんな…………じゃあ俺たちは、望んでもいない魔族の力を決死の思いで会得したってことですか!?」
しかし、シュバインは苦しい顔で答えた。
「はい…………。ですが、そうでもしなければ……逆に魔族の力すらをも利用し返せるほどの戦士が集まらなければ、我々に勝機はないのです…………」
その言葉に、呆然と、再びリオンは腰を下ろした。
「事情を……続けてください」
冷静に、キルはシュバインの目を見つめた。
「ラグナ国王からお話は聞きました。『四天王の一人、セノ=リュークが現れ、宣戦布告をされた』と……」
「はい、その通りです……。ですから、更に強くなる為に俺たちはこうして…………」
「驚かずに聞いてください。いや……そう言うのも、恐らくは無理でしょう。申し訳ありません……」
「な、なんですか! もったいぶらずに……」
「魔族軍には、四天王よりも上位の力を持つ三王家と呼ばれる、三人の主人がいるのです……」
今まで、散々魔族軍として相対していたが、考えてみれば当然の話だった。
魔族には、魔族の国家があること、そして、そこには魔王以外にも、キルロンドで言う貴族のような、上級階級の存在がいること。
しかし、問題はそこではない。
「四天王よりも……力が上…………?」
「その通りです……。エルフ族をたった一人で二分化させた男……その名は、アダム・レイス……」
その名に、全員の背筋が凍り付く。
「レイスって…………まさか…………!」
全員の頭には、同時に同じ顔が浮かんでいた。
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